24.実現不可能な解決策
世界に異変が起こっても、日常は続いていく。
私の怪我はすっかり癒えていた。
しばらく王家で検査を受けていたシャロも無事に復帰を果たし、また平穏な学院生活が始まった。
豊穣祭の日、祭壇で起きた出来事は関係者のみが知るところとなった。
私たちが欠席していた理由は、「初めての祭事で魔力を使いすぎたシャロは療養し、実質的な主治医であるアニエスはそれに付き添った」とされている。
そうした日常の中で、秩序の神と会敵したメンバーがサロンに揃うこととなった。
珍しく、アロイスもちゃんと出席している。
今までそれぞれが抱えていた情報の共有と、いずれ必ず現れる秩序の神への対抗策を練るために。
「皆、それと先生方も、今日は集まっていただきありがとうございます」
ウィリアムの発言を皮切りに、王家が保持していた情報が共有される。
私やテオドールは、秩序の神の排除対象であるため参加できなかった。
情報のひとつひとつを、私の持っている知識と照らし合わせて確認していく。
「通常、『鍵』と呼ばれる存在は光属性だとされるけれど、シャロは周知の通り闇属性だ。この差異については今後王宮でも調査することになっている」
『鍵』の存在。この世界の成り立ち。『観測者』とはなにか。
……おそらく、キーワル本編では明かされてなかった事実たち。
(特にレーンベルク家の背景にそんな事情があったなんてね……)
混沌の神が残した『異分子』。
アロイスという人間の根幹となる事実を噛みしめる。
国王との話し合いの結果、シャロは秩序の世界の有り方に抗うことを決意したという。
国王がシャロの味方に付くと宣言したそうだ。
「秩序ある世界のために、3人が排除されちゃうなんて……私にはどうしても、耐えられなかったんです」
決意を秘めた声。
シャロは静かに、しかし揺るぎない姿勢で言い切る。
その姿はとても頼もしく――私の心を締め付けた。
「シャロの望みは、叶えてみせよう」
「あそこまで言われたのです。やれるだけのことをやってみましょう」
アロイスとテオドールが、シャロの言葉を肯定する。
私はというと、隣に座るシャロの手を右手でそっと握った。
「――ごめんなさい、シャロちゃん」
シャロの丸い瞳が、大きく開く。
「重い選択を、貴方一人に背負わせてしまったわ。でも――ありがとう」
世界に抗うと決断する。
シャロが決めなければ、秩序の神は打破できない。
シナリオでそう定められていることは理解しているけれど――まだ少女のシャロに決断を背負わせなければならないことが、歯痒かった。
「――私、ずっとアニエス先生に助けてもらってましたから! このくらい、へっちゃらです」
シャロの眩しい笑顔。
彼女はまるで重責などないかのように振舞う。
本当に――この子には敵わない。
シャロとの会話が途切れたところで、ウィリアムが私を見据えながら口を開く。
――そうだ、まだ残された謎がある。
「……ここでひとつ、明らかにしなければならないことがあります」
周囲の生徒たちは静かに、私に視線を向ける。
「アニエス先生。秩序の神は、貴方を『異界の魂』と呼んだ。……これは王家の記録にもない言葉です」
「『鍵』でもなく『観測者』でもない存在――アニエス先生、貴方は何者ですか?」
――ついに、この時が来た。
もう隠すことは、できない。
「私自身はこの世界の人間です。しかし――秩序の神がおっしゃる通り、私には異なる世界の記憶があります」
その瞬間。
生徒たちがわずかにどよめいた。
困惑するシャロやニコラたちの声。
その中でテオドールだけが、表情を変えないまま私を見ていた。
「厳密に言うと、異なる世界からこの世界のことを、物語のように見ていた記憶がある、といったところですわね」
「私はこの学院でなにが起こるか、断片的にですが知っています」
慎重に言葉を選びながら語っていく。
生徒たちを余計に混乱させないように。
「私の知る物語では……先日の豊穣祭、秩序の神と邂逅したことも描かれていました」
「……なぜそのことを誰にも話さなかったんです?」
アーネストからの鋭い指摘。
しかしこれぐらいの追及は予想している。
「この世界に未来を予知する魔法はないですもの。……秩序の神と交戦するなんて、そんなことを言っても気が触れていると思われるだけでしょう?」
苦笑いをしながら答える私に、アーネストは納得したように口を閉ざした。
他の面々は、私が次に何を話すか、無言で待っている。
――ここまで話したら、このことも明らかにしなければ。
「物語の中では、秩序の神と交戦し――テオドール先生が命を落とす筋書きでした」
私がずっと隠し続けてきたこと。
私がなんのために動いていたのか。
「秩序の神にとっては、それが正しい筋書きなのかもしれません。けれど……誰かが死ぬ未来を知ったまま、見過ごすなんて私にはできなかった」
「それを防ぐために色々と動いていたのだけれど……それが秩序を乱すと判断された、ということでしょうね」
誰も、何も。
一言も、発さなかった。
王族として感情を顔に出さないように育てられたウィリアム殿下ですら、戸惑いを隠せていない。
私の言葉にフォローを入れるように、テオドールが横から話し出す。
「以前殿下にお渡しした手帳内の調査結果ですが……あれはアニエス先生と共に調べたものです。……私が死ぬはずだったということは、最近知りましたが」
テオドールの補足はありがたい。
これで、少なくとも私が敵ではないことを分かってもらえるといいけれど。
そう考えていると、私の右腕が強く掴まれた。
反射的にそちらを見ると、泣き出しそうな顔でシャロがこちらを見上げている。
「アニエス先生こそ、ずっと一人で戦ってたじゃないですか……!」
「シャロちゃん……」
ああ、本当にこの子は優しい。
自分のことではなく、誰かのために、泣ける子なのだ――。
その大きな瞳から零れ落ちた涙を、ハンカチで拭ってやる。
その様子を見ていたニコラが、ぽつりと言葉を漏らした。
「学院で起こることが分かるといっても、いまいちピンとこないなぁ……」
確かに、今の私は実際に起きたできごとを「知っていた」と後出しで言っているだけだ。
こればかりはどう説明したらいいかが難しい。
「それについては、私が保証しましょう」
私が頭を悩ませていると、テオドールが私の代わりに答えてくれた。
「春ごろからアニエス先生のことを観察してきましたが……実際に彼女は、未来に起こる出来事に先回りして動いていることが多々ありました」
「君たちも知っていることだと……シャロさんがアロイスくんと初めて会った時に、彼女が介入しています。あのタイミングで介入するのは、アロイスくんがあそこに現れることを事前に分かっていないと難しい」
「……そういえば、そんなことあったな……」
テオドールの説明に、ニコラは納得したように何度も頷いていた。
テオドールの方をちらりと見ると、彼は私を見てほんのわずかに、口角を上げて笑った。
そうしていると、ドミニクが気まずそうに話に入ってくる。
「未来のことが分かるってことは……秩序の神が次にいつくるか、分かるんですか?」
そうだ。彼らにとってはそれが一番気がかりだろう。
もちろん、秩序の神が再来するタイミングは決まっている。
「ええ。私の記憶とズレなければ――冬至の日に」
一年でもっとも昼の時間が短い日。
光属性の魔法は太陽の影響を受ける。
本来のシャロが一番魔法の制限を受ける日に、ラスボス戦は起きる。
「ただ、次の会敵はきちんと対策を練れば、乗り越えられるでしょう」
ラスボス戦では、中ボス戦のように『確定された死』は起こらない。
キーワルのシステムでは、全員のステータスをきちんと上げれば、バトル上は負けることはなかった。
「皆がしっかりと鍛えて、シャロちゃんが『秩序の神の世界から卒業する』と宣言すれば倒せるはずです」
私の言葉に、全員が息を飲んだことが分かった。
……そして、秩序の神に打ち勝つために、意気込んでいることも。
「秩序の神に抗うには、相応の論拠と覚悟が必要。できるだけ、この世界の情報を皆で調べましょう」
私の言葉に、全員が深く頷く。
誰も欠けることなく、ラスボスへ臨む。
ここから先は、今まで以上に私の知らない世界になるだろう。
でも――テオドールの運命を変えられたのだ。
最後まで、皆をサポートして――ハッピーエンドに導いてみせる。
*
今後の方針が決まったところで、お開きとなった。
それぞれが、自分の帰るべき場所へと帰っていく。
「テオドール先生!」
一人廊下を歩くテオドールの背後から、ニコラの朗らかな声が聞こえてきた。
「ニコラくん、どうしましたか?」
「えへへ、少しお話良いですか?」
「構いませんよ」
静かな廊下に、二人分の足音が響く。
「そういえば豊穣祭の後から、ボクたちアニエス先生のこと忘れていないんですよ」
「そう、ですか。……それは良かった」
慌ただしい中で誰も言及していなかったが、認識疎外の件があった。
「殿下たちとは、秩序の神にダメージを与えたから認識疎外がなくなったんじゃないかって予想してるんですけどねー」
「一理ありますね。あるいは秩序の神が『もう認識疎外に意味はない』と判断した、といったところでしょうか」
「さすがテオドール先生」
軽快な言葉の応酬が続く。
「ところで先生、あの時秩序の神は『正しく生きることを期待する』って言ってたじゃないですか」
ニコラが不意に投げかけた質問。
テオドールは二コラの方に視線を向ける。
ニコラは静かな表情で、テオドールを見ていた。
「それって、そもそもテオドール先生が正しく『観測者』の役割を果たせば、誰も死なないってことじゃないですか?」
誰もが言及しなかった。
『観測者』の本来の役割。
『観測者』は、どうあるべきか。
「……鋭いですね、ニコラくん」
テオドールはその問いかけに、一切動揺しなかった。
仮面のような彼の笑みは崩れない。
「『観測者』は『鍵』を管理するための存在、でしたね……。理屈で言えば、私がシャロさんだけを見ていれば役割を果たすことになる」
テオドールは足を止める。
ニコラも同じように、足を止めた。
窓から西日が差し込む。
逆光となって、ニコラからはテオドールの表情がよく見えない。
「そうすれば被害は生まれない。合理的な良い解決策と言えます」
「……そうだよね」
ニコラはテオドールの表情を探るように、目を凝らす。
テオドールは更にその先を続けた。
「……ただし、『実現不可能』だという一点を除いて」
『実現不可能』。
テオドールは、そう言い切った。
合理的である手段を。
……検討することもないままに。
「……実現不可能なんだね」
「ええ」
確かめるようなニコラの言葉を、テオドールはあっさりと肯定する。
「世界が書き換わっても、私にはできません」
その言葉はもう、覆らない。
ニコラにはそう思えて仕方がなかった。
「……どうして?」
「……ふむ、どうして、ですか」
テオドールは少し考えこんで――なにかを思いつくと、思わず喉で笑った。
「ある人の言葉を借りて言うなら――それを聞くのは無粋、というものです」
次回は明日20時更新です。




