7.その少年は警鐘を鳴らす
窓からの優しい朝日に目を覚ます。休みの朝の心地良いひととき。
ダニエ辺境伯のタウンハウスは、閑静な邸宅街にある。
私はゆっくりと起き上がりながら、昨日のテオドールを思い出していた。
「――アロイスが、貴方のことを『覚えた』と、そう言ったのですか?」
先ほどまでの柔らかい笑みは消えている。
一歩、テオドールがこちらに距離を詰めてくる。
「え、ええ。……なにか問題でも?」
アロイスのことを警戒するのは分かる。私も彼のことが少し怖い。
ただ、今のアロイスはシャロに興味を向けている。
彼が誰かのことを覚えるのは確かに珍しいけれど……そこまで警戒心をあらわにするようなことではない、と思う。
「……まあ、アロイスが実際どういう意図でそう言ったのかは知る術がありません。……有事の際は対応できるよう、私も彼のことを注視しておきます」
テオドールは軽くため息をついてそう言った。
どんな理由であれ、テオドールもアロイスのことを気にしてくれるのはありがたい。
そのあと、話は続くことなく、テオドールとは解散して私も帰宅したのだった。
テオドールの反応は気になるが、他にもやるべきことがある。
前世の記憶を思い出してからずっと慌ただしかった。
それも一旦落ち着いたので、現状を整理することにしよう。
まず、この世界が『キーワル』の一周目の世界であること。
次に、アロイスがシナリオよりも早く動き始めていること。
(多分アロイスルートのフラグが立ってるけど……私としては、シャロちゃんの意思を尊重したいわね……)
私はシャロのことが大好きだ。
だからこそ、シャロの選択を応援したい。誰に恋してもいいし、しなくてもいい。
どのルートでも、サポートしきってみせよう。
もちろん私は友情エンドも全回収している。
問題は、テオドールだ。
『キーワル』本編では、テオドールの死の理由は明言されていなかった。
回収されてない伏線も、多い。
「ただのヒロイン覚醒イベントにしては、謎が多すぎるのよね……」
謎が多すぎるあまり、SNSで考察合戦になっていたことを思い出す。
というか伏線の残り方が、どう考えても続編やDLCフラグだったのだ。
これは断言していい。
なぜ断言できるかって?
「『キーワル』のファンミーティングで重大発表があったからよ!」
「……ファンミの前に死んじゃったから内容知らないけど!」
正直泣きたい。純粋に悔しい。
重大発表の予告に、ファンが湧きたっていたことを思い出す。
……現状、私がテオドールを救うには情報が足らない。
テオドールが死んだ背景がわからない以上、直接原因を潰すことはできない。
今の私にできるのは、情報を集めること。そして死亡フラグに繋がりそうなものを解消することだ。
(情報解析魔法を使えたら良いんだけど……)
残念ながら、“アニエス”は医療魔法専門だ。
(推しを救うために推しを頼るしかないのかしらね……)
現在は入学式から数週間、まだ春だ。
中ボス戦は秋の豊穣祭にあわせて起きる。
時間は、まだある。
(乙女ゲーは日々の情報収集の積み重ね! 気を引き締めないとね)
窓を開けると爽やかな風が入り込んでくる。
しばらくはシャロも、サロンの面々との交流が主となるだろう。
「順調にいけば最初のイベントは……中間試験と勉強イベントね」
今の時点でだいぶ本来のシナリオと離れてきているけれど。
順調にいくように、願うしかなかった。
*
魔法学院の大図書館は、試験前の生徒で賑わっていた。
図書館の一角にある自習スペースで、シャロと二コラはノートを広げていた。
「意外と試験科目多いよねぇ……」
「本当ですねぇ……」
魔法史学、魔法理論、魔法薬学……。
シャロたちにとっては初めての試験。シャロは二コラに誘われて、勉強会をすることになった。
「アーネストに試験で出そうなところ教えてって言ったんだけどさー、『ちゃんと授業を聞いて復習すれば、ヤマを予想する必要はない』だって! イジワルだよねぇ」
「アーネスト先輩が言うことはごもっともだと思いますよ……」
「えー」
アーネストは学年主席だ。
シャロや二コラは、飛びぬけて勉学に長けているわけではない。
そのためこうして試験勉強に励んでいるわけなのだが。
「そういえばシャロちゃん、闇魔法の調子はどう? 使いこなせるようになってきた?」
「はい! だんだんコントロール出来るようになってきました!」
2回目の実技授業では、校庭の半分を固有結界で包み込んだ。
幸い、結界内が薄暗くなる程度で、結界内の人間に影響はなかったが……。
破格の闇魔法を持っていることが明らかになり、シャロはますます周囲から遠巻きにされるようになった。
「今は練習して、半径10m程度まで結界を縮小できるようになりました!」
「うーん、本当はそれでも十分すごいレベルなんだけどねー?」
二コラは笑顔で突っ込む。
ウィリアムやアロイスをよく知る二コラが認めるほど、シャロもまた規格外の生徒だった。
「本当に学院の皆さんを巻き込んでばかりで……早く完璧にコントロールできるようになりたいです……!」
「まあ、焦らずにね?というかシャロちゃん、」
「はい?」
シャロは首を傾げる。
「ため口でいいよって言ったじゃない。せっかく仲良くなれたんだしさ」
「で、でも……さすがに伯爵家のご令息相手にそこまでは……」
「むー。ボクが良いって言ってるのにー」
むくれる二コラを前に慌てふためくシャロ。
度胸に定評のあるシャロも、さすがに貴族としての礼節を重んじる。
「うう……! が、頑張りま、がんばる! ……ます!」
「……ふふ。まあ、頑張ってくれるシャロちゃんが可愛いからゆるす!」
からかうような二コラの笑い声に、シャロも釣られて笑う。
ひとしきり笑ったあと、二コラはふと思いついた顔をして口を開いた。
「そういえば、あのあとアロイスと会ったの?」
シャロとアロイスが邂逅した日の翌日。
シャロはサロンの面々が、アロイスの結界内で眠らされていたことを知った。
「いえ、まだ会ってなくて……」
「……そっか」
あの日、アロイスは「また会いに来る」と言った。
あれからしばらく経つが、その兆候はない。
言葉を止めた二コラに、シャロは不思議そうな目を向ける。
二コラはその視線に気づくと、言葉を続けた。
「……アロイスはね、『する』と言ったことは必ず『する』んだ」
「なのにまだ来てないんでしょ? ……ほんと何考えてんのあの人……」
二コラはぶつぶつ文句を言う。
二コラにも、アロイスの思考は読めないらしい。
(まあそれなら、気長に待てばいいか)
シャロはそう内心で思っていたが、二コラの言葉がそれを遮った。
「……シャロちゃん。さっき、闇魔法の上達を『焦るな』って言ったけど……出来るだけ急いだ方が、いいかもしれない」
その言葉に、シャロは息を飲む。
「ボクたちですら……アロイスからキミを守るのは、難しいから」
シャロのペンを握る手が、無意識に強くなった。
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