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39.彼女が最後に さらけ出すもの



 晴れ渡った冬の休日。

 風は冷たいが、降り注ぐ太陽の光が寒さを和らげてくれる。


 私とテオドールは、貴族用の墓所の一角にいた。

 ローレンスの家名が刻まれたその墓に、私は跪いて花を手向ける。


「わざわざ我が家のために、ありがとうございます」

「いいえ。……歴代の『観測者』の皆さんに、事の顛末を報告したかったですから」


 ここには、歴代の『観測者』たちも眠っている。

 そこには、世界のためという名目で『排除』された者もいるだろう。

 子孫に向けて、警告の遺言を記した者も眠っているはずだ。


 ……彼らに、知識を求めても死ぬことがない世界になったと、報告したかった。

 テオドールと並んで、鎮魂の祈りを捧げる。

 

 それから私たちは、墓所を抜けて近くの庭園へと歩いて行った。


「今日お呼びしたのは、先日のお約束を果たすためでもあります」


 幸いなことに、辺りには誰もいない。

 静かな庭園を、連れ立って歩いている。


『今度、テオドール先生にお話ししたいことがあります』


 秩序の神を退けたあと。

 担架で運ばれていく彼に投げかけた言葉。

 すべてが片付いた今、彼に私の秘密を打ち明ける時が来た。

 その為に、わざわざ二人きりになれる時間を作ったのだから。


「ええ。……この日を待っていましたよ」


 テオドールも察していたようで、こちらに耳を傾けてくれている。

 以前、彼は「話したくなったら教えてください」と言っていた。

 探究心の塊のような彼が、それでも私を尊重して待ってくれていた。

 ……その配慮に、応えなければ。


「話したいことは、ふたつだけ」


 深く、息を吸い込む。

 ――覚悟は、決まっている。


「まずひとつ目。……テオドールは、生まれ変わりというものを信じていますか?」


 私がテオドールに秘密にしていた話のひとつ。

 私の転生について。


「生まれ変わり、ですか」


 テオドールは顎に手をあて、軽く考え込むが……すぐに首を横に振った。


「信ずるに足る情報がないので、今のところは信じていませんね。……人の魂に関わる話ですので、興味はありますが」

「ふふ、テオドールらしい答えだわ」


 彼らしい答えに思わず笑みが零れる。

 興味があるなら、きっとこの話も楽しんでくれるだろう。


「私はいわゆる、生まれ変わりというものをしました」


 足を止めて、真実を語る。

 私の答えに、テオドールの表情が硬直する。


「秩序の神が私を『異界の魂』と呼んだでしょう? あれは事実です。私は……『アニエス』とは異なる人間として生きて、死んでいった記憶があります」


 テオドールは何も答えない。

 衝撃の事実に驚いて言葉がでないのか。それとも突拍子もないことを言い出す私に呆れて閉口しているのか。

 どちらであるかは分からない。


「この世界とはまったく違う世界で……そこで生きていた時に、この世界を物語として楽しんでいました」


 『アニエス』として生きた記憶を持ちながらも、前世の記憶のことも手に取るように思い出せる。

 仕事が休みの日は、ゲーム機でずっとキーワルをプレイしていた。

 あの日々は決して、幻なんかじゃない。


「……その世界で死して、この世界に生まれ変わったと?」

「ええ。……前の世界では不慮の事故で、死んでしまいましたが……」


 死んだ瞬間の記憶は朧気だ。交差点で事故に巻き込まれたことだけは覚えている。

 詳しく覚えていたいことでもないから、このままで良いのだけれど。


 しかしこの話は、聞いていて気分が良いものではない。

 テオドールにすべて知っていてほしかったから話したが、気を悪くしただろうか――。

 見上げたテオドールは、苦しげに眉を寄せて私を見つめていた。


「テオドール?」


 やはり、不快だったかしら。

 そう思っていると、テオドールは苦しそうに声を出した。


「……私は、死後の世界や生まれ変わりというものが分からない。しかし、私はアニエスの話が真実だと信じています」


 彼は今日、私に対して一度も情報解析魔法を使っていない。

 ……私がどれだけ現実味のない話をしたとしても、信じようとしてくれている。


「貴方の話が真実ならば、貴方は不本意な死を遂げたのにも関わらず……この世界の神によって、都合よくその魂を使われたことになる」

「……そうですね。結果的には」

「……死者には、安らかな眠りが与えられるべきだ」


 その言葉は本心なのだろう。

 事実、先ほど墓所でテオドールが祈りを捧げる姿は、真摯だった。


 ……苦々しい顔をしている。かつての私のことを、悼んでくれているのだろうか。


「……嫌では、なかったのですか。別の世界に生まれ変わって」


 その、テオドールの言葉に。拍子抜けしてしまった。

 その問いには、自信を持って答えることができる。


「いいえ――嫌じゃなかった」


 心から微笑んで、そう言うことができる。


 だって、この世界には貴方がいた。

 自分が転生したと気づいた時には、目の前には大好きな貴方がいた。

 嫌だなんて、少しも思わなかった。


 それからすぐに、貴方を守ろうと動き始めて。

 ――自分が死んだことなんて考える暇もないくらい、貴方のことでいっぱいだった。


「その理由というのが、貴方に話さなければならないもうひとつの話です」


 冷たい風が吹き抜ける。

 辺りの草花が風に揺れる。


「先ほども言ったけれど、私はこの世界のことを物語として知っていたんです」


 何度も周回したゲーム。

 周回する度に、キャラたちのことを好きになっていった。

 シャロはもちろん、ウィリアム、アーネスト、ドミニク、ニコラ、アロイス……。

 みんな、大好きだった。


「そこではシャロさんたちが登場人物として出ていて……私は物語の虜になりました」


 目の前のテオドールは、ただ口を引き結んで私を見ている。

 ――ああ、これから私が話すことを聞いたら、彼はどういう表情をするのだろう。


「ウィリアム殿下やアロイスくんも作中にいて……みんな、とても魅力的だった。でも」


 もう、後戻りは出来ない。

 これでもう、私はただの『アニエス』になる。


 ――これが最後の、私の秘密。


「私が一番好きだったのは、テオドールなんです」


 勢いのまま、告げる。

 テオドールの瞳が、揺れる。


「貴方のことが好きだったんです」


 口を挟む隙を与えないように、次々に吐き出す。


「貴方のことが好きだったから……作中で貴方が死んでしまった時は、本当に悲しかった」


 目頭が熱くなる。


「だから、この世界ではどうしても貴方を生かしたかった」


 駄目だ。最後まで笑っていないと。


「ただ、それだけなんです」


 ――そのまま話し続けて、最後まで駆け抜ける。

 伝えるべきことは、伝えた。

 あとはもう、彼に委ねるだけだ。


「――これで、私が貴方に話せることはすべて話しました」


 これで、おしまい。

 転生者としての私の歩みは、ここで終わる。


「あとはもう、私はただの人間です。何も特別な存在じゃない」


 もう、テオドールが私を気に掛ける理由はない。

 この恋の命運は、彼の手に握られている。


「今までずっと、ありがとうございました。テオドール」


 良い夢を、見させてもらった。

 例えこの恋が終わってしまったとしても――。


 ――この思い出だけで、生きていける。



次回は本日21時更新です。

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