36.幕は降り、最後に残されたのは
「終わったの……?」
シャロのつぶやきが、静まり返った場に響く。
秩序の神の姿は、跡形もなく消え去っていた。
シャロがおそるおそる、私の方に視線を向ける。
この光景は、キーワルでラスボスを倒した時と同じだ。
つまり――終わったのだ。
シャロに向かって、大きく頷く。
「……やった、やったー!」
シャロの喜びの声が、冬の夜空に響いた。
「よくやった、シャロ!」
「シャロちゃーん! かっこよかったよー!」
周囲のサロンメンバーたちも、歓喜の声をあげている。
ニコラは喜びのあまりシャロに飛びついている。アーネストはそれを制しながらも、微笑んでシャロに話しかけている。ウィリアムやドミニクも、安堵の息を漏らしながら笑みを零していた。
アロイスが静かにシャロに近づいていくのを見て、私もシャロに駆け寄ろうとした。
しかし――視界の端で、テオドールが崩れ落ちる姿が見えた。
「っ、テオドール先生!?」
方向転換し、テオドールの元へと駆け寄る。
テオドールは立っている体力もないようで、地面に倒れ込んだままだ。
慌てて屈みこんで様子を見ると、意識ははっきりとしていた。
「ああ、アニエス先生……すみません、さすがに力を使いすぎました」
「それはそうでしょう!? ……神を解析するなんて大業を成し遂げたんです、この程度で済んでいるのが不思議なくらいですよ……!」
テオドールの体はあちこちに傷を負っているが、王宮医務官の回復魔法を受ければ数日で全快できるだろう。
意識も、ちゃんと正気を保っている。
「そこはまあ、『観測者』という立場のおかげということで……」
彼はそう言って、苦笑いを浮かべる。
テオドールの異変に気付いたのか、ウィリアムがドミニクに、医務官を呼びに行くよう指示している声が聞こえた。
医務官が到着するまでの間に回復魔法を使おうとしたけれど――。
「だめですよ、アニエス先生」
テオドールは荒い呼吸をしながら、私を制した。
「アニエス先生も、消耗してるでしょう……? ッ、私のことは、大丈夫です……王宮医務官の方にお願いしますから」
私を気遣って、治療を拒む。
そう言われても、その姿はあまりにも辛そうで……どうにかしてテオドールの助けになりたくて。
残りの魔力を総動員して、痛みを和らげる魔法をかけた。
「……ありがとう、ございます……アニエス先生」
痛みが和らいだからか、テオドールの呼吸が多少落ち着いてきた。
そうしているうちに、生徒たちが心配して集まってきていた。
生徒たちもそれぞれ怪我をして、魔力を消耗させている。
しかし目に見えて消耗が激しいのは、やはりテオドールだった。
シャロは喜びも束の間、不安そうな顔をしてテオドールを見ている。
「……随分無茶な作戦をとったんですね、テオドール先生」
魔法をかけながらそう語り掛ける。
テオドールが神を解析し、アロイスが急所を突く。
作戦としては合理的だが、二人に負荷がかかりすぎる。
「相手の弱点を突くことは重要ですから。神を相手取る分、急所を突けなければ勝てない可能性も考慮したんです」
「私とアロイスくんなら、最初から神に敵視されている。私たちが多少小細工をしたところで、神にとっては想定内でしょう……それを逆手にとって、自由に調べさせてもらいました」
いつの間にか近くに来ていたアロイスが、テオドールの言葉に首肯していた。
その話を聞いていたシャロは、二人に向かって頭を下げる。
「テオドール先生とアロイス先輩のおかげで、秩序の神様に私の意志を伝えることが出来ました……! 本当に、ありがとうございます!」
シャロの言葉に、アロイスが嬉しそうに微笑んでいるのが見えた。
「シャロの助けになれたなら、それで十分だ」
満たされたように言うアロイス。シャロもそれに嬉しそうに笑い返す。
……この二人はもう、私のサポートがなくても大丈夫だろう。
「でもテオドール先生とアロイスが手を組んでたなんて、ボク知らなかったな。いつの間に?」
「……そうすべきだと判断した時にだ。俺たちは同じ結果を欲していたからな」
いつも通りのアロイスの言葉に、全員が思わず笑みをこぼした。
「まあ、そういうことです」
テオドールもそれ以上、何も言わない。
二人だけの事情があるのだろう。
そんな会話をしているうちに、王宮医務官が到着した。
全員の怪我を治療するために、私たちは王宮治療院に移動することとなった。
テオドールは一足先に運ばれるらしく、私は咄嗟にテオドールに駆け寄る。
テオドールが倒れたことに気を取られて、まだ実感が湧いていないが……これでキーワルのシナリオは、ほとんど終わりだ。
私がサポートキャラとして出来ることは、もうない。
……ただ、あとひとつだけ、やり残したことがある。
「テオドール先生」
担架に乗せられたテオドールが、視線をこちらへ向ける。
「今度、テオドール先生にお話ししたいことがあります」
やり残したこと。
まだテオドールに話していない、私のこと。
――それを、話さなければ。
テオドールはその言葉を聞いて、ゆっくり目を細める。
「……貴方の話であれば、いつでも聞かせてほしい。……お待ちしています」
彼が運ばれていく姿を見送って――私は大きく、息をついた。
長かった。
前世の記憶を思い出してから、今日この日まで。
最初はただ、テオドールを生存させたくて足掻いていた。
それから、シャロやアロイスたちを見守るようになって……。
いつしかみんなのことを、大切に思うようになった。
全員生存エンドへと、導きたかった。
そうして試行錯誤する毎日も、今日で終わりだ。
――誰一人欠けることなく、今日を乗り越えられた。
*
そうして冬至の日を越してから、10日ほどが経過した。
シャロは普段通りに学院へ通っている。
あれだけの戦いがあったというのに、世界は驚くほど変化が見られない。
世界は普段と変わらず、穏やかだ。
(そうだよね……他の人たちには何があったかなんて、わからないか)
シャロたちは治療を受けたあと、数日してから王宮に呼び出された。
秩序の神と交戦した、その結果を報告するために。
その時の国王の表情を思い出す。
『よくぞ戦い抜いた。汝らを誇りに思う』
国王の言葉に、やっと自分たちは世界のために戦い抜いたと実感が湧いてきた。
(みんな、怪我も治ったみたいだし……やっと普通に生活できるのね)
シャロの傷は王宮医務官の治療の甲斐あって、あっという間に治った。
一番重傷だったテオドールは数日の間治療を受けていたが、それも終わり、先日学院へと復帰を果たした。
これで、いつも通り。
何もかもが終わった。
(――でも、まだ残ってる)
シャロは授業を聞きながらも、思いを巡らせる。
今は真冬だ。
あとほんの数カ月で、入学してから1年が経つ。
そうすると――最高学年であるアロイスは、卒業してしまうのだ。
(先輩が卒業しちゃったら、もう今までのようには会えなくなる)
アロイスは公爵家。シャロは男爵家だ。
神との戦いも終わり、学院を卒業してしまえば、アロイスと会うことも難しくなる。
(でも、私は……『シャロ』の願いのために、『鍵』として頑張ったんだもの――!)
『貴方の隣は、私が良い』
生徒夜会の時に、胸に秘めた想い。
それをどうしても、アロイスに伝えなければ。
次回は明日20時更新です。




