8.世界を紐解くための手土産
二コラの言葉に、シャロは身構える。
「そんなに……すごいの? アロイス先輩って……」
「うん。あの時、ボクらがなにも出来ずに寝ちゃったのが何よりの証拠でしょ?」
苦笑いしながらの二コラの言葉に、シャロは納得するしかなかった。
学内トップレベルの魔法使いたちですら、回避できない闇魔法。
「でもね、悪いやつじゃないんだよね……」
『君を害したいわけではないんだ』
『彼はね、強大な魔法を扱うけど――悪意があるわけではないの』
あの日。アロイス自身やアニエスから言われた言葉を思い出す。
「……昔ね、アロイスが仲良かった子がいたんだ」
幼いアロイスは仲の良い友達と一緒に、庭で遊んでいた。
当時から闇魔法を発動していたアロイスにとって、その子は数少ない友達だった。
二人で遊ぶ時間が楽しくて、終わってほしくなくて――。
無意識な願いは、辺りに結界を展開させた。
「二人は思い切り遊んだそうだよ。――外では3日も経っているなんて知らずにね」
外部を遮断し、3日間。
周囲がアロイスを恐れるには、十分すぎる時間だった。
「アロイス自身は、『ただ楽しく遊んでいただけ』なんだけどね。周りはそういうわけにもいかないよね……」
アロイスも友人も、わけが分からぬままに、疎遠になってしまった。
ただ遊びたかっただけなのに。
悲痛な面持ちのシャロを見ながら、二コラは続ける。
「アロイスはシャロちゃんを気にしてる。『また来る』って言ったなら必ず来る」
「ただこういう前例がある以上、シャロちゃん自身がアロイスに対応できる術を身につけておいたほうがいいと思う」
二コラの助言に、シャロは深くうなずいた。
(私だけじゃなく、アロイス先輩にだって悲しい思いをしてほしくないもの……)
「……そういえば二コラくんは……アロイス先輩に詳しいんですね?」
「まあね!ボクは『社交のヴェルヌ家』だから!色々情報は入ってくるんだ」
自信たっぷりに笑う二コラ。
その背後に、人影が差した。
「二コラくん、図書館では静かに」
「テオドール先生!」
「げっ、テオドール先生……」
テオドールがにこやかに笑って立っていた。
二コラは若干渋い顔をしている。
「『げっ』とは、随分なご挨拶ですね? 二コラくん」
「だって先生の試験すっごく難しいって噂なんだもん~! 優しくしてください~!」
「それは聞けない相談です」
ひょうひょうとするテオドールに、シャロも声をかける。
「こんにちは、テオドール先生。先生も図書館に用事ですか?」
「こんにちはシャロさん。ええ、少し調べ物を」
二人のやり取りを見ていた二コラが、ふとなにか気づいた顔をして口を開いた。
「そういやシャロちゃんがアロイスに会った時に助けてくれたのって、テオドール先生だっけ?」
「いいえ、アニエス先生ですよ」
「アニエス先生……?」
不可解そうに首を傾げる二コラ。
テオドールはその二コラの仕草を見ていた。
「保健医のアニエス先生ですよ。私がいつもお世話になってる先生です」
「……あー! 言われてみれば思い出した! そっかそっか」
和やかな生徒二人を目の前に、テオドールの思考が働く。
(……二コラ・ヴェルヌがアニエス・ダニエをすぐに分からない……?)
学院は魔法を学ぶ場でもあり、いずれ本格的に社交界に出るための足掛かりの場でもある。
(……『社交のヴェルヌ家』が、ダニエ辺境伯家を教えないはずがない……)
生徒はみな、在籍する王族、有力貴族を把握している。
特に、教師陣に有力貴族がいる場合は。
テオドールの中に、疑問が染みとなって広がっていった。
*
「さすがに試験期間中ともなると静かね……」
試験中の学院図書館に、私の靴の音だけが響いている。
本棚の間を抜ける。紙とインクの匂いが鼻を掠める。
目的の場所へたどり着いて、ずらりと並んだ背表紙を見上げる。
「ここが歴史書のエリアね……」
私は『キーワル』の本編の記憶を頼りに、まずはこの世界を知ることから始めることにした。
それがテオドールを、みんなを救うことに繋がると信じて。
前世でよく見ていたキーワルの考察アカウントを思い出す。
『キーワルのタイトルの“鍵”って、結局どういう意味?』
『テオドール意味深なセリフ残して死ぬな 私たちを置いていくな』
『中ボスの「観測者風情がふざけた真似を……!」って、テオドールに向けて言ってたよね』
キーワルに散りばめられていたキーワードたち。
世界には“鍵”と呼ばれる存在があること。テオドールに向けられた“観測者”という言葉。
考察勢の中で主流だった説は、『“鍵なるワルキューレ”=シャロ』の説だ。
(ただ本編ではキーワードの意味がまったく出てこなかったんだよな……)
とりあえず主流だった考察を参考にして、歴史書に“鍵”に関する記述がないかを探す。
(こういう時に情報解析魔法が使えたらな……)
手あたり次第に歴史書を開いては手作業で探す。
しかし、学院の開架に置かれている書物に、世界の真実が気軽に乗っているわけもなく。
歴史書の中にあるわずかな情報を拾い集める。
やっと分かったことは、『世界は“鍵”によって自己補正をする』というもの。
「……抽象的すぎない?」
情報が曖昧過ぎる。“自己補正”の説明もない。
謎が深まっただけで何も解決しない。
(さすがにこの情報で鍵=シャロとするのはこじつけが過ぎるわ……)
それに“観測者”という言葉は、結局分からずじまいだ。
仮説を立てるにしても、情報が足らない。
「……こうなったら、“禁書区域”で調べるしかないわね」
国の最高学府である魔法学院には、“禁書区域”が存在する。
様々な事情から秘されることになった書物が収められている場所。
そこなら、なにかこの世界を紐解くヒントが得られるかもしれない。
「ただ、あそこに行くなら……彼に協力してもらわないと……」
禁書区域にある書物は膨大だという。
闇雲に調べるのは得策ではない。
「そうと決まれば……彼に手土産を、用意しなければね」
私の言葉は、静かな図書館に溶けて消えた。
次回、禁書区域デートです。
明日20時ごろ更新予定です。




