第十話 「結ぶ縁」
第十話 「結ぶ縁」
炎を纏った拳が、旭の身体を大きく弾き飛ばした。
「旭……!」
瑞稀は駆け寄ろうとするが、荒魂がその前へ立ちはだかる。
振り下ろされた一撃が槍を弾き、焼けるような痺れが両手へ走った。
槍が地面へ転がる。
「――ッ!」
瑞稀も体勢を崩し、その場へ膝をついた。
荒魂が、ゆっくりと近づいてくる。
『終わりだ。』
拳が振り上げられ、押し寄せる熱風だけで頬が焼けるように痛んだ。
瑞稀は目を閉じる。
――間に合わない。
◇
芽衣は、スマートフォンを強く握り締めていた。
何度電話をかけても、二人にはつながらない。
「お願いだから……出てよ。」
画面を見つめても、返事はなかった。
胸の奥に、理由の分からないざわめきが広がっている。
瑞稀たちがいる方角を知っているはずもない。
それなのに、どこかへ引かれるような感覚だけが、先ほどから消えなかった。
その時だった。
――こちらだ。
誰かの声が、耳元で囁いた。
芽衣は勢いよく振り返る。
けれど、そこには誰もいない。
ただ視界の端を、白い千早を纏った人影が横切ったような気がした。
人影の消えた先には、山際へ続く細い道が伸びている。
その先に、小さな神社が見えた。
「……あそこ?」
一度も訪れたことのない場所のはずなのに、不思議と道を知っているような感覚があった。
芽衣は、導かれるまま石段を駆け上がる。
鳥居へ手を触れた瞬間、鈴が一つ鳴った。
――シャン。
景色が、水面へ石を落としたように大きく揺れる。
「え……?」
次の瞬間、芽衣の身体は眩い光へ呑み込まれた。
◇
気づけば、芽衣は赤く染まった空の下に立っていた。
「……何、ここ。」
焼け焦げた匂いと熱気に、思わず息を呑む。
状況を理解する間もなく、視線の先に倒れている二人の姿が見えた。
「瑞稀! 旭君!」
芽衣は迷わず駆け出した。
炎を纏う巨大な影が、倒れた二人へ迫っている。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
足元へ何かが、ぶつかる。
瑞稀の手から離れた槍だった。
芽衣は反射的にそれを拾い上げ、両手で握り締める。
「――どいてよ!」
槍を構えたことなど、一度もない。
持ち方も、使い方も分からない。
それでも、震える両手だけは決して離さなかった。
◇
芽衣が触れた瞬間、槍は淡い光を帯びた。
「……え。」
柔らかな温もりが、槍を握る手から全身へ広がっていく。
遠くで、鈴によく似た澄んだ音が響いた。
――よく来た、道連れよ。
穏やかな男の声が、芽衣の内側へ届く。
――お前の縁が、この場所まで、お前を導いた。
「縁……?」
――さあ、迎え入れよ。
――舞うのは、あの者の役目だ。
槍を包む光がひときわ強く輝き、芽衣の周囲で弾けた。
――シャン。
神楽鈴の澄んだ音が響く。
◇
芽衣の茶色い髪が、淡い桜色を帯びていく。
全身を包む空気が、一変した。
華やかで、どこか賑やかな気配が満ちていく。
槍の穂先から下がる光が、鈴のように揺れていた。
――あら、可愛い依代ね。
軽やかな女の声が、芽衣の内側から響いた。
「えっ、何これ!? 声が……頭の中に!?」
次の瞬間、芽衣の意思とは関係なく、その唇が動く。
『そんなに慌てないの。すぐに終わるから。』
『大丈夫。少しだけ、力を貸すわ。』
女の声は、芽衣を宥めるように笑った。
『あなたの、その誰かを放っておけない心に免じてね。』
荒魂が、新たに現れた気配に気づき、動きを止める。
『……何だ、貴様は。』
芽衣は――いや、芽衣を通して語る者は、朗らかに笑った。
『通りすがりの舞い手よ。』
槍の穂先が、金色の光を帯びていく。
『――天鈿女命とも呼ばれているけれど。』
何をすればよいのか、教えられていない。
それでも、不思議と身体は理解していた。
芽衣は槍を握り直し、倒れている二人へ声を張り上げる。
「瑞稀!旭君!なんかよくわかんないけど、時間を稼ぐから!」
そして、その内側で天鈿女命が楽しげに笑う。
『さあ、楽しい宴を始めましょう。』
第十話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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