26.観測者失格
テオドールとデートの約束をしてから、あっという間に当日となった。
なんだかんだと言いながら、外出用の上等なドレスに着替える。
「よくお似合いですよ、お嬢様」
「ありがとう……」
周囲のメイドたちも、なんだか楽しげだ。
同じくタウンハウスに住んでいる兄にデートの報告をすると、大喜びで領地の両親たちに知らせると言っていた。
『ローレンス家のご嫡男か! ローレンス家は歴史ある名家だ、そこと縁ができるのは我が家にとっても悪いことではない。なにも気にすることはないぞアニエス!』
(本人をおいて盛り上がられると戸惑うしかないわね……)
降って湧いたデートの話に、周囲ばかりが湧きたっている。
その中心で、私は小さくため息をついた。
*
迎えに来たテオドールにエスコートされ、私たちは貴族街にある静かなカフェへと足を運んだ。
落ち着いた色合いの調度品。店内にはやわらかな紅茶の香りが漂う。
客は多くなく、穏やかに話をするにはちょうど良い。
「素敵なお店ですね」
「ええ。派手ではないですが、静かに物思いにふけることが出来ますから。……気に入っている店なんです」
テオドールは慣れた様子で、温かい紅茶を注文する。
私もメニューに一通り目を通しながら、茶葉を選ぶ。
その中でふと、スイーツの項目に目が留まる。
(……なんだかどれも美味しそうね……)
ショコラケーキ、レモンパイ、ベリータルト……。
ただの文字列のはずなのに、心が誘惑されてしまう。
(……ん?)
私が顔をあげると、テオドールがじっとこちらを見ていた。
「……なにか?」
「いえ。……その茶葉なら、ベリーの酸味によく合いますよ」
スイーツに目が行っていることがバレていた。
……なんだかものすごく気恥ずかしい。
でも、せっかく勧めてくれたので、そこは素直に注文することにした。
恥ずかしさを紛らわすように、話題を変える。
「今日は連れ出してくださってありがとうございます。フランソワ先生のお誘いを断ってくれただけでも助かりましたのに……」
「いいえ、気にしないでください。……近頃は調査や豊穣祭で慌ただしかったですから、たまには休息するのも良いでしょう」
「お優しいのね」
注文した紅茶とスイーツが運ばれてくる。
カップを手に取り、香りを楽しむ。甘酸っぱいベリーに舌鼓を打つ。
心が和らいでいく。
ここで、私はテオドールにひとつ疑問を投げかけた。
「……テオドール先生は、私に何もお聞きにならないの?」
ウィリアムたちとの話し合いの場で、私はこの世界のシナリオを知っていると明かした。
あの場では、テオドールは私になにも追究しなかった。
しかし、テオドールの性格上、気にせずにはいられないことばかりだろう。
「もちろん、聞きたいことは山のようにあります。……ただ、『異界の魂』などのアニエス自身に関わることは……貴方が話したくなったら、教えてください」
テオドールは、探究心の塊のような人だ。
そんな彼が、知りたいと望みながら、私を尊重して無理に聞き出さないようにしてくれている。
そのような振る舞いをするテオドールは今までに見たことがない。
……キーワルのシナリオでも。
「ああ、でも……“物語のように”この世界を知っていた、という点は興味深いですがね」
「ああ、そのことですか」
この世界のことなら、ある程度明らかにしても問題ないだろう。
……すでに『異界の魂』と呼ばれてしまっていることだし。
今、私が話したくないことは、前世で事故死した結果この世界に転生したことと、テオドールを推していたことだけだ。
転生の件は聞いていて気分の良い話ではないし、推していたことを話すのは単純に恥ずかしい。
「私にとっては、この世界を描いた物語が実際に存在していたんです。私はそれを読んでいて……その中に描かれた出来事を知っている、といった形ですね」
「なるほど。……ひとつの物語を詳細に覚えているのは、素晴らしいですね」
何気なく言われた言葉に、ふと気付く。
確かに普通の小説ならば、一度読んだだけでは事細かには覚えていられないだろう。
ゲームの周回プレイをしたからこそ、詳細に覚えていられる。
「何度も繰り返し読む必要があった物語なので」
「……繰り返し読む必要がある物語、ですか」
そこで、私は言葉を間違えたことに気づいた。
伏線を確認するために再読するわけではなく。
気に入っているから繰り返し読んでしまうわけでもない。
『繰り返し読む必要がある』と、言ってしまったのだ。
そして、テオドールはその些細な言葉の違いを聞き逃さない。
「それはどういった形式の物語なのですか?」
案の定、追究された。
*
「……簡単に言えば、読者の選択によって話が分岐する形の物語でして……」
「分岐、ですか」
目の前のアニエスは、明らかに「やってしまった」という顔をしていた。
物語の内容を開示するにしても、ここまで話すつもりはなかったのだろう。
試しに追究してみたところ、彼女は少しずつ詳細を話してくれた。
「ええ。シャロさんを主人公として、彼女と親しくなる相手によって、その話の内容が変わるのです」
「“親しくなる相手”?」
軽く復唱しただけなのだが、アニエスはますます顔色を悪くしてしまった。
……彼女を追い詰めたいわけではなかったのだが。
これについて更に聞き出すのは躊躇われたので、別の疑問を口にする。
「私はそのすべての分岐で死んでいたのですか?」
「……生き延びていた分岐も、ありました」
彼女から知らされる新たな情報。
アニエスの顔を見る。先ほどとは違って、表情は硬いがこちらを真っ直ぐに見ている。
……話しても良いと、判断したのだろう。
「この世界では、その『生き延びた分岐』を選べなかった?」
「……はい」
彼女はただ静かに、肯定した。
私は一度沈黙して、深く思考していく。
その情報を聞いて、まず思い出したことがあった。
我が家で『観測者』について調査していた時、アニエスはある人物の情報を見て何かに気付いた。
エレノア・ローレンス。
『鍵』と結婚した『観測者』。
我が家においては珍しく、長生きした女性。
『彼女と親しくなる相手によって、その内容が変わるのです』
『生き延びていた分岐も、ありました』
アニエスは物語について、そう言っていた。
……ここで嘘をつくことはないだろう。
わざわざ魔法を使って判別するまでもない。
(……なるほど)
つまり。
私がシャロ・ノルンと結ばれる……あるいはそれに匹敵するほど親密になる。
おそらくそれが、私の生存確率を上げる方法だった。
思わず苦笑いがこみ上げる。
『観測者』の宿命とはこうも、重い。
「……ああでも、誤解のないように伝えておきたいのですが」
沈黙を破って、アニエスが話し出す。
「その『生き延びた分岐』へ進むにはいくつか条件がありました……。それこそ、世界を変えなければ達成されないような、どうしようもない条件も」
「私に……いいえ、“私たち”に出来ることはすべてやったのです。……あの場では、あの方法が最善策だった」
彼女は、躊躇なくそう言い切った。
――命をかけたことを、『最善策』だなどと言って。
「こうしてテオドールを助けられて、本当に良かった」
心から喜んで、微笑むのだ。
……彼女のことが、分からない。
『生き延びる分岐』へ進むにはいくつか条件があると言った。
私がシャロと結ばれることの他に、もっと根本的な原因があったのだろう。
彼女にはその分岐が見えていた。
そして、選べなかった。
(……実現不可能な解決策なんて、存在しないようなものだ)
選べなかったからこそ、彼女は身を呈して私を助けた。
解決策を選べない歯痒さ。その代わりに命をかけるあやうさ。
その時の彼女の心中は、いかばかりか。
(同じ『実現不可能な解決策』でも、私のものとは質が違う)
私よりもずっと過酷な道を辿ってきた彼女。
これ以上彼女に無茶をさせないためには、私が『観測者』の役割を全うすることが最良の道だ。
分かっている。理解している。
けれど。
「テオドール?」
不思議そうに首を傾げてこちらを見るアニエス。
彼女の瞳を見る。
(……ああ、だめだ)
私の中にはもう、アニエスがいる。
彼女を、知ってしまった。
忘れることなどできない。戻ることなどしたくない。
私は彼女の奥底まで、知りたい。
「……私は『観測者』失格だと、痛感しまして」
これが、私の出した最終的な結論だ。
次回は明日20時更新です。




