4.私の本分はハッピーエンドに導くこと
魔法学院職員室。
テオドールは、手元の小論文の添削を行いながら、頭の片隅で思考を巡らせていた。
思考の中心は、先日の出来事。
彼女の、驚いた表情。
(異端児アロイスが他人に興味を持つことは純粋に驚くべきことだ……しかし、彼女の驚き方は質が違う)
ペンが紙の上を走る音が響く。
テオドールの背後では、教員たちが生徒たちのある“噂”について話している。
曰く、『シャロ・ノルンが王太子のサロンに招待された』。
学院が、動き始めている。
(王太子サロンも動いた以上、アロイスがシャロに接触するのは時間の問題だ……しかし、自分がアロイスに接触するには消耗が激しい)
(アロイスに対峙できるのは、シャロのような同属性か、あるいは……)
彼の脳裏に、一人の顔が浮かぶ。
(――彼に対抗できるような、光魔法の使い手だけだ)
テオドールはペンを止めると、喉の奥で笑う。
彼女は必ず動く。
(貴方がどう駒を動かすか、見せてもらいましょうか――)
*
「アニエス先生、王太子様のサロンから招待状が届いちゃったんですが!」
放課後、保健室。
アニエスの予想通り、慌てたシャロが飛び込んできた。
高位魔法を発動したシャロが王太子率いるサロンに招待されるのはシナリオ通り。
シナリオと異なるのは、アロイスが独自に動いているらしいこと。
「落ち着いて、シャロちゃん。王太子様たちだってシャロちゃんと同じように一人の生徒だもの、そんなに緊張することないわ」
「でも王太子様なんて、雲の上の人にお会いするなんて思ってなくて……」
シャロが普通の女の子ならそうだろうけど、これは乙女ゲーの世界で、彼女はヒロインだ。望まなくても、特別になってしまう。
「……アニエス先生。私に、王太子様のサロンについて教えてくれませんか? 失礼のないようにしたいので!」
本当に切り替えが早い。
『クソ度胸ヒロイン』の異名は伊達じゃない。
それに――ようやく、サポートキャラらしいことができる!
私は喜んでシャロに情報を教えることにした。
「まずは、そもそも王太子様のサロンとは?ってところからね。シャロちゃんも入学したばかりだから詳しくは知らないでしょう?」
「はい、存在だけ知ってます」
「王太子様のサロンはね、各属性の魔法の優れた使い手を集める場所なの。今は5人いるわね」
火、水、風、土。そして光と闇。
王太子は複数属性を持つ万能型で、それを各属性の使い手が囲む形だ。
設定自体はよくあるファンタジー乙女ゲーのテンプレをなぞっている。
重要なのはそのメンバーだ。
「まずはもちろん、ウィリアム王太子殿下ね。正統派王子様って感じ。面倒見がいい方だから、きっとシャロちゃんのことも気にかけてくれるわ」
彼はシナリオが王道のシンデレラストーリーなのよね。一周回って王道の良さが味わえる良いキャラだった。
「それから水魔法のアーネストくん。家が公爵家だからプライドが高くて言い方がキツい時もあるわね。でも根は優しい子よ」
こちらはツンデレ枠。思いのほかデレが早くて、初心者向けと言われていた。
「次に火魔法のドミニクくん。彼は考えるより先に動くタイプね。情に厚く猪突猛進で……なにかとアーネストくんと口喧嘩してるわね」
ドミニクは熱血枠。彼は攻略キャラの中でも良シナリオ良スチルルートだと言われている。
「そして風魔法の二コラくん。シャロちゃんと同じ学年よ。彼は人懐っこいからすぐ仲良くなれるわ」
そしてあざといショタ枠。可愛い顔してコメディパートでキレのある突っ込みをしてくれるのが小気味良くて好きだった。
シャロは頷きながらメモを取っている。
「皆さん性格がバラバラですね……」
「……ええ。個性的と言えば聞こえはいいけれど……、それぞれの家柄もあるし、あまり深く考えすぎないでね」
ペンが止まり、シャロが不思議そうな表情をする。
「あれ?そういえば5人だとすべての属性が揃わないのでは?」
「あーそれは……不在の属性は、相応しい人がいないということね」
不在は土と光。これはテオドールと本来のシャロの枠だ。
しかしそんな話をシャロにしても仕方がないのでごまかした。
「先生、あと一人は?」
――そうだ。
もう一人、いる。少し迷ったが、やはりシャロには教えなければ。
「ええ、もう一人……アロイス・レーンベルク。彼は学院の異端児にして……闇魔法の天才と呼ばれているわ」
「闇魔法の天才……」
闇魔法は6つの属性の中で一番使い手の人口が少ない。
その希少性と特徴により、闇魔法の使い手は孤立しがちだ。
シャロも、友人は数人いるらしいが大多数のクラスメイトからは遠巻きにされている。
アロイスがシャロに目を付けたのは、彼女がその闇魔法を、自分に匹敵するほどの力で行使できるからだろう。
(だけど、注意すべきはそこじゃない)
「彼は良くも悪くも規格外の子だから……アロイスには、気を付けて」
私が危険視するのは攻略対象としての、アロイスだ。
アロイスの攻略は本当に難しかった。まるで綱渡りをするようなものだ。
しかも、攻略の難しさがテオドールとはベクトルが違う。
アロイスは、『正しく親密度をあげるのが難しい』キャラだ。
(油断するとすぐメリバエンドになるからなアロイス……)
アロイスは世界に興味がない。
ヒロインさえいればそれでいい。
気がつけば、世界にたった二人きりにされてしまう。
そういうキャラだ。
だからこそ、アロイスがシャロに目を付けている現状は、私にとってかなりまずい。
全員生存エンドに導くのにはシャロが必要不可欠なのに、うっかりメリバエンドされてしまったらお手上げだ。
私の心配をよそに、目の前のシャロはなにか決意したような顔をすると、ぱっと私を見上げた。
「……アニエス先生! 私、同じ闇魔法使いとして、アロイス先輩とも上手くやれるよう頑張ります! 危ないかもですけど……数少ない闇魔法仲間ですから!」
クソ度胸すぎない?
先ほどの私の濁した雰囲気から、何かしら癖のある人物だということはシャロにも伝わっただろう。
それでも、この子は前を向けるのだ。
この子のひたむきさは、本当に応援したくなる。
彼女がもしアロイスに恋をするなら――私が全力で、ハッピーエンドに導く。
「……それは素敵ね。先生も応援してるわ」
良い機会だ。
私も直接動いて、この世界で何が起きているかを、正しく把握しないと。
アロイスルートから予想すると、おそらく彼はシャロのサロン入り後に彼女に接触してくるはず。
先日の私の反応で、おそらくテオドールも不自然な事態が起きていると察しただろう。
彼が情報を得る前に――彼をできるだけ、死亡フラグから遠ざけるために。
先手を打って、アロイスに会わなければ。
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次は21時ごろ更新予定です。




