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第102話 回復の代償

 ミルとリオンの想いを聞き、シールは答えた。


「シール!?」


 戦場へ連れて行ってやる。

 シールの予想外のその言葉にラットは思わず声を上げる。


「お前さんの心配は分かっておる」


 シールはラットへ視線を向けて、真剣な表情で答えた。

 

「その時はちゃんと護衛もつけてやるさ」


 シールは決して、その場の勢いに任せて、言ったのではない。


 死んでほしくない。

 ラットの想いを理解した上での判断だった。


 そして同時に。

 ミルとリオンの想いもまた本物だった。


 ラットと共に歩みたい。

 守られているだけでは終わりたくない。

 同じ仲間として隣へ立ちたい。


 その覚悟が二人にはあった。

 だからシールは、そのどちらの想いも汲んだのだ。


「シール……」


 シールはミルとリオンへ視線を向けた。


「まだ連れていくと決まったわけじゃないぞ」


 いくらシールが護衛をつけるとはいえ、実力の伴わない者を戦場へ出すことはできない。

 そんなことをすれば、守る側まで不要な危険に晒される。


 護衛の役割。

 それは付きっきりで守ることではない。


 周囲の警戒。

 囲まれないための立ち回り。

 撤退時の補助。


 あくまで戦場での立ち回りに不慣れな者への支援が役目だ。


 そして、二人は重要な客人として戦場へ赴くわけではない。

 援軍として戦場へ加わるのだ。


 そうなる以上、本人にも戦う力が求められる。

 新兵程度の実力では話にならない。


 少なくともシールへ認めさせるだけの何かが必要だった。


「もちろんラットが手を貸すのは禁止じゃ」


 今回、ラットは援軍として参戦する。

 全体の流れを見ながら、独自に立ち回ることになるだろう。

 当然のことながら傍にいられることは少なくなる。


 ラットの指示やアイテム。

 それらがなければ戦えないようでは意味がないのだ。

 

「自分の力で切り開いてみせろ」


 誰かに守られるだけでは、いずれ通用しなくなる。

 戦場はそんなに甘くない。


 だからこそ、シールは二人の地力を見ようとしていた。


「シール、その怪我で無茶だよ」


 シールの気持ちは嬉しかった。

 今すぐその提案へ飛びつきたくなるほどだ。


 だが、シールはまだ万全ではない。

 胸元には深々と刻まれた傷跡が残っていた。


 あの戦いで受けた傷だ。

 あと少し斬撃の軌道がズレていれば、間違いなく死んでいた。

 そんな致命傷だった。


「ラット、ワシを見くびるでないぞ」


 シールは拳を握り、ドンと自らの胸を叩く。


「概ね回復はしておるわ! 包帯もしておらんじゃろ?」


 怪我をしてからもう一年近くが経つ。


 致命傷そのものは、勇者の回復魔法によって早い段階で塞がっていた。

 そこから時間をかけ、少しずつ身体を回復させてきたのだ。


 傷口は完全に閉じている。


 今残っているのは、外傷の痕跡だけらしい。

 もう傷が痛むこともないという。


「疲弊しておるのは怪我より、歳と鈍った身体のせいじゃ 」


 シールは苦笑した。

 勇者パーティの中でも、種族として見れば最年長だ。


 さらに、傷の影響で長期間寝たきりだった。

 体力もかなり落ちているはずだ。


 その状態でアートベーベンからここまで軍を率いて移動してきた。

 馬に乗っていたとはいえ、疲労は蓄積される。


 今のシールにとってはそれが負担となるほどだった。


「これ以上休んだら、戦場で戦えんわ」


 たしかに傷は癒えたとしても、体力が減っていては戦場で十分に戦えないだろう。


「ちょうどいい運動じゃて」


 シールはガハハと大きく笑った。


「なあ、本当に大丈夫なのか?」


 シールの傷跡を見ながら、リオンが少し気まずそうに口を開いた。


 参戦する機会を得られたこと自体は嬉しい。

 だが、素直に喜び切れない理由もあった。


 万全ならまだしも、この状態のシールを負かせという。

 もし大怪我をさせてしまったらと、そんな考えが脳裏をよぎる。


「その傷見るとさ……ちょっと気が引けちまうよ」


 相手は圧倒的な格上だ。

 本気で挑んだとしても、勝ち目があるのかもわからない。

 それなのに、怪我をさせないようにするなんて可能なのだろうか。


「せめてポーションを使って完全に治せないのか?」


 怪我がまだ治ってないのに、ポーションを使わない。

 リオンはそれを疑問に感じていた。


 長期間痛みに耐え、療養するより早く治してしまった方がいい。

 たしかにそう思うのも当然だ。


「いや、戦闘中や緊急時でない限り、頼りすぎるのは良くないんだよ」


「なんでだ?」


 リオンが首を傾げる。

 ラットは少し間を置いてから答えた。


「ほんの数刻で傷が塞がる。それほどの変化を身体に与えて、本当に何の代償もないと思う?」


「……え?」


 リオンの表情が固まる。

 明らかに、そんなこと考えたこともなかったという顔をしていた。


 回復魔法も。

 ポーションも。


 便利なものとしてしか見ていなかった。


 傷を治す。

 痛みを消す。


 それだけの認識だったのだろう。


 だからこそ、ラットの言葉は衝撃だった。

 ごくり、と唾を飲み込む。


「ポーションも回復魔法も便利だし、冒険者にとって命綱であることには変わりないよ」


 本来、ちょっとした傷でさえ完全に治すには数日かかる。


 それをほんの数刻で塞いでしまう。

 つまりそれだけ、あり得ない速度で肉体を修復しているということだ。


「無理な治療を繰り返せば、寿命を削ることもあるし、身体を壊すこともある」


 筋肉、骨、血管、内臓……。

 損傷したそれらの細胞を強引に活性化させて、急速に再生させている。

 当然、身体へ負担がないはずがない。


 回復は万能ではない。

 使えば全て解決するような、都合のいい代物ではなかった。


「脅かすなよ。そんなこと言ったって、みんな使ってるものだろ?」


 リオンは顔を引きつらせながらも、

 ラットは大袈裟に言ってるだけなんだと、そう考えた。


「いうて、そこまで影響はないんじゃないのか?」


 その言葉を聞き、ラットの眼鏡が怪しく輝く。


「リオン……」


 静かな声で問いかける。


「一般職の人たちと比べて、冒険者……特に前衛職の戦士たちが、年齢の割に老けていると感じたことはありませんか?」


 リオンは言葉の意図が分からずに、一瞬思考が停止した。


 だがすぐに、鍛冶屋で働いていた頃の記憶が蘇る。


「……ある」


 たしかに思い当たる節があった。


 有名な冒険者。

 歴戦の戦士。


 二十台の割りに、結構な風格があって、これが歴戦の猛者ってやつなんだと感心したことが確かにあった。


 風格……悪く言えば、老けているといえなくもない。

 考えるほどに、実年齢より老けて見えることが多い気がしてきた。


 傷跡だらけで。

 肌は焼け。

 ときには身体つきもどこか疲弊しているように感じることもあった。


 逆に、騎士たちは違った。

 同じ前衛職でも、若々しく年相応という感じだったのだ。


「傷を瞬時に塞ぐということは、細胞の分裂を本来の何倍もの速度で促進しているということなんだよ」


「細胞……分裂?」


 リオンが難しそうな顔をする。


「ほら、カビとかって凄い勢いで増殖していくでしょ? それに似ているかな」


「なるほど……」


 リオンは納得したように頷いた。

 なんとなくイメージできたようだ。


 無理やり増殖の速度を早くする。

 当然、それだけ身体には負荷がかかるわけだ。


 それに人の一生で行われる細胞分裂の回数には、概ね限界があると言われている。

 回復魔法やポーションで、それ自体が増えるわけではない。


 リオンの表情が徐々に引きつっていく。


 怪我をして、その度に大量の回復魔法やポーションを使用する。

 それを短期間に何度も繰り返す。

 つまりそれは、自分の命を前借りしているようなものだ。


 無茶な戦い方を続ければ、その分だけ寿命を削っていくことになる。

 そういうことだった。


「えぇ……怖……」


 リオンがあまりの衝撃に言葉を漏らした。


「もちろん、死ぬような大怪我なら使った方がいいよ。戦闘中なら尚更かな」


 寿命が縮む以前にその場で死んでしまえば意味がない。

 だからこそ致命傷を負った時や戦闘中は迷わず回復魔法やポーションを使うべきだ。


 だが、そうでないのなら話は別になる。

 無理やり一気に治すのではなく、少しずつ身体へ負担を掛けないよう治療した方がいい。


 その方が結果的に長く戦い続けられるからだ。

 それが冒険者として長く生きるコツだった。


「強力な回復魔法があるのに、なぜ騎士が防御を重視するのか」


 そう。

 決して死なないためだけではない。


「それは長く街を守るためだ」


 怪我を負えば、その分だけ身体は消耗する。

 回復できるからと無茶を繰り返せば、すぐに限界が来る。


 そういう理由から騎士団では防御技術を徹底的に叩き込まれる。

 回復に頼らないようにするために。


 不要な損傷を避ける。

 それが結果として、寿命や全盛期の長さへ直結するのだ。


 一年でも長く剣を振るい。

 一日でも長く街を守り続けるために。


 騎士たちは、防御を学ぶのだった。


「もしそれでも使用する場合は負担にならないように少しずつだね」


 もちろんシールのように大怪我を負ってしまうことはある。

 そういう場合、騎士団でもシールのように負担にならないように、少しずつ利用していた。


「なるほどなぁ……」


「だから、騎士団は実力もあって、いつまでも年相応に若々しくてモテるんだよ」


「最後だけ俗っぽいな!?」


 リオンが思わずツッコミを入れた。

 ラットからも笑みが零れた。


「逆に冒険者は戦闘技術を独学で学ぶ人が大概だから、怪我を繰り返しがちなんだよ」


 冒険者になる場合は基本的に独学で戦闘技術を学ぶ。

 怪我を繰り返しながら覚える人が多くなる。


 だから。

 良く言えばワイルド。

 悪く言えば老けやすい。


「特に前衛職は顕著だね。後衛の魔法使いや、防御が上手い人は比較的若い印象あるでしょ?」


「確かに……」


 リオンが妙に感心したように頷いた。


「そうだ。他にもこんな話があるよ」


 ラットは昔聞いた逸話を語り始める。



 これは、ある若い貴族の話だ。


 その男は父親から領地を与えられ、独立したばかりだった。

 若く、才能もあり、将来を期待されていたという。


 だが同時に、男は傷つくことを極端に嫌っていた。

 だからこそ大量のポーションを買い込んだ。


 傷を負ったら治せばいい。

 そう考えていたのだ。


 少し切った。

 少し打った。


 その程度でもすぐにポーションを使う。

 やがて男はそれを当然のように繰り返すようになった。


 大量の回復薬がある。

 ならば怪我など恐れる必要はない。


 深手を負っても治せばいい。

 そうして男は、次第に無茶な狩りを行うようになっていった。


 危険な魔物へ挑み。

 傷ついては治し。

 また傷つく。


 そんな生活を繰り返した____。



 そして数年後。


 久しぶりに父親と再会した時、その変わり果てた姿を見て、父親ですら息子だと気づけなかったという。


 本来ならまだ二十代。

 だが、その姿は五十、六十代にも見えたと言われている。


 それほどまでに老け込んで見えたのだ。



 それはまるで父親にとっての父。

 つまり、男にとっての祖父のような姿だったと____。




 無茶な回復の繰り返し。

 それが肉体へ蓄積した結果だった。


 空気が静まり返る。


「……だんだんと怖くなってきたな」


 リオンは思わず、自分の持っているポーション瓶を見つめた。


「まぁ、これは極端な話だけどね」


 ラットは苦笑しながら補足した。

 今はポーション研究もかなり進んでる。


 不純物の除去。

 薬効の安定化。

 肉体への負荷軽減。


 昔ほど身体への負担は大きくない。

 特に近年は回復効率の精度が大きく向上していた。


「ちなみに、ここまでポーションの精度を上げたのは魔法都市の研究者たちだよ」


「そうだったんだな」


 リオンが感心したように声を漏らす。


「その代わり、個人でつくれるようなものではなくなっちゃったんだけどね」


 昔はお手製のポーションを個人でつくり、販売するものもいた。


 成分の配合比率。

 抽出時間。


 さまざまな要素が厳密になったことで個人でやるには困難となった。

 素人が見よう見真似で混ぜて、作れるような代物ではなくなったのだ。

 もしそれを販売したとしても、粗悪品として扱われる。


 正規品は専門知識を持った薬師や調合師が取り扱うものを示すようになった。


「ポーションって何気なく使ってたけど、奥が深いんだな……」


 リオンは腕を組みながら頷いた。

 そして同時に、修行時代を思い出していた。


 何度も叩き込まれた防御訓練。


 受け方。

 回避。

 姿勢。

 盾の扱い。


 当時は地味だと思っていた。


 攻撃の方が派手で格好いい。

 そう考えていたのだ。


 それでも褒められるからとリオンは続けていた。


「防御訓練やっておいてよかったぜ……」


 リオンがしみじみと呟く。


「とはいえだ! もうすぐ戦じゃ!!」


 シールが肩を回しながら立ち上がる。


「それに二人の本気を見たいしな。もういいじゃろ!!」


 ニヤリと笑った。


「さすがに腕が鈍るわ」


「いや、まだ安静にしてた方が……」


 ガハハ____!


 ラットの言葉を笑い飛ばしながら、シールは鞄へ手を伸ばした。


 ポーションを慣れた様子で飲み干す。

 ゴクリ、と喉が鳴った。


 次の瞬間、次第に残っていた傷が塞がりだした。


「うむ、悪くない」


 シールは拳を軽く握り込む。


 バキッ__


 骨が鳴った。

 そして、壁へ立て掛けられていた巨大な盾を手に取る。


「ほれ、来い」


 シールは振り返り、豪快に笑う。



「お前たちの実力、見せてもらうぞ!!」




※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


リオンだ!


今回は回復の作用についてだったね。


ああ。

知らなかったよ。


まあ、教えてくれるような場所も少ないからね。


ラットは逆にどこで知ったんだ?


僕は両親が商人だったから。

いろんな話を聞いたし。

ポーションについてもある程度把握していたんだよ。


そうなんだな。


リオンも騎士団の訓練に混ざっていたなら、聞いていてもよさそうだけど。


まだ訓練生だったからな。


討伐任務にも出たことなかったし、ポーションを使う機会もなかった。


なるほど。

習う前だったってことだね。


そういうことだ。


でも、そこまで重要ならギルドでも教えてくれればいいのにな。


うーん。

難しいところかな。

知識として知っていても、腕を磨くのは独学だし。

結局は使わざるを得ないんだよ。


たしかに。

命がかかってる状況で、副作用があるから使いませんとはならないか。


そうだね。

それでも、正しい知識を持っておくことは大事だと思うけどね。


そうだな。


次回は、とうとうシールの腕試しが始まるよ!


とうとうきたな!


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