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37.シャロとアロイスと、不変なる恋



 肌を刺すような冷たい外気に、シャロは身を震わせる。

 授業が終わり、シャロは屋上庭園へと来ていた。辺りには誰もおらず、静寂だ。

 空は晴れているが、冬の日差しだけではなかなか温まらない。


 天体観測会の日、アロイスと共に過ごした場所へと足を運ぶ。

 ベンチに腰掛けると、冷たい座面が更にシャロを身震いさせた。

 冷たい風の中、シャロはどうしても――この場所で、アロイスと話がしたかった。


「アロイス先輩」


 シャロはそう呼びかける。

 吐き出した息が真っ白になって、空気中に広がっていく。

 シャロの右隣りに、気配がして――。


「呼んだか? シャロ」


 アロイスが、シャロの隣に現れた。


 相変わらず神出鬼没なアロイスに、シャロはくすりと笑みを零す。

 アロイスがどこでシャロの呼びかけを聞いていたのかは分からない。

 それなのに、すぐに現れるアロイスのことが不思議でならなかった。


「先輩は、私の声にすぐに答えてくれるんですね」

「当然だ。……俺にはシャロの声が常に聞こえている」


 まるで理屈は分からないが、アロイスは当然のことに言う。


(アロイス先輩がそう言うのなら、そうなのかも)


 超常的なアロイスの行動を、シャロは理屈が分からぬまま、受け入れた。


(でも……足りない)


 シャロにとっては、ただアロイスが来てくれるだけでは足りないのだ。


 最初にアロイスと対峙した時は、緊張感があった。

 周囲から恐れられている異端児。その人が、目の前に現れて。

 でも、その頃から不思議と、シャロはアロイスに親しみを感じていた。

 そこから学院で交流を重ね、言葉を交わしていき――。


 今まで、アロイスと共に過ごした時間を思い出す。

 静かに闇魔法を教える横顔。夏に湖のほとりを共に歩いた。

 豊穣祭で、自分を抱きとめた腕。『異分子』と呼ばれた彼を、失いたくなかった。

 夜会で自覚した恋心。天体観測会の夜、胸の中で誓ったこと。


『アロイス先輩の隣にいる未来のために』


(私はその未来が、欲しかったんだもの――)


「アロイス先輩」


 シャロはアロイスの手をとる。

 アロイスの手は、普段よりも冷たかった。


「私は、アロイス先輩の隣にいることが楽しいです」


 目は逸らさない。

 シャロが一番大好きな色。

 深い青の瞳を、射抜くように見つめる。


「でも……アロイス先輩が学院を卒業したら、今までのようには会えないでしょう?」


 アロイスはただ黙って、シャロの言葉を聞いていた。


「私はこれからもずっと、アロイス先輩の隣にいたい。誰よりも傍に……いたいんです」


 言葉が途切れて、シャロは深く息を吸い込む。

 唇が震えるのは、寒さのせいだけじゃない。


 それでも、シャロには。

 アロイスに伝えたいことがある。


「先輩のことが……好き、です」


 意を決して紡いだ言葉は、二人の間に響いた。

 どれだけその深い青を覗いても、彼の考えていることは見えない。

 しばしの間の沈黙。

 シャロにはその時間が永遠のように思えた。


 ――そうして。

 彼はその薄い唇を動かすと。


「――すまない、シャロ」


 謝罪の言葉を、口にした。




 シャロは全身から、血の気が引くような感覚がした。

 指先が震える。頬が寒さで痛い。

 少しも変わらないアロイスの表情に、シャロは耐えかねて――目を、逸らした。


「俺はひとつ、認識違いをしていた」


 淡々としたアロイスの声が届く。

 シャロは耳を塞いでしまいたかったが、その手は思いのほか強くアロイスに握られていた。


「いつの間にか、君との間に齟齬が生まれていたようだ」


 アロイスが意図していることが分からず、シャロは目を逸らしたまま問いかける。


「それは、どういうことですか」


 目を逸らした先に映る、手。

 アロイスの手は、シャロを逃さないように掴んでいる。

 アロイスの言葉と行動の差に、シャロはもう何が何だか分からなかった。

 アロイスはシャロの様子には気づかず話を続ける。


「君がこれから先、ずっと俺の隣にいることは当然のことだと思っていたんだ」


 その言葉に、シャロは目を見開いた。


(……え?)


 彼は今、なんと言った?


「俺が学院を卒業しても変わらず、君は当たり前に俺の傍にいるという認識だった」

「君を手放す考えなど、最初からなかった。それに君も、俺の元を離れることはないだろう?」

「未来永劫、君と俺は共に有る。そうだと思っていたんだが……」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 矢継ぎ早に言われる言葉に、シャロは思わず顔をあげた。

 アロイスはきょとんとした顔でシャロを見ている。

 しかし彼は「ああ」と何かに気付いたような顔をして、続けた。


「そうか、これは本来言葉にするべきことだったのか、見誤っていた」

「先輩、いきなり何を」

「君は俺のことを『好き』だと、そう言ったな」


 シャロは口を噤む。顔に熱が集まってくる。

 恥ずかしさで居たたまれない。


「俺の中にも、シャロへの想いがある」

「そうか、これが……シャロのことを考える度に胸を焦がすこの熱さが、『恋』と呼ばれるものなのか」


 アロイスはその言葉を噛みしめるように顔を綻ばせる。

 そのままアロイスはシャロの目を見据える。


「俺は君に、恋をしている」


 シャロは思わず、息を飲む。


「これから先もそれは変わらない。俺のすべては君のものだ」


 先ほどまでの暗澹たる気持ちが、霧散していく。


「だから、シャロ。……ずっと俺の傍にいてほしい」


 目頭が熱を持つ。

 シャロの頬を、熱いものがつたっていく。

 アロイスの言葉ひとつひとつが、シャロの心に火を灯した。


「ええ……! もちろんです!」


 シャロの表情は、晴れやかなものになっていた。

 アロイスは柔らかに微笑みながら、片手でシャロの頬を拭う。

 その指先の冷たさですら、シャロにとっては愛おしいものだった。


「アロイス先輩、大好きです」

「ああ。俺も……君のことが好きだ」


 神も世界も乗り越えて、二人の想いが結ばれた。




「……そうとなれば、早急に婚約の儀を執り行わなければいけないな」

「……なんですって?」


 甘く和やかな雰囲気に、アロイスは突拍子もない発言を投下した。

 シャロはつい気の抜けた返しをしてしまう。


「君への想いを、言葉と行動で示すことが重要だと思い知ったからな。……このままでは、何も知らない男どもが君に近づくだろう。それは看過できない。俺と婚約してしまえばその危険もなくなる」


 アロイスは至って真剣な表情だった。

 シャロだけがそれについていけてない。


「待ってくださいアロイス先輩! なんでそこは具体的に話を進めるんですか!?」

「話は早い方が良いだろう。それに」


 アロイスの指先が、シャロの唇に触れる。


「俺のことは『アロイス』と。もう『先輩』ではないのだから」


 そっと指が離れていく。アロイスの目は雄弁だ。

 今か今かと、「アロイス」と呼ばれるのを待っている。


「まだ卒業してないじゃないですか……!」

「君が『先輩』と呼ぶ男は他にもいる。俺は他の男とは違うだろう?」

「そうですが……!」


 シャロは目を泳がせながらも、アロイスの圧に耐えかねて口を開いた。


「……アロイス」


 囁くようなその声。

 もちろん、アロイスは聞き逃さなかった。

 満足そうに笑みを浮かべる。


「ああ。シャロ」


 幸せそうなその表情に、シャロはもう何も言うことが出来なかった。

 シャロは困ったように笑いながら、話を元に戻す。


「まだこうして気持ちを伝えたばかりなのに、婚約は……」

「早すぎると思うか?」

「はい……」


 戸惑いを見せるシャロ。

 しかしアロイスはそんなシャロのことも、愛おしそうに眺めている。


「18年だ」

「え?」


 唐突なアロイスの言葉。

 傾いてきた陽が、アロイスの顔を照らしている。


「俺が生まれてから、君に出会うまでの時間だ」


 アロイスの言葉が、シャロの心に染み込んでいく。


「俺は18年間ずっと、君を待っていたのだと思う」


 シャロは、アロイスの18年間を想った。

 誰もが彼を遠ざける、その日々を。


「だから、早すぎるなんてことはないよ、シャロ」


 その言葉を聞けばシャロはもう、アロイスに応えるしかなかった。


「それなら、待たせた分だけ、傍にいないといけませんね……アロイス」


 二人の手の中には、未来を切り開く『鍵』が握られている。




次回は明日20時更新です。

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