番外編 そして二人は永久に隣に(アロシャロ)
アロイスやウィリアムが卒業してからしばらく経った。
シャロたちも進級し、学院には新入生たちが入ってくる。
学院の先輩として、年下の令息令嬢たちの手本となるように意気込んでいたシャロだったが――。
「ご覧になって、あちらがノルン男爵家のシャロ様よ……」
「まあ、あの方がアロイス様の……」
「……」
聞こえてくる声の方にシャロが視線を向けると、話をしていた令嬢たちがそっと視線を逸らす。
新入生が入ってからというものの、シャロは学院の至る所で視線を向けられていた。
「……最近ものすごく、視線を浴びている気がするんだけど……」
「それはまあ、そうでしょ」
中庭のベンチでため息をつくシャロに、ニコラは間髪入れずに突っ込む。
ニコラの反応にシャロはがっくりと肩を落とした。
「闇魔法の名家レーンベルク家の嫡男にして、闇魔法の大天才の婚約者なんて、みんな気になるよね」
「それは確かに、そうだよね……」
男爵令嬢であるシャロにとって、公爵令息であるアロイスは本来遠い世界の人物だった。
しかし、アロイスと距離が近づき婚約者となった今、その立場の影響力を身に染みて実感しているところであった。
(たしかに他の人から見たら、何故ただの男爵家の娘がアロイスと結婚できるのかなんて分からないよね……)
レーンベルク家は特殊な家柄であるために、彼らの結婚相手の身分はあまり問題にされない。しかし多くが伯爵位以上の家柄だ。
(きっとアロイスの婚約者になろうとしてた人もいるだろうし……)
シャロとアロイスの婚約にはウィリアムの口添えがあった。
それは貴族たちも知るところであるので、婚約のことでシャロが表立って攻撃されることはない。
サロンにはウィリアムの妹であるアン王女も入ったため、学院内のシャロを取り巻く環境は静かなものだった。
しかしその静けさが、逆にシャロの心に翳りを落とす。
「あまり気にしすぎない方がいいよ、シャロちゃん」
「そう、だね……」
(けれど、私は……)
ニコラの励ましを聞きながら、シャロの心の中にひとつの願いが生まれた。
*
ニコラと話をしてから数日後の休日。
シャロはアロイスに呼ばれて、レーンベルク家の屋敷へと来ていた。
婚約者として何度も来てはいるが、未だに屋敷の門をくぐるとシャロは肩に力が入ってしまう。
アロイスは卒業してから、レーンベルク家の後継者として仕事に携わるようになっていた。
その仕事の合間を縫って、シャロと会う時間を作っている。
「こんにちは、アロイス」
「シャロ」
アロイスはシャロを視界に入れると、それまでの無の顔つきが一気に綻んでいった。
しかしそれも束の間、アロイスは眉間に皺を寄せるとシャロの表情を覗き込む。
「……何かあったな?」
「なんで分かるんですか……」
シャロが何も言わなくても、アロイスにはお見通しだった。
アロイスはシャロを見つめながら次々に問いかける。
「何があった? 俺の目の届かないところで何か言われたか? ……やはりシャロも俺と共に学院を出るべきだったか……」
「ま、待ってください! そうじゃないんです」
一気に話が飛躍し、慌ててシャロが止めに入る。
シャロに制止されて、アロイスは一旦言葉を止めた。
「……アロイスはとてもすごい人だから……隣にいて少し、気後れしちゃう時があって」
シャロがぽつりと本音を吐露する。
アロイスの隣にいたいと思っているけど、はたから見て自分はアロイスと釣り合う存在なのか。
アロイスの隣に、胸を張って立てる存在でありたい。
今のシャロには、そういう願いがあった。
「……そんなことを考えていたのか」
アロイスはそんなシャロの胸中を知る由もなく、ただシャロを見つめて言葉を紡ぐ。
「君がこの世にいなかったとして、俺が他の誰かを選んでいるということはない」
きっぱりとそう言い切るアロイスに、シャロは強く胸を締め付けられる。
「君でなければ、俺が誰かを傍に置くことはなかった」
「アロイス……」
アロイスが優しく抱き寄せる。シャロもそれを静かに受け入れた。
シャロの心がじんわりと満たされていく。
(……ずっとこの腕の中にいたいなぁ)
甘い思考に、浸されていく。
アロイスの腕の中で、シャロは瞳を閉じて、アロイスの温かさを噛みしめていた。
「シャロ」
ふいに名前を呼ばれ、シャロが顔をあげる。
すると、目前にアロイスの整った顔が迫ってきて――。
唇に、温もりが触れた。
「――っ!?」
不意の出来事に、シャロはその丸い瞳を更に大きく見開く。
温もりが触れたのは一瞬のことだった。
アロイスは顔を離すと、満足そうに口角を上げる。
「な、なん、なんですか!?」
シャロの顔に、一気に熱が集まる。
目に見えて動揺しているシャロを見ながら、アロイスはいたずらっぽく答えた。
「やっと俺を見たな、シャロ」
ずっと考え事をしていたシャロの思考を吹き飛ばすような一撃だった。
一撃を食らった後はもちろん、アロイスのことで思考が埋め尽くされる。
「そうじゃなくて!」
「……だめだったか?」
「だめじゃないですけど!」
アロイスの言葉に振り回されながらも、シャロの顔は心からの笑みを浮かべていた。
(……こんなことで悩まないくらい、素敵な女性になってみせよう)
そう、心の内で誓いながら。




