34.抗え、決意を貫くために
影の刃が飛び交う中を、それぞれが千々に散らばり攻撃を始める。
秩序の神はその姿を膨張させ、見上げるほどの高さになった。
「焼き尽くせ! 『火焔弾』!」
ドミニクの声と共に、無数の炎の弾丸が秩序の神に降り注ぐ。
最初から手加減のない、全力の攻撃魔法。
私はすぐさま全員の能力を向上させるバフを撒いた。
シャロが戦えるように、光源を作ることも忘れない。
「さすがドミニクだ。私も全力を出さねばならないね。……『王の炎舞』!」
ウィリアムが杖をかざし詠唱をすると、炎の竜巻が秩序の神を包んだ。
複数の属性を組み合わせた魔法は、王族しか使えない。
腕が問われる魔法を、ウィリアムは涼しい顔で使いこなす。
私の周囲にも刃が飛んでくるが、テオドールが作る防御の壁がすべて防いでくれていた。
おかげで複雑に動き回る生徒たちをフォローすることに専念できる。
シャロは影を魔獣の姿に形作ると、それを秩序の神へと差し向ける。
魔獣が秩序の神に喰らいついて、ダメージを与えているのが分かった。
――キーワルにおいて、ラスボス戦は敵のゲージを削り切るとクリアとなる。
(おそらく秩序の神を消耗させて、シャロちゃんがとどめを刺せば勝てるはずだけれど……)
思案しながら、秩序の神の動向を注視する。
秩序の神は炎に焼かれて、体の表面が少しずつ削れていくのが分かる。しかし、攻撃の手が弱まる気配は少しもない。
ふと湿り気を感じて視線を動かすと。
「『水の城壁』!」
火の粉が飛び散らないようにアーネストの魔法が水流の壁を作って私たちを守ってくれていた。
強固な連携だ。とても頼もしい。
「ドミニクくん、もう少し魔力の密度を上げてください! アロイスくんは弱体魔法を切らさないで!」
「ったく、無茶言うぜ先生!」
「テオドール。お前の指図は受けない」
中でもテオドールは人一倍動き回り、生徒たちに指示をしている。
アロイスもなんだかんだ言いながら、テオドールに応えている。
テオドールは攻撃を生徒たちに任せ、秩序の神の攻撃の分析と、私の防御に徹している。
(……あれ?)
ふと、違和感に気付く。
私が扱う能力向上のバフの量は、対象者の魔力の消耗に応じて変化する。
魔力の消耗が激しいほど、私のバフの量も自動的に増えるのだ。
(テオドールの消耗が、激しい?)
テオドールにかけているバフが、彼の行動に対する必要量より多い。
本来なら、攻撃の分析と防御魔法だけではここまでバフを必要としない。
(他にも何か、している?)
少なくとも私には、彼が他に何をしているかは分からない。
でも、彼はきっと、何かをしてくれている。
今はただそれを信じて、彼のサポートに徹するしかない。
秩序の神の姿が一回りほど小さくなってきた。
秩序の神から感じる圧も、徐々に軽減してきている。
しかし、まだ油断はできない。
「……聞き分けのない民どもだ」
秩序の神の声に、全員が一瞬立ち止まる。
その声は少しも動じていないようだった。
「まあ良い。これが最後だ……せいぜい足掻くが良い」
こちらを挑発するような声と共に、足元の地面が一気に紫色に染まる。
それと同時に、秩序の神の周囲に紫色の霧が立ち込めた。
その瞬間。
「な、に……? 体が……!」
全員の体が、崩れ落ちる。体が重い。
私も思わず膝をつく。重力に引っ張られているかのように、立ち上がることが出来ない。
霧はじわじわと広がっていき、最も秩序の神に近い場所にいたドミニクがそれに触れた。
「うっ……! 力が……抜ける……!?」
ドミニクがうめき声をあげる。
鍛えられた腕が、だらりと垂れた。
そうだ、思い出した。この紫の霧は、触れた者の魔力を奪うのだ――!
(途中で弱体魔法をかけられるのはキーワルと変わらない……! 奪われた魔力は、私の力で回復できるけれど……!)
体が重く、上手く回復魔法が発動出来ない……!
おそらく体に負荷をかける弱体魔法も使われている。
これさえ打破出来れば、体勢を立て直せるのに……!
霧は更に広がり、生徒たちに触れ始めている。
悔しい思いが胸を締め付ける。
思わず俯いた、その途端――。
――紫色の地面が、一気に深い青色に塗り替わる。
「しっかりしろ」
この状況でも動じない声。
アロイスが、結界を発動させていた!
足元の地面が塗り替わった途端、体が軽くなった。
私は即座に、回復魔法を発動させる。
「助かった……!」
ドミニクやウィリアムたちが安堵の息をついているのを見て、こちらもひとまず胸を撫でおろした。
アロイスはというと、冷ややかな目で秩序の神を見ていた。
「俺の結界は強すぎるから封じていたが……やむを得まい」
確かに、アロイスの結界は強力だ。
並大抵の人間では、結界に飲まれて眠ってしまうだろう。
ここにいる全員は、これまでの鍛錬と私の回復魔法の補助でその影響を受けないでいられている。
「『異分子』め……! またしても邪魔をするか!!」
秩序の神はそう吐き捨てると、更に攻撃の速度をあげてきた。
特に、私・テオドール・シャロ・アロイスの4人に対しての攻撃の密度が高い。
「殿下たちは攻撃の手を緩めないで! 私たちの防御は任せてください!」
テオドールの叫び声。
それに答えるように、ウィリアムたちは動く。
「ほんっとう、邪魔なものを撒いてくれちゃってさ……!」
ニコラが眉間に皺を寄せて、派手に杖を振う。
「『大疾風』!!」
突風が吹きすさび、紫の霧が一掃された。
これで魔力が奪われることもなくなった。
ただ、霧に触れていた影響は少なからずあり、ニコラは肩で息をしている。
(皆、段々消耗してきている……あまり時間をかけたくないわね……)
周囲を見渡すと、それぞれに少しずつ疲労の色が滲んできていることが分かる。
集中攻撃を受けているシャロは、自分の防御の合間に攻撃を返すことで手一杯だ。アロイスは防御を展開しながら攻撃を返しているが、シャロを気にする余裕まではなさそうだ。
ウィリアムたちも、先ほど霧に触れたことが大きいのか、防御や回避が鈍ってきている。
攻撃の質を維持するためには防御や回避の質を下げざるを得ない。
その結果傷を負い、私が回復している。
(テオドールはずっと防御を張り続けてくれているけれど……)
私の周りに広がる、テオドールの防御の壁。
しかし、その壁も展開するスピードが落ちてきている。
テオドールは額に汗を滲ませて、必死に生徒たちを援護している。
(せめて私が防御魔法を使えたら……!)
そしたらこんなに、テオドールに負担を強いることはなかったのに。
テオドールは私を守ることを優先して、自分の防御は必要最低限にしている。
そんな彼に、単純な強化しかしてあげられないのが、歯痒かった。
もうどれだけの時間が経っただろう。
秩序の神の体は更に小さくなり、最大時の3分の1程度まで縮んだ。
全員が疲弊してきており、もうあまり時間がかけられない。
「なぜここまでして抵抗する!? 其方たちが安寧の世界を生きられたのは、秩序あってこそではないのか!?」
秩序の神はもう、苛立ちを隠すことなく吠え立てる。
それを間近で聞いていたシャロが、泣き出しそうな顔で叫び返した。
「確かにそうかもしれない……! けど、きっとその世界では、アニエス先生たちのように排除されてしまった人もいるでしょう!?」
悲痛な声が周囲に響き渡る。
彼女は本当に、人を慈しむことができる子だ。
少しの間をおいて、秩序の神は、先ほどの激昂とはうって変わって平然とした声を出した。
「――ああ。その通りだ」
「っ……!」
シャロの目に、涙が浮かぶ。
……そしてその答えは、今までの仮説を裏付けた。
「だからこそ、我は今までと同様に、秩序を乱すものを排除しようとしたに過ぎない。我に抗おうとするものなどいなかった。……其方たちだけが、こうして我の手を焼かす」
「……残酷なことね」
思わず言葉が零れ落ちた。
神にとっては、バグを取り除いただけに過ぎないのだろう。
――その裏でどれほどの悲しみが生まれていたかなど、関係ないのだ。
記憶に残る、早世した歴代の『観測者』たち。
(……全部、神が図ったことだったのね……)
心の内で、『観測者』たちを悼む。
思わずテオドールの方を見ると、彼は神の言葉を、無表情で聞いていた。
……その心中は、私には推し量ることが出来ない。
「もう良い。飽いた。ここですべてを終わらせてやろう」
「っ、まずい、来ます!」
アーネストの声。
秩序の神が攻撃を再開して、黒い矢の雨が降ってくる。
「っ、あぶない……」
テオドールの防御が崩れてきている。
今までは集中砲火を浴びてもなかなか崩れなかったのに、今は矢が2、3当たっただけで砕けてしまう。
「これもすべて、貴様が正しく動いていれば!」
神の咆哮。何百もの矢が、テオドールに向けられる!
「朽ち果てよ!」
矢が一斉にテオドールに向かって放たれた!
テオドールはすべての手を止め、自分を防御する壁を展開させる!
矢がテオドールに降り注ぐ中――。
「その間に、貴様の光は摘んでやろう」
私の周りにも、矢が展開される。
ああそうだ、標的は、テオドールだけじゃない――!
矢が放たれる。
逃げ場がない。これはもう、避けられない――。
思わず目を瞑る。
しかし、予想した衝撃は訪れない。
胸元が、熱い。
「……あ」
おそるおそる目を開ける。
周囲に広がる壁。胸元で光る鉱石。
テオドールの魔法が、私を守ってくれている。
「っ、テオドール!」
考えるよりも先に、叫んでいた。
目を凝らす。
防ぎきれなかったのか、テオドールは無数の傷を受けて倒れていた。
「小細工などしおって……ならば、次で終わらせてやろう……!」
新たに矢を出現させる神に、今度こそ自分の終わりを悟った。
しかし。
「いいえ、終わりません」
はっきりとした、断定の言葉。
よろめきながらも、ゆっくりと立ち上がる姿。
「貴方は時間をかけすぎた」
テオドールが、笑みを浮かべていた。
「私たちの勝ちです」
次回は明日20時に更新いたします。




