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25.暴いて、暴かないで



 今後の方針も決まり、中ボス戦は一区切りついた。

 ラスボス戦までは約3カ月弱。

 その間も、学院内ではイベントが続く。


 そんな中、私は職員の定例会議に出席していた。

 秋以降の学院内の行事について、話し合いが行われている。


(キーワル内だと、生徒夜会と天体観測会が恋愛イベントになるのよね……)


 生徒夜会はその名の通り、晩秋に生徒主催で行われる学院内での夜会である。

 天体観測会は、初冬に星を観測するイベントだ。


(生徒夜会は攻略相手とのダンスがあるし、天体観測会は良スチルイベントだから楽しみだわ)


 前世の記憶を掘り起こす。

 キーワルにおいては、シナリオ後半の重要な恋愛イベントであるが……。


(シャロちゃんから、ちゃんと恋愛の話を聞いたことがないのよね……)


 実のところ、今までシャロから恋バナといったものを聞いたことがないのである!

 この世界のシャロが恋愛に興味がないのなら、それで良いのだけれど……。


 豊穣祭以降、シャロが保健室に来る頻度が減った。

 シャロの努力が、生徒たちにも伝わってきたのだろう。

 時折学内で、クラスメイトたちと楽しそうに話しているのを見かけるようになった。


(少し寂しいけれど、学院生活を楽しめているなら良かったわ……)


 たった一度の学院生活だ。思う存分、楽しんでほしい。

 それが私の望みだ。


(イベントも大事だけど、ラスボス対策も進めないと……)


 秩序の神との再戦のため、やらなければならないことが山積みだ。

 まずはシャロの闇属性化の調査。

 そしてサロンメンバーの鍛錬だ。


 闇属性化の調査は王家が担当するとしても、鍛錬は自分たちで行わなければならない。

 私はサポートキャラという立場上、彼らのステータスを見ることができる。

 今のステータスも低くはないが、念には念を入れて出来るだけ成長させてあげたい。


(……まだまだ頑張らないと!)


 当初の目標である『テオドールの死亡回避』は達成された。

 あとはこのまま、ハッピーエンドまで突き進むだけだ。




 会議が終わり、職員たちはそれぞれ自分の持ち場へと帰っていく。

 私も保健室に戻ろうと会議室を出ようとした。


「アニエス先生!」


 出ようとしたところで、聞きなれない声に呼び止められる。

 振り返ると、普段あまり話したことのない男性教員がいた。


「……ごきげんよう、フランソワ先生」

「こんにちはアニエス先生。いきなり呼び止めてしまって申し訳ない」


 目の前の青年は笑みを浮かべている。

 ……今までほとんど、呼び止められることなどなかったのに。

 急にどうしたのだろう。


「豊穣祭、お疲れさまでした。アニエス先生のご活躍も耳にしておりますよ」

「いえ、そんな……生徒の皆さんが首尾よく取り仕切ってくださいましたから。私はそれを少しお手伝いしたまでですよ」

「ご謙遜を。……アニエス先生は学院長からの信頼も厚い。ノルン男爵令嬢をずっと保護されていらっしゃる」


 急な褒め言葉の数々に、何やら嫌な予感を察知する。


「アニエス先生とは、一度ゆっくりお話をしてみたいと思っていたんです。……いかがでしょう、よろしければ来週の我が家の茶会にいらっしゃいませんか?」


(……そういうことかー!)


 私の予感は的中した。

 魔法学院では、基本的に旧家の後継者以外の人物が教員となる。

 そのため教員の中には婚約者がいないものも多い。


(そうだ……私は転生者や保健医である前に、一人の貴族令嬢だったわ……)


 教員同士で結婚というのも、よくある話だ。

 そして私には婚約者はいない。

 ……そういう目的で声を掛けられることも、ある。


(正直今はそれどころじゃないのだけれど……でも断ると角が立つかしらね……)


 自分の感情と、体面とを天秤にかける。

 悩むが、家のことを考えると受けた方がいいだろうか――。


「アニエス先生」


 頭を悩ませていたところに、静かな低音が響く。

 よく知っている、この声。


「……テオドール先生」


 振り返ると、テオドールが立っていた。

 彼はいつもの、よそ行きの笑みを浮かべている。


「どうされたんです?」

「いえ……フランソワ先生から、来週のお茶会にお誘いいただきまして」


 当たり障りなく、テオドールにも話す。

 ……視界の端で、フランソワ先生がものすごく困惑しているのがわかる。


 居心地の悪さを感じていると、テオドールが静かに私の横に並んできた。

 ……肩が触れそうなくらい、距離が近い。


「来週、ですか。……それはいけない」


 テオドールが何か言っているが、私はそれどころじゃなかった。

 今までの調査で偶然距離が近づいたことはあったけど、これは明らかに意図的だ!


「――アニエス先生、来週は私との約束があったでしょう?」


 その、白々しい声!

 テオドールは澄ました顔で小首をかしげている。

 私が何も言えない間に、テオドールは話を進めていた。


「申し訳ありません、フランソワ先生。残念ですが……」

「あ、ああ! ……またの機会がありましたら、お声がけしますね!」


 テオドールの有無を言わさない笑顔に、フランソワ先生はそそくさと立ち去った。

 ……『またの機会』は、来ないだろう。


(この断り方は……貴族なんてゴシップ好きなんだから、噂の火種になってもおかしくないのに……)


 内心頭を抱える。

 テオドールは一体どういうつもりなのか。

 横目でテオドールの表情を伺っても、何も分からなかった。


「……すみませんでした、テオドール先生」

「いいえ。お困りのようでしたので……女性からは断りにくいものですしね」


 ……テオドールなりに、気を使ったという側面もあるらしい。

 ひとまず話は片付いたので、私とテオドールは会議室を出た。

 私は保健室、テオドールは教室。

 途中まで、二人で歩いていく。


「そういえばアニエス先生」


 唐突に、テオドールが話し出す。


「先ほど『先約がある』と言って断った以上、その事実はあった方が良いと思うんです」

「……はい?」


 こちらを見るテオドールの顔は、この状況を楽しんでいるようだった。


「どうでしょう、その日は私と過ごすというのは」

「……ええ!?」


 今度こそ、声が飛び出た。

 周辺にいる生徒が何事かとこちらに視線を向ける。

 テオドールは堪えきれないように、口元を押さえて笑っている。


「おかしいですか? 私がアニエス先生を誘っては」

「そういうわけでは……ないですけれど」


 つまりはデートということなのだろう。

 嫌なわけがない。私の感情のままに言えば、嬉しい。

 ――しかし、どうしても素直に答えられない理由がある。


「では、来週の詳細は改めて相談しましょう」


 私の胸中など露知らず。話は先に進んでいく。

 デートの予定は改めて詰めることにして、テオドールと私はそれぞれの持ち場へと戻った。


 誰もいない保健室に戻り、一人椅子に座ってため息をつく。

 ……テオドールルートが、進行している。


(あの表情は何度も見た)


 誰に対しても、冷めた瞳で見ている彼。

 そんな彼が、愛する人にだけ向ける熱のこもった瞳。


 ――私に向けられる瞳と、とても近い。


(……でも、これがいつまで続くかわからないもの)


 それでも、同じ熱量を返せない理由があった。

 彼が私に興味を向ける理由。

 それは、私に謎があるからだ。

 私はまだ、私の知るすべてを彼に伝えていない。

 前世のこと。テオドールを推していたこと。


(……これを全部話せば、私はただの“アニエス”になる)


 謎がすべて暴かれてしまえば、もう彼が私に興味を持つ理由はなくなる。

 もちろんそれで、私への扱いが急に雑になるとは思わない。

 テオドールは誠実だ。今までずっと、ゲームでもこの世界でもテオドールを見てきた。

 けれど、どうしても。


「私がただの“アニエス”になっても、それでも同じ瞳を向けてくれるのかしらね……」


 その不安が、私を素直にさせない。


 *


 放課後になり、生徒たちは三々五々、教室をあとにする。


「テオドール先生、さようなら」

「はい、さようなら」


 テオドールは生徒たちを見送ると、誰もいなくなった教室で一人息をついた。


「……『照会。アニエス・ダニエ』」


 テオドールは静かな声で魔法を発動する。

 テオドールの周囲に広がる学院名簿。その中にあるアニエスの項目。


(以前は彼女の情報を見ることは出来なかった。しかし……彼女が『異界の魂』だと分かった今なら……)


 春に、アニエスに違和感を覚えて情報を探ろうとした時。

 その時はアクセス権限がないと警告する画面が表示された。

 状況が変わった今、果たしてどう表示されるのか。

 テオドールの指が詳細画面を開こうとする。


 >承認 詳細画面を表示します


「……!」


 以前とは異なる文面。

 ほどなくして、画面が切り替わる。

 基本的な個人情報の中、目を引く項目が現れる。


「おや、これは……」


 【アニエス・ダニエ】解析中 ???/100%


 何かを解析している表示。

 横にあるパーセンテージは進行度だろうか。


「解析しているのか、はたまたされているのか……ん?」


 テオドールの視線が、あるところに釘付けになる。

 解析中の文章の下。


 >備考:解析結果はテオドール・ローレンスのみ閲覧を許可


 その一文に、テオドールは表情を緩めた。

 指先でその一文を辿る。


「……なるほど。“私だけ”、なんですね」


 その彼の声色は、誰もいない教室だけが知っている。



次回は明日20時更新です。

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