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33.いざ、大詰め



 いよいよ冬至の日――ラスボスとの決戦が明日に迫ってきた。

 窓の外では、雪がちらついている。本格的な冬が始まりを迎えている。

 私はというと、保健室で決戦前の最終チェックを行っていた。


(みんなのステータスは……大丈夫そうね)


 生徒たちの能力値は高い数値を示している。

 この分であれば、ラスボスである秩序の神とも渡り合えるだろう。


(キーワルはバトルが本筋ではないから、ちゃんと対策をすればクリアできる設計になっていたけれど……)


 現状は本来のシナリオから逸脱しているところが多い。

 シナリオ通りの対策で乗り越えられるかは不確定だが、やれることはすべてやった。

 あとは明日になるのを、待つだけだ。


 一段落ついたところで紅茶を飲んでいると、保健室の扉がノックされた。

 時間はお昼より少し前。まだ午前の授業は終わっていないが、誰だろうか。

 入るように促すと、扉を開けてテオドールが入ってきた。


「お疲れ様です、アニエス先生」


 ……一応学院内だからか、「先生」を付けて呼ばれる。

 しかし、今や学院内で同僚扱いをされてもあまり意味がなかった。

 私たちの噂は、いくつもの尾ひれを付けて広まっている。生徒たちの間にもだ。

 テオドールもそれを知っているだろうに、彼は何も言わない。

 ……噂が広まっても良いと、思っているのだろうか。

 気になるところだが、自分から聞く度胸はなかった。


「お疲れ様です、テオドール先生。何かありましたか?」

「いえ、仕事のことではないのですが……これを、貴方にお渡ししておこうと思いまして」


 テオドールに手のひらを差し出すように促され、言われた通りにする。

 差し出した手の上に、何かを置かれた。

 間近でそれを確認する。


「……ネックレス?」


 テオドールが置いたのは、細いチェーンに透明な鉱石のついたネックレスだった。

 鉱石からは、テオドールの魔力を感じる。


「テオドール先生、これは……」

「まあ、お守りのようなものです」


 聞くところによると。

 この鉱石はテオドールの魔力を圧縮させて作った鉱石であるらしい。

 これを身につけた者への攻撃を感知し、一度だけ防御魔法を発動するものだと。


「そんなことできるんですか……!」

「容易にできるものではありませんがね。事実、今日まで時間がかかってしまった」


 テオドールは自嘲するように笑う。


「明日は、できる限り貴方から目を離さず防御魔法を張り続けます。しかし……万が一のこともある。私が魔法を発動できない状態になっても、貴方を守れるように」

「テオドール先生……」


 彼の言葉に、胸の奥が疼く。

 決して不快な感覚では、ない。


「防御の質を上げた代わりに、回数は一度だけですが」

「一度でも守っていただければ、逃げる隙が生まれますもの……ありがとうございます」


 テオドールが私のためにここまでしてくれたという事実は、純粋に嬉しかった。

 ……「どうして」ここまでしてくれるのかという疑問は、見ないふりをした。


 ネックレスを乗せている手の上に、テオドールがそっと手を重ねてくる。

 急に触れられて、思わず手が硬直する。


「私がつけても良いですか?」


 彼は私の顔を覗き込んで、尋ねる。

 先ほどから胸の奥にある疼きが、「拒みたくない」と叫んでいる。

 本当は、彼に近づきすぎないほうが良い。これ以上は、取り返しのつかないことになる。

 ……だけれど。


「……お願いします」


 私はどうしても、拒むことが出来なかった。


 彼は口角を上げて頷くと、私の手からネックレスを受け取る。

 彼がネックレスをつけやすいように、長い髪をまとめて横へ流す。

 彼はネックレスの留め具を外すと、そのまま――私の前から、手を首元に回してきた。


(ち、ちか……!)


 てっきり背後に回ってつけてくれるのかと思っていたから、急に距離が詰まってきて狼狽える。

 ……私の鼓動がうるさい。テオドールの息遣いが聞こえてきそうなほど、近い。

 顔が熱い。頬の色を見られたくなくて、俯く。


 留め具がつけられ、テオドールの手が離れていく。私の髪が絡まないように、そっと払いながら。

 彼の指先が、私の肌を掠める。この熱さが、伝わってしまっただろうか。


「アニエス」


 名前が、呼ばれる。

 顔を見られたくなかったけれど、おそるおそる見上げる。

 ……眩しいものを見るような、名残を惜しんでいるような、優しい笑み。


「肌身離さず、つけていてくださいね」

「……ええ」


 ……きっと、頬が赤いことも、視線が泳いでいることも、バレてしまっているだろう。

 しかしテオドールは何も言わなかった。

 空気を変えたくて、礼を言おうとしたその瞬間。

 正午を告げる鐘が鳴り響いた。


 私たちは我に返ったように、距離をとる。

 もうじき廊下も生徒たちで賑わってくるだろう。

 テオドールは「また明日」と言い残して、保健室を去っていった。


「……はぁ」


 彼が帰ったあと、崩れるように座り込む。

 鐘の音にもかき消せないほど、鼓動が響いている。

 きっと今の私は、教師の顔をしていない。


「……参ったわ」


 ……薄々、分かっていた。

 彼の傍にいて、これほど落ち着かなくなる理由を。

 首にかかるネックレスの鉱石に触れる。……彼の魔力を感じる。


 ずっと彼が推しだからだと――そう思っていた。

 そう言い聞かせていた、という方が正しいかもしれない。

 言い聞かせてきた結果が、この様だ。


(これ以上は取り返しのつかないことになる、ですって?)


 もう、手遅れだというのにね。


 “ただのアニエス”は、彼に捕らえられてしまった。

 けれど、彼が見ているのは“『異界の魂』であるアニエス”かもしれない。

 ……今は、答え合わせは出来ない。


(明日を、乗り越えたら……)


 ラスボス戦を乗り越えて、大団円を迎えられたなら。

 その時は、彼と答え合わせをしよう。


 ――たとえこの想いを、殺すことになっても。


 *


 時間は残酷なまでに進んでいく。

 日付はひとつ進み――冬至の日を、迎えた。

 キーワルにおけるラスボス戦がおこる日である。


 豊穣祭でも使われた、祭壇近くの控室。

 そこに、ラスボス――秩序の神へ挑む全員が集う。

 豊穣祭の時とは違い、アロイスもいる。


 ウィリアムが全員の顔を見渡して、最終確認をする。


「秩序の神が確実に現れるように、祭壇へはこのメンバーで行く。念のため王宮医務官は待機させているけれど、皆それぞれ自分の身はしっかり守ってほしい」


 その言葉に一同が頷いた。


「いよいよだね……!」

「僕たちは出来る限り魔法を磨き上げました。アニエス先生も、これなら大丈夫だと認めてくれています」


 アーネストの言葉に、深く頷く。

 生徒たちは、この短期間で目覚ましいほどに魔法が洗練されてきた。


「全力をぶつけられる機会もそうそう無いからな……派手に暴れてやるぜ!」

「周りには気を配ってくださいね、ドミニクくん」


 意気込むドミニクに、テオドールが釘を刺す。


「シャロ」


 アロイスが一言、シャロの名前を呼んだ。

 シャロの瞳には――『鍵』としての覚悟が、滲んでいた。


「皆さん……行きましょう」


 彼女はこの世界のルールを退ける選択をした。

 それがより良い、自由な世界に繋がると信じて。

 その選択は間違っていないと――私たちで、証明しなければ。


 それぞれが覚悟や想いを胸に秘め、控室の扉を開け放った。




 外は薄暗い。日没の時間だ。

 そのタイミングで、ラスボスが現れることになっている。


 祭壇の後ろ。豊穣祭で影が現れた場所を、目を凝らして見る。

 全員が魔法を放てるよう、杖や指先に意識を集中させている。


 そうして。

 あの時と同じようにゆらり、と。

 影――秩序の神が、現れた。


(ッ……さすがに、圧が強い……!)


 前回よりも濃密な魔力を放っている。一瞬たりとも気が抜けない。

 前回は秩序の神の分身だということだったが、今回はきっと違う。

 ――秩序の神そのものだ。


 神はそのまま祭壇の前へと移ると、言葉を紡ぎだした。


「――そうか。そういうことか」


 声が、重苦しく周囲に響く。

 シャロが一歩前に進み出て、口を開いた。


「私は、どうしても貴方のやり方を受け入れることが出来ません」

「『鍵』の乙女……。それが、其方が出した結論か」


 最終結論。

 シャロは怯むことなく、答える。


「――はい」


 その答えを言った瞬間。

 秩序の神の圧が増したのが、肌に伝わってきた。


「嗚呼。なんと――嘆かわしい」


 その言葉に、全員が息を飲む。


「哀れなり。正しき道の区別もつかぬとは」

「『観測者』はついぞ役目を果たさず、王族は『鍵』を正しく導かない――呆れたものだ」


 侮蔑を含んだその声色に、テオドールやウィリアムの視線が鋭くなる。


「良い。分かった」


 秩序の神は、何かを諦めたように続けた。


「そうだ。お前たちが正しく動かぬなら、それを正すことも我のつとめ」

「――全部、やり直せば良い」


「……え?」


 ニコラが皆の心を代弁するように、驚愕の声を漏らした。


 全部、やり直す。

 その意味を問わなくても、理解できる。


「――世界ごと、作り直すつもりか」


 アロイスが端的に言葉にする。


「今度こそ、貴様のような『異分子』も居らぬ、正しき世界を作ろう」

「喜ぶが良い。其方たちは今度こそ、秩序ある正しい世界とは何か、理解できよう――」

「そのために――其方たちに裁きを与える」


 その言葉は。

 明らかに、私たちを終わらせると言っていた。


「来るぞ!」


 ドミニクの叫び声と共に。

 あの時と同様、無数の刃が、解き放たれた。



今週もお読みいただきありがとうございます!

いよいよ物語もクライマックスへと入ってまいりました。

ここからは土日も休まず毎日更新いたしますので、ぜひアニエスたちの物語を最後まで見届けていただけると嬉しいです!


次回は明日20時に更新いたします。

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