32.乙女は星に何を願う
夜空に数多の星が瞬いている。
天体観測会当日。生徒たちが思い思いに学院に集い、空を見上げる。
ある者は婚約者と語らい、またある者は友人同士で笑い合う。
賑やかな学院の廊下で、シャロは友人たちと共にいた。
「シャロさんはアロイス様とお過ごしになるの?」
近頃シャロは友人たちの話題の中心となっていて、アロイスとの恋の行方をよく聞かれている。
「いえ、アロイス先輩とは何も約束をしていなくて……」
「アロイス様ですもの、約束なんて無くても迎えに来てくださるわ」
話はそれから、友人たちの恋について盛り上がる。
「夜会でのドミニク様をご覧になって? 騎士礼装姿に思わず見惚れてしまいましたわ」
「ごめんなさい、私はアーネスト様ばかり見ていたから……」
「貴方らしいわね。私は今日、ニコラ様とご縁が結ばれるようにお願いするつもりよ」
令嬢たちはいずれ家のために結婚するからこそ、在学中だけは自由に恋を謳歌する。
華のあるサロンメンバーたちに想いを寄せる者は少なくなかった。
友人たちが恋のため息をつくなかで、ある少女が寂しげに口を開く。
「私はテオドール先生をお慕いしているけれど……きっと先生はアニエス先生と一緒にいらっしゃるもの、叶わない想いだわ」
その少女の言葉に、他の者たちが一気に食いついた。
「確かに、近頃特にお二人の仲睦まじさが見て取れますものね」
「私、婚約も間近だと聞きましたわ」
「シャロさんはお二人とよくお話されているでしょう? この噂って本当なのかしら?」
友人たちの視線がシャロに集まる。
シャロは苦笑いを浮かべながら、頭の中で必死にどう答えたら良いかを考えていた。
(二人とも良い雰囲気だし、デートもしているみたいだけど……周りに騒がれたら二人も困ってしまうよね……)
「それが、私も全然分からないんです。仲が良さそうだなぁとは思いますが……」
「シャロさんから見てもそうなのね!」
友人たちの興味が最高潮に達する。
彼女たちのはしゃぐ声が響く中、シャロは廊下の奥から生徒たちが騒めいているのを聞いた。
やがてその騒めきは、シャロたちの方に近づいてくる。
「なにかしら?」
友人たちと共に、その騒めきの中心に視線を向ける。
中心にいる人影に、シャロは目を見開いた。
友人たちが歓喜の声をあげて、シャロの背中を押す。
その人影は生徒たちの群れを切り開いて、シャロの目の前で、足を止めた。
「シャロ。おいで」
アロイスが、転移魔法も結界も使わずに、シャロの元へと来たのだ。
「アロイス先輩」
アロイスはただシャロだけを見つめて、手を差し出してくる。
シャロは躊躇うことなく、その手を取った。
アロイスは嬉しそうにその手を握る。
しかしふと、何かに気付いたように友人たちの方を見た。
急にアロイスに意識を向けられて、友人たちは硬直する。
「すまないが、シャロを連れていく」
「は、はい! どうぞ!」
アロイスの言葉を聞いて、シャロは思わず彼を見上げる。
他者に断りを入れるなど、今までのアロイスでは考えられなかった。
アロイスが少しずつ、変わっていっている。
シャロはアロイスの横顔を見上げたまま、手を引かれて歩き出した。
*
屋上庭園の一角、闇属性の魔法薬草が植えられている場所にシャロとアロイスはいた。
この場所だけは誰も近寄らず、天体観測をする穴場となっている。
冬の冷たい空気が二人を包む。
「ここなら、空も地上も見渡せる」
「わあ……!」
見上げれば、広大な空には散りばめられた星々が瞬いている。
下を見ると、校舎から外に出てきた生徒たちの姿が見えた。
「すごい……!」
その開放的な空間に、シャロは感嘆の声をあげる。
地上に集っている生徒たちを見渡すと、それぞれが楽しいひと時を過ごしているのが目に映る。
望遠鏡を使って見上げている者。星図を広げて仲間と見ている者。
「みんな楽しそう……」
眺めていると、急に生徒たちの歓声が響き渡った。
思わず肩を跳ねさせたシャロを見て、アロイスは上を指さす。
「空だ、シャロ」
シャロが仰ぎ見ると。
星空の中を、いくつもの流星が駆け抜けていく。
雨のように空を流れる星々に、シャロは目を奪われた。
(そうだ、なにかお願い事を……)
今日の流星に恋の願い事をすると叶うという伝説。
恋を覚えたばかりのシャロは、何を願おうかと頭を悩ませる。
アロイスはというと、近くのベンチに腰を掛けてシャロを見つめている。
シャロはそれに気づくと、そっとアロイスの隣に腰を下ろした。
いつでもシャロのことだけを見ているアロイスに、シャロは胸がくすぐったくなる。
「……アロイス先輩は、何か流れ星にお願い事しますか?」
「俺は何も願わない。……俺の望みを叶えられるのは、シャロだけだからな」
アロイスは涼しい顔で答える。
当たり前のようにそう答える姿に、シャロの胸が締め付けられる。
シャロは気恥ずかしくなって目を逸らすと、向かい側の校舎に目が留まった。
窓辺に、見慣れた人影が佇んでいる。
「アニエス先生とテオドール先生……!」
薄暗い窓辺にいる二人は、何やら楽しそうに話している。
何を話しているかはシャロには分からないが、その二人の姿を見ただけで顔が綻ぶ。
(やっぱりお似合いだなぁ、先生たち……)
色んなところで噂になっている二人に、シャロはくすくすと笑い声をあげる。
「楽しそうだな、シャロ」
「はい、楽しいです」
(けれど……)
シャロは笑いながらも、豊穣祭での光景を思い出していた。
流れる血。テオドールの声。
『誰かが死ぬ未来を知ったまま、見過ごすなんて私にはできなかった』
(ただ、大事な人を守ろうとしただけなのに……)
アニエスとテオドールは一度死にかけている。
その過去を超えて、笑い合う二人。
冬至が近づく中で、シャロはその光景を噛みしめていた。
(みんなにもこうして、笑っていてほしい)
シャロがそう胸の内で思っていると、シャロの右手が優しく包まれる。
シャロよりも少しひんやりとした手の感触。
横を見ると、アロイスが静かな瞳でシャロを見ていた。
「……シャロ」
「はい?」
シャロはそっと、その手を握り返す。
「俺は今日、初めて流星群を見た」
静かに語りだすアロイス。
シャロはただ黙って、それを聞く。
「冬の空気の中では、星空がこんなにも眩いとは知らなかった」
「……それだけじゃない。湖畔の空気が清涼であることも、極彩色の夜会の景色も、今まで知らなかった」
「全部、隣にシャロがいたから知ったことだ」
言葉のひとつひとつが、シャロの中に染み込んでいく。
「……シャロのいる世界は、こんなにも色鮮やかなのだな。ずっと暗い場所にいたから、知らなかった」
「アロイス先輩……」
まるで眩しいものを見るかのように、アロイスは目を細めている。
そのアロイスの表情に、シャロは思わず繋いだ手に力を込めた。
(そんな、まるで自分が世界の外側にいるみたいに言わないで……!)
「アロイス先輩。私、一番好きな色があるんです」
急に強く握られた手と、シャロの力強い声に、アロイスは目を瞬かせる。
シャロはそれを意に介さず、言葉を続ける。
「深い青色」
――アロイスの瞳の色。
「その色が、世界で一番好きな色です」
(貴方は、世界の外側の人なんかじゃない)
シャロの心の真ん中には、アロイスがいる。
そして、家族やサロンメンバー、アニエスやテオドールがいる。
夜会や天体観測会で、生徒たちの様々な表情を見た。
そのひとつひとつが、シャロの世界を彩っている。
「だから私は、その色鮮やかな世界を守りたい」
シャロの中に決意が生まれる。
今の世界では、誰かを想う心が世界にとっては不要なものだと判断される可能性がある。
その結果、世界から排除されて――誰かが悲しむ未来は、作りたくない。
(みんなで笑うために、アロイス先輩の隣にいる未来のために)
「私の願いは、みんなで冬至の日を乗り越えることです」
当代の『鍵』として。
シャロは流星に願った。
次回は7/20、20時更新です。
次週より、物語がクライマックスへと突入していきます!
次週以降は土日も休まず投稿いたしますので、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
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