第103話 その隣は譲らない
シールを先頭に、一行は街の外へとやってきた。
吹き抜ける風。
所々に転がる岩々。
フェルゼンの周囲には荒野が広がっている。
戦うにはうってつけの場所だろう。
「このあたりでいいじゃろう」
シールが振り返る。
「殺し合いをするわけじゃないからな。一撃じゃ」
ガンッ__
二枚の盾を打ち合わせ、シールは武器を構えた。
その重厚な音が、荒野に響き渡る。
「ワシに一撃当ててみろ!!」
リオンが前へ出ようとする。
だが、その前にミルがスッと歩み出た。
「二人がかりでいいんじゃぞ?」
ミルは首を横に振った。
頬を少しだけ膨らませている。
どうやら完全に張り合う気らしい。
ミルは両腕の鉄鋼を静かに構えた。
「……いく」
ミルが宣言したのとほぼ同時だった。
ドッ__
地面が爆ぜた。
「っ!?」
一瞬でシールの視界からミルの姿が消える。
シールが気づいた時には、すでに背後。
拳を大きく振り被っていた。
鋭い一撃がシールの脇腹へ突き刺さろうとする。
ガイィンッ____
シールは背後へと、縦長の盾の上部を回し、器用にそれを受け止めた。
「速いな」
重い衝撃を受けながらも、シールは口元を吊り上げた。
「じゃが、それだけではワシの防御は破れんぞ?」
ミルは答えない。
再び地を蹴り、左右へ、高低へ、縦横無尽に駆け回る。
右、左、上、下……。
視界を揺さぶるような高速機動。
ガガガッギガガギイィンッ____
だが、シールは巨体からは想像もできないほど、
器用に二枚の盾を操り、
必要最小限の動きで、
そのすべてを防ぎ切っていた。
鈍重どころか、隙がない。
巨大な盾が、まるで城壁のように立ちはだかった。
「だから二人で来いと言ったんじゃ」
ガンッ、と再び衝撃を受け止めながらシールが言う。
「老兵で怪我人とはいえ、見くびり過ぎじゃぞ? そう簡単には抜けん」
シールは勇者パーティの一人。
しかも、その防御技術は折り紙つきだ。
シールは一人で、自身に一撃当てろとは言っていない。
それどころか、シール自身、それが二人にできるなんて微塵も考えていなかった。
「冷静な判断が出来ないようでは、戦場で生き残れんぞ」
それでもミルは淡々と攻撃を続ける。
焦りはない。
無理に押し込もうともしていない。
まるで何かを探るように、シールの防御を観察していた。
「……見つけた」
そう呟いたミルは、地面へと降り立つ。
そして、前傾姿勢となって深く構えた。
次の瞬間__。
爆発的な加速。
一直線にシールの正面へ突っ込んだ。
鉄鋼から暴風が吹き荒れる。
<嵐槍>
轟音。
暴風を纏ったミルが、巨大な槍のようにシールへと激突する。
「小技が通じないとわかって、強引に押し通るか?」
シールは受け止めた盾を少しずつ傾けていく。
真正面から受け切るのではない。
衝撃を上へ逃がし、受け流そうとしていた。
「いい威力じゃが。それでは抜けん」
ミルの突撃が徐々に上へ逸らされていく。
そのまま弾き飛ばされる__
「不合格じゃな……」
__はずだった。
シールが呟いた瞬間。
「……?」
逆側の盾に、不自然な重みがかかった。
ミルだ__。
弾かれる瞬間、鉄鋼を逆噴射。
吹き飛ばされる勢いを無理やり殺し、盾の上端を掴んでいた。
ぐっ__
巨大な盾が引っ張られる。
わずかに。
本当にわずかにだが、シールの体勢が崩れた。
<嵐槍>
発動される嵐槍。
「……ここっ!!」
圧縮された風の槍が、盾の内側へ直接叩き込む。
ゴッ__
衝撃とともに、盾が大きく弾き飛ぶ。
シールから盾の一つを剥ぎ取ったのだ。
「……まだ続ける?」
二枚の盾を使用することで、シールの防御は強固なものとなる。
一つでは次のミルの連撃を防ぎきれないだろう。
数秒の沈黙。
ガーハッハッハッ____
シールは楽しそうに笑い声を上げた。
「いや、充分じゃ!!」
*
ラットが一人で戦場へ向かう。
それを聞いた瞬間、ミルは嫌だと思った。
自分を心配してのことだとはわかっている。
大事に思ってくれることは嬉しかった。
それでもラットだって危険なのは変わらない。
なのに、その隣にいられない。
それが嫌だった。
シールは試すと言った。
ラットと共に戦う資格があるのかを。
もしかしたら、まだ自分は認められていないのではないか。
そんな不安が胸をよぎる。
それは違う。
ラットはそんなことを考えない。
それでも嫌だった。
絶対に認めさせたい。
ラットと同じパーティに属するこの男を超えたい。
だからこそ、ミルは一人でシールへと挑んだ。
*
そして、戦闘が始まった。
ミルは攻撃を繰り返しながら、冷静に分析していた。
シール本人へ攻撃を通すのは難しい。
二枚の盾。
それが揃うことで、防御は完成していた。
であるならば、それ以外の部分から崩せないか。
ラットならきっとそう考えるはずだ。
ミルは高速機動を繰り返しながら、シールの防御を観察した。
そして、それが目に入ってきた。
シールが防御に入ろうとするその瞬間。
逆側の盾の裏がほんのわずかに覗かせたのだ。
頭の中で線が繋がった。
二枚揃うからこそ、シールの防御は強固になる。
だったら片方を奪えばいい。
そう考えた。
ほんのわずかな綻びをつく。
そのために選んだのは、全力での正面突破だった。
ミルは一度地面へ降り立った。
深く腰を落とし、前傾姿勢を取る。
突進だけに特化した構え。
そして、一気に加速した____。
おそらくこの突撃自体は防がれる。
だが、シールが攻撃を弾いた瞬間。
防いだと認識することで生まれる心の隙。
それによって、シールの防御が持つ綻びが広がりさえすれば。
そこを掴み取る。
<嵐槍>
轟音が響き渡る。
ギィィィィィ______
暴風を纏ったミルが、巨大な槍となってシールへ激突する。
凄まじい衝撃。
シールは盾を傾け、その威力を受け流していく。
やはり防がれる。
予想通りだった。
しかし、衝撃はミルの想像を超えていた。
身体が大きく弾き飛ばされる。
「っ……!」
鉄鋼を逆噴射。
強引に勢いを殺す。
それでも止まりきらない。
遠ざかっていく盾へ、ミルは必死に手を伸ばした。
(……届かせる)
ギリギリのところで、鉄鋼の指先が盾へと引っかかる。
さらに、拳を握り込み、無理やりに盾を掴んだ。
身体は吹き飛ぼうとするが、それでも離さない。
「むっ!?」
シールが異変に気づく。
態勢を変え、振り払おうとする。
<嵐槍>
それを許すまいと、暴風が再び炸裂した。
ミルは強引に自分の身体ごと盾へ引き寄せ、盾の裏側へと嵐槍を叩き込んだ。
盾とは本来、正面からの攻撃を防ぐためのもの。
裏側から叩き込まれる衝撃までは想定されていない。
ならば、弾くことができるはずだ。
ゴッ__
シールの盾が弾き飛ばされた。
大きく宙を舞い、地面へと落ちる。
同時に、ミル自身もその強引な攻撃でバランスを崩し地面に転がった。
だが、即座に受け身を取り、追撃へ備えて構え直した。
ギリギリだった。
それでもやり遂げた。
「……まだ続ける?」
フフンと鼻を鳴らしながら、ミルは小さく胸を張る。
ラットの隣は譲りたくない。
誰にも負けたくなかった。
そんな意地みたいな感情が、胸の奥で熱を持っていた____。
*
ガーハッハッハッ____
荒野に豪快な笑い声が響き渡る。
シールは吹き飛ばされた盾を見ながら、心底楽しそうに笑っていた。
「まさか、こうもあっさり崩されるとはな」
勇者パーティの盾と呼ばれたシールだ。
それが一人の少女に打ち崩されるなど、
考えもしなかった事態に驚きはあっただろう。
だが、それ以上に嬉しそうだった。
自分たち勇者パーティへ食らいつき、超えようとする者が現れたのだから。
「ミル、冒険を始めてから着実に強くなってるね」
声は無意識に弾んでいた。
「まさか、一人でシールを圧倒するなんて」
ほんの少し前までは、ミルは力任せに突っ込むことしかできなかった。
けれど今は違う。
相手を観察し、弱点を見つけ、勝つための方法を考えている。
ラットはそんな成長が自分のことのように誇らしかった。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ミル……
ミル、今回はいつも以上に張り切ってたね。
……ラットの隣はわたし。
もう一年近く一緒だからね。
……譲らない。
ミルがそこまでこだわってるとは思ってなかったよ。
……むん。
こだわりがあるんだね。
……ん。
でも、ミルは十分頼りにしてるよ。
……ほんと?
本当だよ。
旅を始めた頃から、ずっと助けてもらってるしね。
……えへん。
あ、ちょっと機嫌がよくなった。
……ん。
次回は、リオンの番だね。
……リオンは二番目。
リオンへも対抗心が!?
……ん。




