第101話 仲間の在り方
話し合いの末、ラットの参戦が決まった。
罠の気配が漂う、甲冑兵の軍勢との戦い。
ラットはシールの軍が隠し持つ切り札となる。
「話はまとまったな!」
リオンが声を上げる。
「腕が鳴るぜ! なあ、ミル!!」
「……ん」
ミルも小さく頷いた。
二人とも迷いがない。
勇者パーティの一人、シールへの援軍。
戦う者からすれば、これほど誉れ高い戦いもないだろう。
「……」
その様子を見ていたシールは、
ガハハハァァァ______!!
豪快に笑い声を上げた。
だが、次の瞬間にはその表情から笑みが消える。
「……駄目じゃ。お主たちは残れ…………」
シールはきっぱりと言い切った。
「はぁ!? なんでだよ!」
リオンが食ってかかる。
「僕も反対だよ!」
ラットまでシールへ同調したことで、リオンはさらに目を見開いた。
「ラットまで!?」
シールは腕を組み、低い声で言う。
「怪我をしておるとはいえ、女子供を戦場へ出すほど、軍を預かる者として落ちぶれちゃおらんわ」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
「そういう問題じゃ!!」
シールは即答した。
その声音には、軍人としての重みがあった。
シールは何度も見てきた。
若い兵が戦場に立ち、その命を散らしていく様を。
国の為に戦った。
本人は後悔なく死んでいった者もいただろう。
だが、そういう者たちにも家族がいる。
無事に帰ってくると信じ、待ち続ける者たちがいるのだ。
帰還した兵から告げられる死。
その言葉を聞き、泣き崩れる家族。
戦果なんて上げられなくてもよかった。
帰ってきさえすれば。
そんな姿を__
何度も__。
何度も____。
シールは見てきたのだ。
成人したばかりのような若者たちを、そんな戦場へ連れて行きたくはなかった。
だが、それでもシールは軍人だ。
軍へ志願し、覚悟を決めて入ってきた者たち。
そういう者を、危険だからと置いていくことはできない。
だからこそ、シールは盾使い(フォートレス)となった。
最前線へ立つために。
危険から兵を守るために。
そして、軍が崩れそうな時には殿を務めた。
自分が最後まで残ることで、一人でも多く逃がす。
それがシールなりの責任であり、答えだった。
だが、リオンとミルは違う。
自国の者ですらない。
命をかける必要などないのだ。
「じゃあ、ラットはいいのかよ!」
リオンが不服そうに声を荒げた。
「こいつは例外じゃ」
シールは迷わず答えた。
「個人での実力だけなら、確かにそこまで高くはない……。じゃがな……」
シールが小さく笑う。
「魔王戦だけではない。それ以外の戦闘でも、こいつはワシよりもパーティへ貢献してきたんじゃ」
ラットは実力を証明してみせた。
最初はシールも認めていなかった。
前線で戦う力が足りない。
パーティの足手まといになる。
そう思っていた。
だが、ラットは生き残った。
それだけではない。
仲間を支え。
戦況を分析し。
誰よりも周囲を見ていた。
激しくなる戦いの中でも、最後まで食らいつき続けた。
だからこそ、シールも認識を改めたのだ。
「そんな奴を、怪我で戦力が落ちたワシが、止める資格などないじゃろ?」
連れていかない。
その理由を二人に説明した。
「僕も死ぬつもりはないよ。それにこういう大規模戦では僕の影の薄さは有利なんだ」
「影の薄さ?」
「標的になりにくいんだよ」
ラットは二人を納得させようと、笑顔をつくり誤魔化した。
実際にラットは何度もこういう戦闘を経験している。
軍勢同士のぶつかり合い。
そこでラットは、生き残ってきた。
仲間を支え、状況を読んだ。
だからこそ、自分が生き残る術も理解している。
それでも二人は納得していない様子だった。
特にミルは、少し頬を膨らませている。
「……実力を認めてもらえれば……いい?」
拗ねたように呟くミル。
リオンも憤りを隠せないでいた。
その姿を見て、シールはふと昔を思い出した。
かつてのラットを。
力になりたいのに、なれない悔しさ。
守られてばかりで、置いていかれる歯がゆさ。
それに対して、当時、ラットがどれほど思い悩んでいたかを。
シールは知っている。
だからこそ、勇者は最後までラットをパーティから外すことに反対していたのだ。
そして、ラットを見る。
「ラット、お前はいいのか?」
「え?」
「こいつらの味方をしてやらなくて、という意味じゃ」
ラットは少し黙り込んだ。
歯を食いしばり、眉をひそめていた。
迷っている。
それは見れば分かった。
リオンたちの気持ちは嬉しい。
仲間として、一緒に戦いたいと思ってくれている。
だからこそ、連れて行きたくなかった。
「これは追放するとか……そういう話じゃないんだ」
ラットは静かに言った。
「本当に死んじゃうんだよ……」
空気が重く沈む。
今までのような少人数同士の戦闘とは違う。
軍勢同士のぶつかり合いだ。
そこでは犠牲が出ることが前提となる。
個人の実力だけでどうにかなる世界ではない。
乱戦。
物量。
包囲。
策略。
不意打ち。
それに今回は魔物の群れもいる。
戦場では何があるか分からない。
どれほど強くても。
どれほど才能があっても。
死ぬ時は、死ぬ。
「僕は二人に死んでほしくない……」
ラットの声は震えていた。
その脳裏に蘇るのは、大切な人を失った時の記憶。
前の戦争だ。
ラットの両親は、兵士ではなかった。
物資を運び、戦場を支える側の人間だった。
前線へ補給を届けるため、各地を行き来していたのだ。
魔族側はそこを狙った。
補給線を断つために。
護衛ごと襲撃された。
そして、両親は唐突にこの世からいなくなった。
ラットの目の前で。
最後の言葉すらなかった____。
昨日まで当たり前のように存在していた人が。
次の瞬間にはもう二度と帰ってこない。
あの時の絶望感を__。
ラットは今でも忘れられない。
胸が締め付けられる。
息が苦しい。
胃の奥が重く沈む。
だからこそ、ラットはもう失わないために。
いつも入念な準備をし。
欠かさず鍛錬に励み。
何度も思考を巡らせ。
どう動けばいいか。
どうすれば仲間を生かせるか。
……最善を考え続けてきた。
そして、いざという時は、自分が死に物狂いで守ろうと考えていた。
だが。
軍同士の戦いは無慈悲だ。
個人の想いなど関係なく、奪っていく。
ときには突発的に。
ラットが関与する間もなく。
次の瞬間には、物言わぬ肉塊へ変わっている。
それほどのことが珍しくない。
誰もが何かを背負って戦っている。
守りたいものがある。
譲れないものがある。
だからこそ、一筋縄ではいかないのだ。
少人数の戦いなら、信じて託すこともできた。
だが、この規模は違う。
信じる、信じない。
そんな感情論だけでは済まされない。
生き残るためには、運すら絡んでくる。
ましてや二人は、そうした戦場を経験したことがない。
初陣の兵は、生き残るだけでも上出来だと言われる。
それほどに戦場は危険なのだ。
死ぬ可能性が高すぎる。
「……コイツの想いは分かったな」
シールが二人を真剣な表情で見つめた。
「それでも戦いたいというのか?」
二人は迷わず頷いた。
「ここで戦闘に参加せずとも、ラットはお前たちを見捨てんぞ」
「……うん」
「わかってる」
リオンもミルも、それは理解していた。
それでも一緒に戦いたい二人はそう思った。
「それでも戦いたいのはなぜじゃ?」
二人は真っ直ぐシールを見返した。
「……仲間」
「そうだ。ラットは俺たちの仲間なんだ」
「……仲間なら助け合う」
「助けられてるだけなんて、俺たちは自分を仲間と思えなくなる」
一方的に守られるだけ。
一方的に助けられるだけ。
そんな関係を二人は仲間だとは思えなかった。
たとえラット本人がそれでいいと言ったとしてもだ。
ラットはずっと自分たちを助けてくれた。
いや、今も助けられている。
「……連れ出してくれた。……たくさん思い出をくれた」
感情を知るために。
世界を知るために。
ミルを町の外へと連れ出してくれた。
様々な景色を見せてくれた。
いろんな人と出会わせてくれた。
美味しいものを食べた。
笑いかけてくれた。
たくさんのことを教えてくれた。
そして、共に魔導機械を造った。
失敗して。
笑って。
また造って。
そんな時間が、ミルにはかけがえのないものになっていた。
「夢を叶えるために、街を出るきっかけをくれたんだ」
親方の願いがあったとはいえ。
それを受け入れ、ここまで共に歩んできてくれたのはラットだった。
夢を笑わなかった。
馬鹿にしなかった。
力を貸してくれた。
ともにアイディアを出し合い、いろんな武器や装備を造った。
「乗り越えてきた!」
二人は声を合わせて言った。
今までの旅は決して楽なものではなかった。
危険な戦いもあった。
死にかけたことだってある。
その度に力を合わせ。
支え合い。
ここまで一緒に乗り越えてきた。
「だから、ラットが戦うっていうなら、俺たちも行く」
「……置いていかれるの嫌」
今度は自分たちの番だ。
ラットを助けたい。
「ラットが、あんたを助けたいと思うように……」
リオンは真っ直ぐシールを見る。
「俺たちも、ラットを助けたいんだ!!」
「……支えたい!!」
ミルも小さく呟いた。
シールはしばらく二人を見つめていた。
「なるほどのう……」
そして、小さく笑う。
「仲間……か」
シールは前の戦争でもラットの参戦へ反対していた。
そして今、リオンたちを止めている理由も根本は同じだ。
それは決して嫌がらせではない。
当時のラットには、前線で戦い抜くだけの実力が足りていなかった。
しかも若かった。
シールにとって、ラットは守られる側の存在だったのだ。
だからこそ、前線へ出すことへ否定的だった。
それに異を唱えたのが勇者だった。
勇者はラットを信じていた。
今は未熟でも、必ず成長すると。
だから見捨てず、支え続けたのだ。
そして、ラットはその期待に応えてみせた。
戦場で生き残り。
仲間を支え。
最後まで食らいつき続けた。
激しくなる戦いについていけなくなった者もいた。
嫌がらせ半分でラットを追い出そうとしていた者たちだ。
皮肉なことに、最後まで前線に立っていたのはラットの方だった。
その姿を見て。
シールも認識を改めた。
ラットは守られるだけの存在ではない。
共に戦う仲間なのだと____。
今、ラットがリオンたちの参戦を反対している理由も理解できた。
決して二人の成長を信じていないわけではない。
むしろ逆だ。
成長を誰よりも信じているし望んでいる。
だが、勇者のように。
失敗を補い、全てを救い切れるほど自分は強くない。
だからこそ、ラットは自分の力不足を悔しがっているのだ。
仲間を守り切れないかもしれない。
一緒に戦おうと言えない自分の不甲斐なさを。
本当は共に戦いたいと思っている。
その想いを受け止めるのもまた、仲間ではないのか?
シールはゆっくりと立ち上がる。
そして、ニヤリと笑った。
「いいだろう」
三人が顔を上げる。
「ワシに勝ったら、連れて行ってやる!!」
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
シールじゃ!
……
ラット!
どうしたの、シール?
少し見ない間に、いい仲間に巡り合えたの。
うん。
二人ともすごく頼りがいがあって、誇りに思うよ。
まさか、あそこまで食い下がってくるとは思わなかったぞ。
そうだね。
だからこそ、反対しとるんじゃろ?
……シール。
大丈夫じゃ。
ちゃんと考えておる。
……
まずは二人が、わしの腕試しを超えてからじゃな。
話はそれからじゃ。
……
もちろん。
手加減なぞせんぞ。
……ありがとう。
いいんじゃよ。
それに期待しとるんじゃ。
うん。
次回は、回復についてです。
大事な話じゃな!




