9.手にしたヒント、紛れ込む違和感
私が用意した“手土産”は、十分に効果を発揮した。
「まさかアニエス先生に“禁書区域”へ誘われるとは……本当に貴方は、読めない人だ」
私の前を歩くテオドールは明るい声を出していた。
禁書区域は学院の地下にある。教師は立ち入り可能だが、滞在できる時間が短い。
書物の量は膨大だが、テオドールの手を借りれば効率的に調べられる。
「……しかも、私に重大な情報を開示してまで」
そう。
私はテオドールの協力を得るために、ひとつ情報を開示することにした。
数日前。
保健室にてテオドールと二人きり。
「……なるほど、情報を私に教える代わりに、協力してほしいと」
「おっしゃる通りです。……根拠は提示できませんが、テオドール先生のご興味を引く内容であることは保証します」
テオドールの視線が、私の瞳を射抜く。
瞳を貫いて思考まで探られているようで、落ち着かない。
私の知る『本来のキーワル』での設定をひとつ開示して、彼の魔法で真贋を解析してもらう。
それが私の考えた“手土産”だった。
ここで彼の協力を得られれば、状況が好転する可能性が高くなる。
……折れるわけにはいかない。
「……いいでしょう」
「あ、ありがとうございます」
「では早速、始めましょうか。――『真贋判定。対象、アニエス・ダニエ』」
思いのほかあっさりと承諾が得られた。しかもいきなり情報解析魔法を発動しだした。
そのスピード感に慌てつつ、私は口を開く。
「……『男爵令嬢シャロ・ノルンは、本来は光魔法の使い手だった』」
私が明け渡した情報は、シャロに関するものだった。
テオドールの情報解析魔法は、高精度なウソ発見器としても使うことができる。
たとえそれが、本人が真実だと思っているデマだとしても、正確に判別する。
「……いかがですか?真実だということは、おわかりいただけるかと」
テオドールの表情を伺う。
彼の目には、果たしてどういう結果が映っているのか。
「……対価は受け取りました」
「はい?」
「――興味深い。貴方が話したことは、『真実』だ」
顔を上げたテオドールは、未知のものを見る目をしていた。
「……それで? 私はなにを協力すれば、いいんです?」
そんなこんなで、二人で禁書区域に足を運ぶわけとなった。
……本来なら、秘密の場所に攻略対象と二人きりなんて立派なイベントだけれど、正直私としてはそれどころではない。
気合を入れて、調べなければ。
階段を下り、禁書区域に入る。
壁面いっぱいの本棚に収められた書物たち。これは一人では到底調べつくせなかった。
「それで、何を調べましょうか」
テオドールが振り返って尋ねてくる。
「……それでは、『世界の鍵』で、調べていただけますか」
テオドールが目を見開く。
……これで、私がただの保健医として動いているわけではない、ということはバレるだろう。
でも構わない。
テオドールが死ぬ未来があると――それを阻止するために動いているとバレなければ、それでいい。
テオドールは私にはなにも追及せず、該当する書物を探してくれた。
これだけの蔵書数にも関わらず、『世界の鍵』について記された書物はほんのわずかだった。
そのわずかの書物に一縷の望みをかけて、目を通していく。
「……この本もダメね……」
思わず愚痴がこぼれる。
断片的な記載ばかりで、まとまった情報が得られない。
隣にいるテオドールも同じようにページをめくっては私に確認してくれるが、核心に迫る情報は見当たらない。
(……やっぱり、ダメなのかな)
にわかに諦める気持ちがわき上がる。
心に暗い影が差す。
ため息をつきそうになった、その時。
「アニエス先生、これは少し、記述が異なります」
「本当ですか!」
私は本を受け取り、かじりつくようにして紙面を覗き込む。
『――鍵は一定の周期で、世界に実体を伴って顕現する』
『鍵は観測者によって記録される』
(――観測者!)
“観測者”。中ボスが、テオドールに向けて言った言葉。
出揃っている情報がすべて真実なら――テオドールは、鍵を記録する観測者ということになる。
「鍵に周期……そして観測者、ですか」
テオドールの低い声が読み上げる。
その声につられてテオドールの方を見ると、凛々しい横顔が開かれたページを眺めていた。
……テオドールが本当に観測者という存在なら、このことが本人にバレるのは死亡フラグに繋がりかねない。
……なにがなんでも、この情報は隠さなければ。
新たな決意と、未来への重責が、ずしりと胸に響いた。
*
「本当ですか!」
彼女は私の手から本を奪うと、かじりつくように文面を追う。
記載されていたのは、『世界の鍵』の存在と、それを記録する『観測者』と呼ばれる存在について。
彼女は一通り視線で文章を追ったあと、深く考えるように顎に手をあてる。
(……貴方は『なんのために』、この情報を求めている?)
アニエス・ダニエという人間が、誰かのために動く人間であることは知っている。
……そしておそらく、シャロ・ノルンが彼女にとって重要人物であることも、予想できる。
(彼女の反応を見るに、おそらくシャロは『鍵』か『観測者』であると見るのが妥当だ。しかし……)
「なにか情報は得られましたか?アニエス先生」
「ええ……」
彼女は曖昧に返答して、そこからは何も語らない。
彼女が持つ情報は、その根拠が不明だ。
しかし彼女は、その根拠に基づいて動いているのだろう。
今までに散見された、彼女がシャロを守る動き。
その理由は、シャロを何かから守るためか?
(……いや、まだ断定できない)
彼女はシャロの情報を対価に、私に協力を要請した。
つまり、その情報自体は私に知られても比較的問題ないものということだろう。
彼女の行動理由がシャロを守るためならば――更に私に情報を開示して、引き続き協力するように仕向けることもできるはずだ。
しかし、彼女はそれをしない。
そこから考えられるのは――。
(まだなにか、私に隠さなければいけないことがある――?)
彼女が私に協力を要請したということは、私が彼女の動向を外部に漏らさないと信用してのことだろう。シャロの光魔法のことも、『世界の鍵』を探っていることも。
おそらく、それ以外に私に隠さなければならないことが――守らなければならない秘密があると見るべきだ。
「アニエス先生」
彼女の思考が知りたい。
おもわず声をかける。
……彼女は反応しない。
「……アニエス先生?」
集中しているのか?
彼女はこちらを見ない。
――まるで最初から聞こえていないかのように。
「……アニエス先生!」
「え、あ、ああ!……すみません、集中しちゃってて」
三度目でようやく、彼女は顔をあげた。
彼女の反応。数日前の、二コラ・ヴェルヌのことを思い出す。
(……本当に、ただ“集中してただけ”なのか?)
集中していたとはいえ、この至近距離でこんなに声は届かないものなのか?
秘密を守る彼女。彼女にまつわる、小さな“不自然”。
その瞳は不思議そうにこちらを見上げてくる。
(目を見るだけで、貴方の思考が覗けたなら――)
謎深い彼女から、どうにも目が離せなかった。
*
そして、試験からしばらく経ったある日。
シャロは、授業で固まっていた。
「今日の魔法薬学実習は、2年生と1年生でペアを作ってもらいます」
上級生とペアを組むのは、今までの授業でも何回かはあった。
しかし。
「……よろしくお願いします、アーネスト先輩」
「……ああ」
ペアの相手は、アーネストだった。
次回はアーネスト編です!
明日は20時ごろ更新予定です。




