38.バトンは大好きな貴女へ
晴れてシャロとアロイスは結ばれた。シャロの心はふわふわと弾んでいる。
二人の関係はサロンメンバーも薄々勘付いているところではあったが、シャロは改めてサロンメンバーたちに報告することにした。
告白から一夜明けて、学院のサロンの部屋にて。
シャロとアロイスの報告を聞いたメンバーは、皆同じような反応を示した。
「あっ、やーっとくっついたんだー!」
まずニコラの楽しそうな声。
それにウィリアムたちも続く。
「おめでとうシャロ。アロイスも」
「まだ付き合ってなかったんだな」
「まあ時間の問題だとは思っていたけれど」
皆が「知っていた」というような反応で、シャロは恐縮して笑う。
横にいるアロイスは、ウィリアムたちの反応にもまったく関心がないようで涼しい顔をしていた。
「皆さんに見抜かれてたと思うと、なんだか気まずいですね……」
「まあ、アロイスが露骨だからね……」
ニコラはからかうようにアロイスを見るが、アロイスは平然としている。
「俺は最初からシャロしか見ていないからな」
心なしか誇らしげに言うアロイス。
いつもと変わらぬ調子のアロイスに、他の面々は何も返すことが出来なかった。
それからサロンメンバーは、ウィリアムから今後の国の方針を聞かされることとなった。
国王や王宮神官たちが話し合った結果、シャロは引き続き『鍵』として、国が保護していくこととなった。
「秩序の神の干渉が終わったとしても、『鍵』などのシステム自体がどこまで変わったかは分からないからね。未来でまた『鍵』が現れても良いように、情報は継承していくつもりだ」
「そうですね……秩序の神様は、『見届ける』とだけ言って消えていかれましたから……」
世界がどこまで変わったかは、誰にも分からない。
世界にとって不要な人間を排除するシステムがなくなっただけで、『鍵』や『観測者』などの役割は残っているかもしれない。
秩序の神を退けた今、その答え合わせはできない。
「私も、未来の人たちのために出来ることを、やろうと思います」
それが、『シャロ・ノルン』として、彼女がやりたいことであった。
彼女の決意に皆が頷く中、横のアロイスがウィリアムに問いかける。
「シャロが引き続き『鍵』として扱われるならば、俺と婚約することも問題はないな?」
「アロイス先輩!?」
マイペースなアロイスの発言に、シャロは声が裏返る。
アロイスはというと、先輩呼びをされて寂しそうに眉を下げていた。
アーネストやドミニクも驚いている中で、ウィリアムは苦笑いしながら答える。
「ああ、問題ないよ」
「ウィリアム殿下も普通に流さないでください……!」
「すまないね、シャロ」
シャロの慌てた反応を見て、ウィリアムは微笑ましいものを見るように笑う。
「それに……本当に、私とアロイス先輩は婚約出来るんですか?」
「もちろん。以前シャロにも話しただろう? レーンベルク家に婿入りした、闇属性の『鍵』のことを」
「……確かに、そうですが……」
シャロも、その話を覚えていた。
自分にもそんな未来があるかもしれないと、夢を見て。
「前例があるなら、二人が結婚することもそう難しいことではない。それを抜きにしても……レーンベルク家は特殊な家柄だからね。配偶者との身分差はそこまで大きな問題にはならない。……何かあっても私が口添えすれば良いだけだからね」
王家が認める特例であるレーンベルク家。それに王太子の口添え。
想い合う二人が公に認められるには、またとない好条件が揃っていた。
「万が一の時には頼らせてもらうぞ、ウィリアム」
「アロイスに頼られる日が来るとはね。……二人とも私の大切な学友だ、尽力させてもらうよ」
これで、これからの未来のことも、ある程度話が纏まった。
「いやー、二人が結ばれて良かったよ! これで大叔母様にも嬉しい報告が出来るや」
ニコラは大きく伸びをしながら言う。
ドミニクやアーネストも、肩の力を抜いて微笑んでいる。
これで生徒たちにはもう、憂う事柄はない。穏やかな日常に戻るだけ。
……ほんの少し。ひとつのことを除いては。
「あとはあのじれったい二人がどうにかなるだけだねー」
「ニコラ」
「なぁに殿下? ボクまだ誰のことかは言ってないよー?」
揶揄するように言うニコラを、ウィリアムが軽く制する。
確かにニコラは、個人名を出していない。
しかしこの場にいる全員が、同じ人物たちのことを思い浮かべていた。
あの優しい光属性の保健医と、腹の底の見えない土属性の教師のことを。
「なんだ、あの二人は相変わらずああなのか」
アロイスが呆れたように口にする。
それを皮切りに、皆も口々に二人について語りだす。
「お二人とも仕事熱心な方ですから……自分のことは二の次なんじゃないですか」
「その割にはあまり隠せてないよね。特にテオドール先生なんか隠す気無いんじゃない?」
「さすがに俺でもあの二人の空気は分かるわ……」
皆が「察していた」と言うように、これまでの二人のことを語る。
その会話を聞きながら、シャロはずっと二人を見て思っていたことを語りだした。
「私……この世界が変わったのであれば、二人にこそ、幸せになってほしいんです」
片や、世界に排除されるはずだった『観測者』。
片や、その『観測者』を守るために命を張った『異界の魂』。
世界に翻弄された二人の幸せを、シャロは心の底から願っていた。
そんなシャロの願いに、その場にいる全員が頷いていた。
*
秩序の神と再戦してから、シャロが初めて保健室を訪れた。
外はまだ寒さが続いている。
私はシャロを温かい室内に招き入れて、笑顔で応じる。
「なんだかこうするのも久しぶりな気がするわね」
「本当ですね」
秋から冬にかけて、激動の数カ月だった。
前回こうして保健室で過ごしたのも、遠い昔のように感じられる。
私はいつものようにシャロの検査の準備を進めていた。
シャロが引き続き『鍵』として扱われることになり、それに伴って学院での定期検査も継続することとなったのだ。
「アニエス先生、ご報告がありまして……」
「あら、何かしら?」
シャロが何やらおずおずと話し出す。
ほんのり頬が赤い。
(アロイスルートが進展したのかしら!?)
期待を抱きながら、私はシャロの前に座り耳を傾ける。
「実は……アロイス先輩と、婚約することになりました」
「……婚約!?」
出てきた言葉は、期待のはるか先を飛んで行った。
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「は、はい! 前にアニエス先生に相談させてもらってから、私なりに勇気を出して……アロイス先輩に私の気持ちを伝えたんです」
そこから続いた二人の告白時の話を聞いて、私はにやけを抑えるのに必死だった。
シャロの勇気には盛大な拍手を送りたいし、そこで悪意がないとはいえ「すまない」と言ってしまうアロイスのブレなさに突っ込みを入れたくなる。
「でも良かったわ……シャロちゃんの想いが実って」
「アニエス先生が背中を押してくれたおかげです! ……本当に、ありがとうございます」
春にアロイスがシャロに目を付けていると知ってからこれまで、ずっと二人を見守ってきた。
時には派手に首を突っ込んだり、静かに相談を受けたり。
でも最後は二人の力で、幸せな未来をつかみ取った。
……二人がハッピーエンドに辿り着けて、本当に良かった。
「先生として二人を応援することができて、こんなに嬉しいことはないわ。……春にシャロちゃんと出会ってから随分経つけれど……もうこんなに、時間が経っていたのね……」
思わず感慨に浸る。
シャロが初めて闇魔法を発動した日。あの日初めて、シャロとここで話をした。
……すべてはこの場所から始まったのだ。
前世の記憶を思い出して、テオドールを助けると決めて、シャロたちをサポートしようと動いて……。
今はもう、遠い昔のことのように思える。
「アニエス先生」
今までのことを懐かしんでいると、シャロが真剣な眼差しで声をかけてきた。
その視線に、こちらも背筋が伸びる。
「私、アロイス先輩にちゃんと、言葉で伝えました」
『言葉にすることが一番じゃないかしら』
ラスボス戦の前にシャロに言ったアドバイス。
……本当に、言葉にすることは大切だ。
「だからアニエス先生も、大切な人には、気持ちを伝えてあげてください」
その言葉が、私の奥深くへ刺さる。
彼女は、優しい子だ。
きっと私とテオドールの関係のことを――心から、気にしてくれているのだろう。
「――ええ。本当に……そうしなくちゃね」
言葉にする大切さを説いておきながら、自らが実践できていないのは教師の名折れだ。
――私は今度こそ、隠さずに言葉にしよう。
ちゃんと、テオドールに向き合うために。
次回は明日20時更新です。




