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41.貴方の隣で、未来を夢見て



 季節は巡り、頬を撫でる風に温かさを感じるようになったころ。

 魔法学院の卒業式の日がやってきた。学院内は卒業式と祝宴の準備で慌ただしい。

 生徒が小走りで廊下を駆けていく足音が聞こえる。


 私はというと、普段通り保健医の仕事をこなしつつ、卒業式に出席する準備をしていた。

 保健室から廊下に出て、式典の行われるホールへと進んでいく。

 その道中で、アーネストとニコラに遭遇した。


「ごきげんよう、アーネストくん、ニコラくん」

「おはようございます。アニエス先生」

「アニエス先生おはようございます!」


 緊張した面持ちのアーネストと、普段通り朗らかなニコラ。

 対照的な二人を見ながら、声をかける。


「アーネストくん、大丈夫かしら? 緊張しているようだけれど」


 アーネストは在校生総代として、式典で送辞を述べることになっている。

 そのためか、いつもより少し強張った顔つきをしていた。


「今までこういった場面ではウィリアム殿下が立たれていましたので……」

「ボクたちはサロンの代表として出ることがほとんど無かったしね」


 ウィリアムが卒業し、サロンの代表もアーネストに引き継がれる。

 優れた魔法使いたちを集めるサロンは、こうして代々受け継がれてきた。


「気負いすぎずに、普段通りにね」

「はい……」


 アーネストの指先は真っ白だ。

 少しでも張り詰めた糸をほぐしてあげたくて、指先を温める魔法をかけた。


「ニコラくんは、今から来賓の控室に?」

「そうなんだよー、アン王女を案内しなくちゃいけなくて」


 ウィリアムの妹であるアン王女は、春に魔法学院へ入学する。

 そのため卒業式に来賓として列席していただくことになっているのだ。

 ニコラはその案内役を任されていた。


「春からは先輩として、サロンに入ってくる王女様をサポートしてあげないとね」

「そこがボクの腕の見せ所だよね!」


 ニコラはそう言って自信たっぷりに笑った。


 二人と別れて、私は会場設営中のホールへと足を踏み入れる。

 ホールの中はすっかり準備が整っていて、あとは式典が始まるのを待つばかりとなっていた。

 ホールの中央には、設営の指揮を執っていたドミニクがいる。


「お疲れ様、ドミニクくん」

「アニエス先生!」


 声をかけると、ドミニクは快活な笑みをして振り返った。


「設営で困ったこととか、怪我をした子はいない?」

「今のところいません! ありがとうございます」


 集団を指揮する手腕はさすがのものだ。

 周囲を見渡しても生徒たちに困っている様子はなかったので、安心してこの場はドミニクに任せることにした。


 ホールを後にして、隣接するサロンメンバー用の控室に足を運ぶ。

 中には礼装を身に纏ったウィリアムとアロイスがいた。

 その近くには打ち合わせをしていたテオドールもいた。

 そして――。


「ア、アニエス先生!」


 助けを求めるようにこちらに視線を向けたシャロが、アロイスの腕の中にいた。

 その様子に思わず、頭を抱えた。


 アロイスはシャロと婚約してから、ますますその執着を激しくしているらしい。

 本来ならシャロも在校生として式典の準備に回っているはずだけれど、ここでアロイスに捕まったのだろう。

 傍にいるウィリアムもテオドールも苦笑いをしている。二人が説得してもシャロを離さなかったようだ。

 ――それなら、サポートたる私の出番だ。


「アロイスくん。……彼女にも務めがあります。それを果たすことは、公爵夫人として貴方を支える糧となるのよ」

「……そんなことは、シャロがする必要はない」


 窘めるようにアロイスに声をかけると、アロイスはいじけたように言ってシャロを抱く力を強めた。

 シャロが身じろぎをしてもびくともしない。


「貴方の気持ちではなく、シャロさんの意思の話です」


 『シャロの意思』。

 アロイスには、この言葉が一番有効だ。

 シャロ自身も意思表示はしたのだろうけど、アロイスの執着に押されたみたいだ。


 アロイスはしばらく黙り込んで私の顔を見たあと、シャロの顔に視線を移す。

 シャロは私の言葉に同意していると、必死で頷いて主張していた。


「……仕方がない」


 シャロの健気な頷きにとうとう諦めたのか、アロイスはその腕を緩めた。

 シャロはアロイスの腕の中から出ると、私の元に駆け寄ってくる。


「ありがとうございます、アニエス先生……!」

「よしよし、お疲れ様」


 労わるように頭を撫でてやる。

 シャロは目を細めて頭を撫でられていたが、ふと私の左手を見て何かに気付いた顔をした。


「先生、左手のこれって……」

「あっ」


 私の左手薬指に光るもの。

 それは永遠を誓う証。

 つい先日テオドールから贈られたそれを、今日初めてつけてきたのだ。


「バレてしまったわね」

「ということは、先生たちって……」


 期待に満ちた瞳で私とテオドールを交互に見るシャロ。

 テオドールはそっと微笑んで、それに答える。


「ええ、婚約しました」


 テオドールの答えに。

 シャロは歓喜の声をあげ、ウィリアムとアロイスも祝いの言葉をかけてくれた。

 めでたいことだけれど、こうも盛り上がられるとなんだかくすぐったい。

 落ち着かない気持ちでいると、シャロが質問を投げかけてくる。


「結婚されたら、アニエス先生は学院を辞めちゃうんですか?」

「ええ、そのつもりよ」

「先生が学校を辞めたら、会いにくくなっちゃいますね……」


 結婚するにあたって、私がローレンス家へ嫁ぐこととなった。

 そのため、正式に結婚したら私は学院を辞めることになる。

 学院を離れるのは寂しいが、テオドールの伴侶として生きる人生が始まるのだ。

 シャロが悲しんでくれるのはありがたいけれど、後悔はない。


「そのことなんだけれど……」


 横から、ウィリアムが気まずそうに切り出してきた。

 何事かと、全員で視線をウィリアムに向ける。


「実は、国王陛下からテオドール先生とアニエス先生に、王家への出仕の誘いがあってね……」

「えっ!?」


 とんでもない依頼に、思わず大きな声が飛び出る。

 これにはさすがのテオドールも驚いたようで、目を丸くしていた。


 話を聞くところによると、いずれウィリアムが結婚し子供を授かった際の家庭教師と世話役として、私たちを招きたいということだった。

 それに、私たちは『異界の魂』と『観測者』でもある。王家の目の届くところに置きたいという意向もあるのだろう。


「先の話だけれど、いずれはお二人に王家を支えてもらえないかという打診でして……」


 さすがにウィリアムも、未来の子供の話をするのは気恥ずかしいのか言葉を濁している。

 ちら、と横目でテオドールを見ると、彼もこちらを見ていた。

 アイコンタクトをして、頷き合う。

 私たちの答えは決まっている。


「喜んで、お引き受けいたします」


 笑顔で、そう答えた。

 私たちの言葉に、ウィリアムも安堵の表情を見せる。

 王家に出仕することになれば――アロイスやシャロとも、会う機会が増えるだろう。

 皆で過ごす楽しい時間は終わらない。

 未来に、続いていくのだ。


「さて、雑談はこのくらいにして、そろそろ式典の時間が近いですよ」


 壁にかかる時計を見上げながら、テオドールが促す。

 それを聞いて、全員が控室から外に出た。


 生徒たちはそれぞれが己の待機場所へと移動する。

 私とテオドールも、教師席へと静かに足を運んだ。

 その道中で、先ほどシャロたちとした会話を思い出す。

 ……思わず、頬が緩んでしまう。


「どうしました?」


 私の表情に気付いたのか、テオドールが声をかけてきた。


「いえ……なんだか、こうして未来の話ができることが嬉しくて」


 ……転生した当初は、こんなに明るく未来の話ができるようになるだなんて思わなかった。

 あの時は、このままだとテオドールが死ぬということに焦っていて……彼の運命を変えるために必死だった。

 私のゲーム知識とは違うことも沢山起こった。私に興味を示すテオドールと腹の探り合いをした。


 ある時はテオドールに先んじて動いて、ある時は彼に情報を渡して。

 そんなやり取りの果てに、彼を守りきれた時――どんなに嬉しかったか。

 決して楽しいことばかりではなかったけれど、それが今に繋がっている。


「私も、嬉しいですよ。こうして貴方と未来の話ができて」


 テオドールも軽やかな声色で、そう返してくれる。


 今日この日は、教師として生徒たちを見守る立場だ。

 でも、遠くない未来で――私たちが二人並んで、主役となる日が訪れるだろう。

 今はそれが、待ち遠しく思える。


「アニエス」

「はい?」


 テオドールの優しい眼差しが、私を包む。


「――貴方と出会えてよかった」


 身に余るほどの幸福が、襲ってくる。

 彼の言葉に、胸が締め付けられる。


「ええ、私もよ、テオドール」


 私の前世の記憶が蘇って、テオドールの運命のために足掻いた結果――この世界は変わった。

 人々にとっては些細な変化かもしれないけれど――私たちは未来の愛する人たちを守ったのだと、胸を張りたい。

 新たな世界に変わった証拠として、こうしてテオドールは生きている。

 テオドールが生きる世界で、彼の隣にいられることが、どんなに幸せなことか――!


(ああ、本当に――)


 ――私はこの世界に転生して、本当に良かった。

 どんなに不幸な始まりだったとしても、今は心から、そう思える。



最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

初めての長編作品である本作を、こうして完結まで書き上げられたのは、ひとえに今日まで読んでくださった読者の皆様のおかげです。

また、ブックマークや評価などもありがとうございました。

執筆中にブックマークや評価をいただくたび、読者の皆様に応援していただいているのを実感し、大きな励みとなっておりました。

アニエスたちの物語を最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。


さて、「乙女ゲーのサポートキャラに転生した私は、死亡ルートの推し教師を救いたい ~命がけで運命を変えたら、推しからの執着が止まりません~」の本編は、この41話で一度幕引きとなります。

しかし、テオアニとアロシャロの『その後』を描いたアフターストーリーの掲載を予定しております!

テオアニとアロシャロそれぞれの短いお話となりますが、またアニエスたちを皆さまにお届けできればと思います。

アフターストーリ―の更新予定日は、31日(金)20時を予定しております。

よろしければ、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです!


また、次回作も執筆を進めております。

次回作は短めの異世界恋愛を投稿予定です。遠くないうちにお届けできるかと思います。

投稿日はまた改めて、活動報告やXにてお知らせいたします。


本作を楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけると今後の創作の励みになります!


改めて、お礼を申し上げます。ここまでお読みいただきありがとうございました!

また次の作品でお会いできましたら嬉しいです!

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