10.ひたむきな努力はデレを呼ぶ
「ペアができたところから、観察用の魔法薬草を持って行ってね~」
1ーAと2ーAの合同授業。
シャロの噂は上級生にも届いており、2年生は皆、シャロを避けるようにペア相手を探していた。
そして最終的にシャロと組むことになったのが、アーネストだった。
「……私、魔法薬草もらってきます!」
アーネストに対して気まずさを覚えたシャロは、そそくさと教師の元へと駆けていく。
「……アーネスト様、ペアの相手が“闇魔法のあの子”なんて……ご不安ではなくて?」
シャロを待つアーネストに、同級生の令嬢が声をかけてきた。
「“あの”アロイス様にも届くほどの闇魔法と聞きますし……私恐ろしくて……」
シャロがサロンに入ってからというものの、こうしてサロンメンバーを案じる声を度々聞かされる。
アーネストは軽くため息をついた。
「仮にも彼女は、ウィリアム殿下がお認めになった生徒だ。……彼女を危険視しすぎるのは、殿下のご判断を疑うようなものだぞ」
「そ、そうですわよね!……それに学年主席のアーネスト様がついていますもの、私たちも心穏やかに授業を受けられますわ」
アーネストの言葉に、令嬢も慌てて態度を改める。
そのまま令嬢はアーネストから離れていった。
「……アーネスト先輩、私のことで、なにか言われてしまいましたか?」
シャロは戻って早々に、申し訳なさそうにアーネストに聞いた。
シャロも、自身の闇魔法のせいで周囲から遠ざけられていることには気づいていた。
「大したことは聞かれていない。……殿下のご判断が疑われる風潮を広めたくないだけだ」
「す、すみません!……ありがとう、ございます」
「……君のためじゃない。勘違いするな」
そっけなく返すアーネスト。
シャロは戸惑いながらも、アーネストの横の席についた。
授業はまず、魔法薬草の観察から始まった。
教師が板書をしながら、魔法薬草の特性や観察するべきポイントを話している。
アーネストが何気なく隣に視線をやると、シャロのノートが目に入った。
シャロのノートは細かい文字や図がびっしりと書き込まれていた。
女子らしく色分けされて書き込まれた文字。それには、彼女の熱心さが滲んでいる。
(……どんな生徒かと思っていたが、サロンに相応しい生徒であるよう努力はしているんだな……)
先日、二コラがシャロの成績について話していたのを思い出す。
『シャロちゃんすっごい勉強家なんだよ!この間の試験も上位の方だったし』
あの時、横にいたシャロは謙遜をしていたが……。
そのノートが、二コラの言葉の証明だった。
(……ん?)
教師の話を聞きながらも、アーネストはふと目をある場所にとめた。
シャロのノートに書かれた、薬草の特性についての文章。
(……書かれている例示は分かりにくいものだな)
「……横からすまない、そこの記述なんだが」
アーネストは小声で話しかける。
シャロは声を掛けられるとは思っていなかったのか、軽く肩を跳ねさせてアーネストの方を見た。
「わ、私なにか間違ったこと書いてましたか……?」
「……いや、間違ってはいない。ただ、ここの例示……この特性なら、クロヨミクサの方が分かりやすい」
「……たしかに!気づかなかったです……!ありがとうございます」
ひそひそと話をしながら、微笑むシャロ。
シャロはそのまま、アーネストの助言通りにノートを書き換える。
……拍子抜けするほど、シャロ・ノルンは普通の令嬢だった。
(闇魔法さえ発動しなければ、きっと平穏な生活を送れていたはずだ……)
周囲から遠巻きにされ、身分を超えてサロンメンバーとなったシャロ。
その境遇に、アーネストは少しばかり、彼女の心中を思いやった。
授業は後半に入り、実際にそれぞれの魔法を使って薬草を育てる練習が始まった。
魔法薬草には、各属性の魔法との相性がある。相性のいい魔法のエネルギーを与えると、丈夫に育つのだ。
「みなさんの手元にそれぞれ鉢植えを用意したので、まずは発芽させるところからやってみましょうか」
教師の指示に、それぞれが自らの魔法を注ぎ込む。
この程度は、アーネストには朝飯前だった。
アーネストは水魔法の使い手。植物を育てるのは得意分野だ。
アーネストの鉢植えは、すぐに可愛らしい芽が出てきた。
一方シャロはというと。
「ゆっくり……ゆっくり……」
シャロは、なんとか闇魔法をコントロールして鉢植えにエネルギーを注ぎ込もうとしていた。
しかし元の魔力が高いシャロは、出力を抑えることが難しい。
ジョウロから水をやるように、そろりそろりとエネルギーが注がれた鉢植え。
土が盛り上がって、ひとつ芽が出てきた!
「やった……!」
シャロが喜んだのも束の間。
「……まずい」
アーネストは思わず声に出す。
シャロの薬草が、ぐんぐんと成長し始めたのだ。
あっという間に小さな芽は葉が茂り、茎をのばし、鉢植えからはみ出ようとする。
「止めなきゃ、」
「悪い、手を入れさせてもらう!」
シャロが対処するより先に、アーネストは水魔法を使った。
水魔法を鉢植えの中の根に作用させる。またたく間に根は腐っていき、薬草はしおれていった。
「すごい……」
アーネストの咄嗟の行動に、シャロもあっけにとられる。
しかしすぐに鉢植えを机に置くと、頭を下げた。
「すみませんアーネスト先輩!ご迷惑をおかけしてしまって……!」
「いい!顔をあげてくれ」
アーネストは周囲の目を気にして、シャロに顔をあげさせた。
シャロの顔は動揺して色を失っている。
(……彼女の魔力量を思えば、この鉢植えに合わせて出力を絞るのは相当困難だろう)
(……努力しているのは、わかる)
鉢植えに向き合っていた時のシャロの慎重さ。
彼女なりに、必死で魔法をコントロールできるように努めてきたのだろう。
まだ入学して数カ月しか経っていないにも関わらず。
彼女の血の滲むような努力が、そこかしこから伝わってくる。
「魔法のコントロールはそう簡単に上達するものじゃない。……今の君であれば、十分よくやっている方だろう」
シャロはその言葉に、顔から緊張が抜ける。
アーネストのどこか降参したような、それでいて少し柔らかくなった表情が、シャロの目に映る。
「ウィリアム殿下の顔に泥を塗らないよう努めること。……同じサロンメンバーとして、僕も少しは協力しよう」
アーネストの“デレ”の言葉に、シャロは嬉しそうに微笑んだ。
*
授業が終わり、昼休みに入る。
シャロは一度自分の教室へ戻ったあと、サロンメンバーと昼食をとるため中庭へと向かっていた。
(今日のこと、あとでアニエス先生に報告しよう)
近道に、人通りの少ない廊下を抜けようとする。
「……ん?」
廊下に足を踏み入れた瞬間、シャロは違和感を感じ取った。
この感覚を――シャロは知っている。
「やあ、シャロ」
覚えのある声が、背後から響く。
「約束通り、また会いに来た」
振り返ると、アロイスがそこに立っていた。
明日は20時ごろ更新いたします。




