30.「守る」とは、こういうことです
生徒夜会の日から数日が経った。
学院のあちらこちらで、夜会の日のことを語り合う声が聞こえる。
シャロはあの夜を境に、周囲の令嬢たちから羨望の視線を浴びることが多くなった。
(なんだか私、いつも色んな視線向けられてるなぁ……)
周囲の変化を肌で感じる。
入学した当初のように、居心地の悪いものではないけれど。
シャロが穏やかに過ごせる日々は、しばらくなさそうだ。
(それに、冬至の日だって近いもの)
予告された、秩序の神との再戦の日。
それまでは、シャロも『鍵』として研鑽に励まなければならない。
シャロは学院の廊下を抜け外に出ると、訓練場の隅の一角へと直行する。
「おっ、来たか、シャロ」
そこにはドミニクとウィリアムがいた。
近くにはアニエスとテオドールもいる。
「今日も訓練、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。共に頑張ろう、シャロ」
張り切るシャロに、ウィリアムが微笑みかけた。
秩序の神との再戦の日までに、サロンメンバーたちは出来るだけ自分たちの魔法を鍛え上げることにした。
それぞれが予定の合間を縫って、こうして集まり魔法の精度を上げていく。
今日はこの5人での訓練だった。
「アロイスは国王陛下に呼ばれていてね……行くのを渋っていたよ。アーネストとニコラは予定が入っているそうだ」
アロイスはシャロの傍にいたかったようだが、さすがに国王陛下の召集には逆らえなかったらしい。
その時のアロイスの様子が目に浮かんできて、シャロは頬を緩ませた。
ウィリアムとドミニクは、アニエスの攻撃支援魔法を受けた状態で訓練することとなった。
シャロの方は、テオドールがシャロの魔法を解析して戦略を考えていた。
「シャロさんの魔法を解析したところ、闇魔法の中でも影を操る魔法に適性があるようですね」
「影を操る魔法?」
「ええ。秩序の神と交戦した時、シャロさんが発動していた無数の黒い腕――あれは影を操って作られたものです」
あの時。地面から無数の腕が伸びていき、秩序の神を引き裂いた。
その光景を思い出して、シャロは思わず身が竦む。
「あの時はちょうど夕暮れ時。周囲の木々もあって影が多くできていた。シャロさんがあの魔法を発動するには絶好の条件だったと言えます」
「……すごい、先生の魔法はそこまで解析できるんですね……」
「……これが本来の私の役割ですから」
テオドールは曖昧に笑う。その言葉の真意は、シャロには分からなかった。
「シャロさんが鍛えるなら、適性のある魔法を磨くことが一番効率良いでしょう。幸いにも、影の操作はアロイスくんがあまり使わない魔法でもありますから。同じ闇魔法でも役割分担ができます」
「アロイス先輩って、そうなんですか?」
「ええ」
思い返してみると、確かにアロイスが影を操作していたことは記憶にない。
アロイスが発動していた魔法といえば、強制入眠、空間転移、時間停止といった高度な魔法だ。
こうして挙げてみると改めてアロイスの規格外さを痛感して、二人で苦笑いを浮かべる。
「でも影の操作だと、夜はかなり制限されてしまうのでは……?」
「そういう時は、彼女を頼るべきですね」
シャロの質問を予想していたように、テオドールは答える。
「アニエス先生!」
テオドールの声に、アニエスは指導の手を止めた。
ウィリアムとドミニクも魔法を止め、こちらの話を聞きに来る。
駆け寄ってきたアニエスにテオドールが一通りの説明をすると、アニエスは目を輝かせてシャロに向き直った。
「そういうことなら私の出番ね! 光源は任せてちょうだい!」
「すみません、アニエス先生……! 精一杯、頑張ります!」
女性二人が意気込んでいるのを見ながら、ウィリアムが問いかける。
「そうすると、アニエス先生に役割が集中しすぎる。秩序の神は更にアニエス先生を狙うでしょう……たしか光魔法使いは防御ができなかったですよね?」
光魔法使いは回復魔法を扱える代わりに、防御魔法が使えない。
アニエスも、基本的に回避魔法を使うことで攻撃を受けないようにしていた。
「俺たちが戦いながら守るか?」
「皆で守れば、いけるかもしれませんね」
「それには及びません」
ドミニクとシャロが思案するところに、テオドールが声を上げた。
全員の視線がテオドールに集中する。
テオドールは地面に視線を移し、そちらに手をかざすと――。
全員を囲むように、壁がいくつも現れた。
「な、なに!?」
「なんだこの魔力密度の高い壁……!」
急に現れた壁に、ウィリアムたちは慄く。
テオドールは、壁に触れて質感を確認しながら説明を始めた。
「土魔法は守りに強い属性です。この密度の壁ならばある程度の攻撃はしのげる」
「私もアニエス先生も、基本的に後方支援の役回りです。彼女の防御は私が担当し、皆さんは攻撃と自己の防御にのみ徹した方が、効率が良い」
淡々と説明するテオドール。
しかしシャロはその言葉に何かを感じ取ったのか、テオドールとアニエスを交互に見比べている。
ドミニクは説明を聞くと、壁に近づいてその表面を観察した。
「しかしこの壁、何層になってるんだ……? ちょっとやそっとじゃ崩れもしないだろ……」
ドミニクが軽く火魔法を発動させて壁にぶつけるが、そこには焦げ目すらつかない。
「殿下も土魔法使えるだろう? 殿下もこの壁は作れるのか?」
「無詠唱でこの密度の壁を即座に作ることはできないね……詠唱して少し時間をかければ、できなくはないけれど……」
ウィリアムは火・水・土・風の四属性を使うことが出来る。
そのいずれも高水準で扱えるが、極めた者には届かないようだ。
大体の戦略が固まってきた。
シャロはアニエスの支援のもと、影を操る魔法を磨き上げる。
ウィリアムとドミニクは、テオドールが繰り出す防御の壁に向かって、攻撃技を鍛えた。
「すごい……! アニエス先生の光が作り出す影、扱いやすいです!」
「なんで高等技ぶつけたのにびくともしないんだよ、あの壁……」
「表面が少し削れただけとは……魔法の密度が高すぎる……」
シャロは足元の影から自在に腕を操ることができるようになった。
ドミニクとウィリアムは全力の技を繰り出したが、テオドールの防御が崩れる気配はない。
生徒たちの魔力の勢いが落ち、体力的にも疲れが見え始めてきた。
訓練の終わりにアニエスがステータスを確認すると、それぞれが高い水準に達していた。
(このままいけば、ラスボス戦には十分対応できるわ)
アニエスが納得する横で、テオドールは何か思案するようにアニエスを見つめていた。
「テオドール先生?」
思わず声を掛けるアニエス。テオドールはそれに気づくと、微笑んで首を振る。
「いいえ、なんでもありませんよ、アニエス先生」
その微笑みに、アニエスは何も聞くことが出来なかった。
閉門時間が近づき、解散となった。
男性陣がそれぞれ帰る中、女性二人は手荷物を取りに保健室へと足を運ぶ。
「テオドール先生の防御魔法、すごかったですね!」
保健室へ行く道中、シャロが嬉々としてアニエスに話しかける。
なにやら期待のこもった視線がアニエスに突き刺さる。
「すごかったわね」
「この間はアニエス先生がテオドール先生を守ってましたけど……今度はテオドール先生が、アニエス先生を守るんですね。すごく……憧れます。互いに背中を預けてるみたいで」
シャロは口元に手をやりながら、きゃらきゃらと笑う。
(これはかなり……私とテオドールの仲を期待されてるわね……)
「たまたま上手く連携できているだけよ」
シャロの可愛らしい期待を否定することも出来なくて、アニエスはそう誤魔化すことしかできなかった。
「シャロちゃんは? 生徒夜会ではアロイスくんとパートナーだったし、良い関係じゃない?」
話題を逸らすべく、シャロの方に焦点を当てる。
シャロは急に話題の中心に引っ張り出されて、まごつきながら言葉を選ぶ。
「は、はい……アロイス先輩にエスコートしてもらって、ダンスを踊りました……」
(……あらあら)
シャロの言葉は最低限の情報しか語っていない。
しかし、その赤くなった耳と、熱のこもった瞳だけですべてを察することが出来る。
「アニエス先生」
シャロが遠慮がちに、声を掛ける。
「なあに?」
「大切な人とずっと一緒にいるためには……どうしたらいいんでしょうか……」
振り絞るようにして紡がれた問い。
その言葉を聞いて、アニエスはシャロの心中を思いやる。
きっとシャロには、『大切な人』への手の伸ばし方が分からないのだろう。
「そうね……やっぱり、言葉にすることが一番じゃないかしら」
「言葉に?」
「ええ」
恋の道を歩みだした少女を、励ますように伝える。
「シャロちゃんが『ずっと一緒にいたい』と思っていることを、ありのままにね」
「言葉は、私たちが持つ最強の武器なんだから」
きっと彼には、そのぐらい真っ直ぐに伝えた方が良い。
「それを受け止めてくれる人を、シャロちゃんは好きになったのでしょう?」
アニエスは隣にいるシャロを見る。
シャロはアニエスの言葉を噛みしめて――深く、頷いた。
「――はい!」
力強い、肯定の言葉だった。
保健室に戻り、アニエスが扉を開ける。
そのアニエスの背中を見ながら、シャロは言葉を漏らした。
「アニエス先生も」
「うん?」
その先を聞こうとして――。
「……いいえ、なんでもないです」
シャロは、言葉を飲み込んだ。
次回は明日20時更新です。




