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第十話 「結ぶ縁」

第十話 「結ぶ縁」


炎を纏った拳が、旭の身体を大きく弾き飛ばした。


「旭……!」


瑞稀は駆け寄ろうとするが、荒魂がその前へ立ちはだかる。


振り下ろされた一撃が槍を弾き、焼けるような痺れが両手へ走った。


槍が地面へ転がる。


「――ッ!」


瑞稀も体勢を崩し、その場へ膝をついた。


荒魂が、ゆっくりと近づいてくる。


『終わりだ。』


拳が振り上げられ、押し寄せる熱風だけで頬が焼けるように痛んだ。


瑞稀は目を閉じる。


――間に合わない。



芽衣は、スマートフォンを強く握り締めていた。


何度電話をかけても、二人にはつながらない。


「お願いだから……出てよ。」


画面を見つめても、返事はなかった。


胸の奥に、理由の分からないざわめきが広がっている。


瑞稀たちがいる方角を知っているはずもない。


それなのに、どこかへ引かれるような感覚だけが、先ほどから消えなかった。


その時だった。


――こちらだ。


誰かの声が、耳元で囁いた。


芽衣は勢いよく振り返る。


けれど、そこには誰もいない。


ただ視界の端を、白い千早を纏った人影が横切ったような気がした。


人影の消えた先には、山際へ続く細い道が伸びている。


その先に、小さな神社が見えた。


「……あそこ?」


一度も訪れたことのない場所のはずなのに、不思議と道を知っているような感覚があった。


芽衣は、導かれるまま石段を駆け上がる。


鳥居へ手を触れた瞬間、鈴が一つ鳴った。


――シャン。


景色が、水面へ石を落としたように大きく揺れる。


「え……?」


次の瞬間、芽衣の身体は眩い光へ呑み込まれた。



気づけば、芽衣は赤く染まった空の下に立っていた。


「……何、ここ。」


焼け焦げた匂いと熱気に、思わず息を呑む。


状況を理解する間もなく、視線の先に倒れている二人の姿が見えた。


「瑞稀! 旭君!」


芽衣は迷わず駆け出した。


炎を纏う巨大な影が、倒れた二人へ迫っている。


考えるよりも先に、身体が動いていた。


足元へ何かが、ぶつかる。


瑞稀の手から離れた槍だった。


芽衣は反射的にそれを拾い上げ、両手で握り締める。


「――どいてよ!」


槍を構えたことなど、一度もない。


持ち方も、使い方も分からない。


それでも、震える両手だけは決して離さなかった。



芽衣が触れた瞬間、槍は淡い光を帯びた。


「……え。」


柔らかな温もりが、槍を握る手から全身へ広がっていく。


遠くで、鈴によく似た澄んだ音が響いた。


――よく来た、道連れよ。


穏やかな男の声が、芽衣の内側へ届く。


――お前の縁が、この場所まで、お前を導いた。


「縁……?」


――さあ、迎え入れよ。


――舞うのは、あの者の役目だ。


槍を包む光がひときわ強く輝き、芽衣の周囲で弾けた。


――シャン。


神楽鈴の澄んだ音が響く。



芽衣の茶色い髪が、淡い桜色を帯びていく。


全身を包む空気が、一変した。


華やかで、どこか賑やかな気配が満ちていく。


槍の穂先から下がる光が、鈴のように揺れていた。


――あら、可愛い依代(よりしろ)ね。


軽やかな女の声が、芽衣の内側から響いた。


「えっ、何これ!? 声が……頭の中に!?」


次の瞬間、芽衣の意思とは関係なく、その唇が動く。


『そんなに慌てないの。すぐに終わるから。』


『大丈夫。少しだけ、力を貸すわ。』


女の声は、芽衣を宥めるように笑った。


『あなたの、その誰かを放っておけない心に免じてね。』


荒魂が、新たに現れた気配に気づき、動きを止める。


『……何だ、貴様は。』


芽衣は――いや、芽衣を通して語る者は、朗らかに笑った。


『通りすがりの舞い手よ。』


槍の穂先が、金色の光を帯びていく。


『――天鈿女命(あめのうずめ)とも呼ばれているけれど。』


何をすればよいのか、教えられていない。


それでも、不思議と身体は理解していた。


芽衣は槍を握り直し、倒れている二人へ声を張り上げる。


「瑞稀!旭君!なんかよくわかんないけど、時間を稼ぐから!」


そして、その内側で天鈿女命が楽しげに笑う。


『さあ、楽しい宴を始めましょう。』

第十話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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