表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/44

27.先人は彼女の背中を押す



 秋が徐々に深まっていき、日が暮れるのが早くなってきたころ。

 シャロとニコラはサロンのソファで和やかに談笑していた。

 ウィリアムたち上級生は、それぞれ用事があってサロンには来ていない。


「そうだ、シャロちゃん。ボクの大叔母様が今度、ごく近しい人を招待して夜会をするんだ! シャロちゃんを連れておいでって言われてるから、生徒夜会の練習がてら行ってみない?」


 急なニコラの誘いに、シャロは驚きながらも微笑む。


「本来なら生徒夜会が、実際の社交のための練習の場では?」

「うっ。鋭いツッコミ」

「ふふ、冗談です。……私が行ってもいいんですか?」

「もちろん!」


 シャロはすでにデビュタントを済ませているが、社交の場に参加したことはまだほとんどなかった。


「ニコラくんも一緒なら安心です。ぜひ参加させてください!」


 気心が知れており、社交の得意なニコラが共にいれば不安はない。

 シャロは貴族令嬢として参加する夜会に、胸を高鳴らせた。


「夜会はどちらで行われるんですか?」

「ああ、大叔母様は王族に嫁いでいてね、王家の離宮で行われるんだよ」

「……ええっ!?」


 部屋の中に、シャロの大きな声が響き渡る。

 驚いたシャロは、思わず手に持っていたティーカップを取り落としそうになった。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳です……」


 あっけらかんとして目を瞬きさせるニコラに、シャロは苦笑いを浮かべた。

 ニコラは軽く「ごめんごめん」と言いながら話を続ける。


「ボクの家は元々王家と縁があってね。ヴェルヌ家は貴族間の派閥争いに参加しない家だから、何かあったらヴェルヌ家から王族の妃を出すことが度々あったんだって。大叔母様もその一人」

「なるほど……」


 話を聞きながら、シャロは以前、ニコラが『社交のヴェルヌ家』という言葉を使っていたことを思い出した。

 ヴェルヌ家は代々、その立ち回りの巧妙さで地位を維持してきたのだろう。


 ニコラとの会話の中で、シャロはふと、あることに気付く。


「もしかして、ニコラくんとウィリアム殿下が親しいのはそういう理由で……?」

「そうだよー、幼馴染ってやつだね。……えっ、もしかしてボク、やたら王族に馴れ馴れしい奴だって思われてた……?」

「そんなことはないですが!」


 慌てて否定しながらも、シャロは合点がいっていた。

 普通の伯爵家子息であれば、王太子に対してあれほど自由に話しかけることはできない。

 二人のこれまでの時間が、今までの会話に現れていた。


「そしたらとりあえず、夜会は参加ってことで大丈夫だね。今度改めて招待状を送るよ」

「はい。よろしくお願いします」


 話がまとまったところで、ニコラがぽつりと零す。


「……今回は大叔母様からの招待だし、さすがにアロイスも何も言えないでしょ」

「アロイス先輩がどうかしたんですか?」

「ううん、なんでもない。こっちの話」


 ニコラの言葉の真意は、シャロには伝わらなかった。


 *


 しばらくして、夜会の当日となった。

 ニコラがシャロをエスコートし、会場に入る。

 ニコラ曰く『小規模な夜会』ということだったが、それでも王族主催の夜会だからか、離宮のホールは賑わっていた。


「よく来てくれたわね、シャロさん。ニコラも」


 美しい白銀の髪をした老婦人が、二人を迎える。

 シャロとニコラは、首を垂れて挨拶をした。


「お初にお目にかかります。ノルン男爵が娘、シャロにございます」

「ヴェルヌ伯爵が子息、ニコラにございます。……久しぶりだね、大叔母様」


 今夜のパーティの主催、ニコラの大叔母であるカミーユ。

 彼女は顔を綻ばせて、二人の挨拶を受け取った。


「二人ともそう畏まらなくて良いわ。今日はささやかな集まりですから。……ニコラのお友達なら、私にとっても可愛い親類のようなもの。シャロさんも、私のことはカミーユと呼んでちょうだい」

「光栄にございます、カミーユ様」


 一通りの挨拶が終わると、ニコラとシャロは貴族たちの輪の中に加わった。

 同年代の貴族たちとの会話を楽しみ、交流を深めていく。

 貴族の嗜みとしてのダンスも、ニコラが上手くシャロをリードした。


「……シャロちゃんは、生徒夜会では誰と踊るの?」

「まだ決めてなくて……」


 ステップを踏みながら、二人でひそひそと会話をする。


「まあ気にしなくても……そのうちアロイスが誘ってくると思うよ」

「そう、ですかね」


 当然のようにニコラが口にした言葉。

 いつものように、シャロが苦笑するかと思われたが、その時は反応が違った。


(……あれ?)


 軽く俯いて、頬がほんのり紅潮している。


「そうだよ。気長に待ってるといいよ」


 ニコラは安心させるように、そう言って笑った。


(シャロちゃんも満更でもないのかな……)


 シャロの初々しい反応は、そっとニコラの胸にしまわれた。


 *


 会場の空気もだいぶ温まってきたころ、ニコラとシャロは別室へと呼ばれた。

 案内された応接室へと入ると、そこにはすでにカミーユがいた。


「急にごめんなさいね。少し、シャロさんにお話ししておきたいことがあったものだから」


 不思議そうな表情を浮かべるシャロに、カミーユが微笑む。

 カミーユは二人を着席させると、静かに話を切り出した。


「私の母もヴェルヌ家の者なのだけどね……私の母はかつて、王家に嫁いだ『鍵』の侍女をしていたの」

「……えっ?」


 突然の、『鍵』に関する情報に。

 シャロもニコラも驚きの声をあげた。


「えっちょっと待って、なんで大叔母様が『鍵』のことを知っているの?」

「順を追って話すわね」


 カミーユ曰く。

 本来『鍵』の存在を知る者は、『鍵』の家族、国王と王妃、王宮の上級神官数名、魔術学院長のみとなっている。

 しかし『鍵』が王家に嫁いだ場合はその限りではなく、『鍵』の配偶者と身の回りの世話をする従者たちにも共有される、とのことだった。


「母が『鍵』の侍女だったことで、私が王家に嫁いだ時に教えられたの。嫁いだ時には『鍵』の方はまだご健在だったから……お話し相手となるべくね」


 懐かしむように過去を語るカミーユ。

 その表情に、『鍵』への畏怖はなかった。


「随分前にお亡くなりになったけど……シャロさんが当代の『鍵』なら、先代にあたる方ね」

「ま、まって大叔母様! 色々情報が多くてついていけてないんだけど!」


 軽やかに話を続けるカミーユに、ニコラは待ったをかけた。

 シャロにとっても興味深い話だったが、いかんせん不意に始まったので衝撃が続いている。


「そもそも! 『鍵』について知ってたならなんで教えてくれなかったのさ!」

「あのねぇ……基本的にこれは秘匿される情報なの! それに私も、シャロさんが当代の『鍵』であることを知ったのはつい最近なんだから! ……私ですら、気軽に扱える情報ではないのよ」


 身内同士らしい、軽口の応酬が繰り広げられる。

 その光景に、シャロは思わずくすりと笑った。


 その姿を見たのか、カミーユは咳払いをすると、シャロを優しい目で見つめる。


「私も詳しくはないけれど、『鍵』の役割の重さは聞かされているわ」

「……シャロさんはいきなり、世界の命運を背負わされたのだもの。少しくらい情報を教えてもらわなければ不公平でしょう? ……シャロさんには、私が知る『鍵』について教えてあげたかったのよ」


 カミーユの、慈しむような声。

 シャロの目頭が、熱くなった。


 それからカミーユは丁寧に、先代の『鍵』について語って聞かせた。


「彼女は光魔法の使い手でね。……シャロさんと同じように、男爵家の御出身だったわ」


 数えるように、先代のことを挙げていく。

 『鍵』は世界の命運を握る存在として、王家に保護されていたこと。

 そこから当時の王弟と恋仲になり、王家に嫁いだこと。

 時折、国王たちと密談をしていたこと。


「彼女に恐れを抱く者もいたけど、彼女自身はいたって普通の女性だったのよ。よく図書館にいらっしゃって……読書を通じて、当時の王弟殿下と恋に落ちたんですって」


 カミーユは少女のように、朗らかな笑みを浮かべる。

 カミーユの話から聞く先代の『鍵』は、ありふれた日常を楽しみながら生きる女性だった。


 シャロの心に埋め込まれていた、『鍵』という重責。

 それは今もなお残っているが――懸命に生きた先達の話は、シャロが抱える重さを少しだけ和らげてくれた。


「貴重なお話を、ありがとうございます。同じ境遇だった方のことを知ることができて……とても、励みになりました」


 シャロは背筋を伸ばして、前を向く。

 この夜は、彼女にとって大切な夜となった。


 *


 一通り『鍵』の話が終わる。

 終わった途端、カミーユはそれまでの表情をがらりと変え、少女のように瞳を輝かせた。


「ところで話は変わるけど、二人は生徒夜会で一緒に踊るのかしら?」


 ときめくような瞳のカミーユに、シャロは呆気にとられ、ニコラは辟易とした。


「でたよ大叔母様の恋愛話好き……シャロちゃんこれ長くなるよ」

「まあ失礼ね。それで、どうなの?」

「シャロちゃんはアロイスが目付けてる。相手は決まってるようなものだよ」

「まあ、あのアロイスが?」


 怒涛のやり取りにシャロは目を回す。

 包み隠さず伝えるニコラ。

 カミーユは目を輝かせたまま、シャロを見た。


「あ、アロイス先輩と踊れたら良いなとは、思ってますが……」

「……あの子が心を許すなんてよっぽどだわ。シャロさん、頑張ってね」


 カミーユはそう言うと、シャロに向かって軽快にウインクを飛ばした。

 そのままカミーユはニコラに向き直ると、新たな情報を話し出した。


「ちょっと小耳に挟んだのだけど……貴方たちの近くにいる、ローレンス家の御嫡男とダニエ家の御令嬢……お二人は良い仲なのかしら?」


 その言葉に。

 ニコラは硬直し、シャロは歓喜が滲んだ声をあげた。


「大叔母様……それはどこからの情報?」

「とある筋からの情報よ。先日貴族街のカフェで二人を見かけたと。……ねえ、どうなのかしら?」

「えっ、そうなんですか!?」

「シャロさんも気になっちゃうわよねぇ!」


 かしましく盛り上がる女性二人の横で、ニコラは頭を抱えた。


「ボクも詳しくは知らないけれど、普通の同僚といった雰囲気とは違うかな……」

「まあ、そうなのね! 何か進展があったら教えてちょうだいね!」

「分かったよ……」


 恋の話に花を咲かせて、夜は更けていく。



次回更新は13日(月)20時です。

アニエスたちの関係がどんどん加速してまいりますので、来週もぜひお付き合いください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ