番外編 そして二人の駆け引きは続く(テオアニ)
私とテオドールは、めでたく婚約した。
両家とも私たちの婚約には好意的で、とんとん拍子に話が纏まった。
婚約してからしばらく経ち、ある公爵家主催の夜会に私たち二人が招待された。
……テオドールの婚約者となってから、初めての社交の場である。
夜会当日。
「行きましょうか、アニエス」
「ええ、テオドール」
テオドールにエスコートされ、会場に入る。
私たちのことを知る人たちが、次々に祝いの言葉をかけてくれる。
それに笑顔で答えながら、挨拶をして回った。
――しかし、聞こえてくるのは良い言葉ばかりではない。
「――ローレンス子爵家も上手くやったものだ。ダニエ辺境伯家の御令嬢を貰うとは」
「――あそこは情報解析魔法を扱うんだろう? 弱みでも握られたのか?」
単に声が大きいのか、それともあえて聞かせるように話しているのか。
口さがない者たちの言葉が、耳に入ってくる。
ちらりとテオドールの顔を見上げるが、彼の表情は少しも変わっていない。
――いつも通りの、うわべだけの笑みを張り付けている。
(下手に反応すれば余計に煽るだけだけれど……私たちのことでローレンス家に悪評が立つのは避けたいわね……)
お義父様もお義母様も、お優しい方だった。
彼らの表情を、曇らせたくはない。
「テオドール! 久しぶりだな」
「ご無沙汰しております」
テオドールの古い知人と会い、紹介してもらう。
そのあと何やら男同士で話すことがあるらしく、テオドールが一旦私の元を離れた。
「ダニエ辺境伯令嬢、少々お話よろしいですか?」
「……ええ、構いませんわ」
テオドールが離れた隙に、周囲にいた男性陣が取り囲んでくる。
……まったく、欲を隠さない人たちだこと。
「一度貴方様にお会いしたいと思っていたのです……まさかご婚約されてしまうとは」
「我が侯爵家はぜひアニエス嬢を我が家にと話していたのですよ」
「一介の子爵家に、才媛の貴方を嫁がせるのは……あまりに相応しくない」
彼らは、私たちの婚約の事情を知らない。
だからと言って、よくここまで私の婚約者を軽んじられるものだ。
……ここはひとつ、芝居をするしかない。
「いいえ、私からお父様にお願いしましたの。ローレンス家と縁ができるのは、我が家にとっても益になると」
その途端、男性たちが一斉に言葉を詰まらせる。
……私の言葉は、嘘ではない。
私たちの結婚は両家に利益があると、そうお父様に伝えたのは事実である。
……共に過ごすうちに恋愛関係になったということも伝えているが。
「ですから、ね? これは私が望んだ婚約ですのよ」
……こうして話す情報の取捨選択をしていると、テオドールと情報のやり取りをしていた頃を思い出す。
懐かしい感覚に浸っていると、テオドールが戻ってきた。
「すみません、アニエス。……どうしましたか?」
「こちらの皆さんが私たちのことを心配して、声を掛けてくださいましたの」
「おや、それはそれは……」
婉曲的な言葉でもテオドールは事態を察してくれたようで、白々しい声を出しながら周囲の男たちの顔を見渡す。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。私が至らないばかりに……しかし、私は本当に運が良い」
テオドールは朗らかな声色を変えないまま、言い放った。
「貴方の隣に立つただ一人に、なることができたのですから」
テオドールの言葉に、ある男性は慄き、またある男性は忌々しそうに顔を歪める。
そうして私たちを囲んでいた男性貴族たちは解散していった。
その後ろ姿を見ながら、一息つく。
「……煽りすぎよ、テオドール」
「これぐらいで丁度いいでしょう。花にたかる虫は取り除かなければ」
「……まったく、もう」
冗談めかして言うテオドールに、苦笑しながら返す。
そうしていると、ローレンス家と古くから交流のあるニール伯爵夫人が声をかけてきた。
彼女は私たちの一部始終を見ていたらしく、私を気遣う言葉をかけてくれる。
「大変だったでしょう、アニエス様。テオドールは昔から、ああして周囲に壁を作るような話し方をしますから……」
「まあ、そうなんですか?」
「ええ。女性にも興味がないようでしたから……こうしてアニエス様と仲良くお話しされていることが、少々意外でしたのよ」
「ニール夫人。……そこまでで」
ニコニコと顔を綻ばせて、かつてのテオドールを教えてくれるニール夫人。
私も興味津々で耳を傾けていたが、テオドールが静かに話を制す。
視線をテオドールに移すと、珍しく気まずそうな表情を浮かべていた。
「アニエスの目を覚まさせるようなことは、どうか言わないでください……これでも必死で、彼女を口説き落としたのですから」
「っ、テオドール!」
不意打ちのテオドールの言葉に、顔が熱を持った。
一方テオドールも、きまりが悪いのか困ったように笑いながらニール夫人に懇願している。
「……まあ! 思いのほかお熱いのね、お二人は」
夫人に微笑ましく見守られている。
こうして、嬉しいような恥ずかしいような心地で、婚約者として初めての夜会を過ごした。




