21.守り切った、その対価
泥の中を漂うように、なんだか重苦しい。
真っ暗な中、ただぼんやりと宙に浮いているような気がする。
(私、また死んじゃったのかしら? ここは死後の世界?)
あの時。
影の放った刃が右肩に突き刺さった感触をよく覚えている。
右肩をさすってみても、そこには何もない。
『外付けの補助にすぎないお前に、意志を持たせるべきではなかった』
『お前がそれのために動くなら、それを破壊すればいいだけのこと』
ふわふわとした意識の中、影の言葉を反芻する。
影は明らかに、私に対して話していた。
……思い通りに動かない『外付けの補助』に、憤りを覚えていたようだ。
(……私の転生は、ただの偶然じゃなかったのか……)
頭の中はいやに冷静で、影が言っていた言葉から推測をする。
思い返してみれば、妙なことばかりだった。
前世の記憶を思い出したばかりのころ、親密度画面にエラーメッセージが出ていたことを思い出す。
――【ERROR】シナリオ進行に深刻な異常を検出
「『異常』は、私のことだったのかしらね……」
虚空に投げかけても、答えは返ってこない。
返ってこなくても仕方がない。
どうせ死んでいるのなら、問いかけたところで無意味だ。
ふと気が付くと、なんだか手に何かを握っている感触がする。
ゆっくり持ち上げると、それは見慣れた携帯ゲーム機だった。
「ってこれ、キーワルの画面じゃない?」
見慣れたゲーム機に、見慣れた表示。
画面には洒落た書体で、『Continue?』と映っている。
「ここが死後の世界ならキーワルの続きプレイできないかしら? DLCか続編か分からないけど」
いそいそと画面を操作して、『Yes』を選択した。
――ス!
遠くから、何かが聞こえる。
――エス!
聞きなれた、どこか懐かしい声。
――アニエス!
そうだ。私はずっと、彼に生きていてほしくて――。
目が、開いた。
焦点が定まらない視界。それでも、なんだか見慣れたような配色。
ゆっくりと辺りが鮮明になっていく。
そこは、毎日見上げていた自室の天井だった。
(……ここは、私のベッドか)
体が重い。
しかし、指先が動く。
右腕は、機能している。
(結構刺さったと思ったけど……)
なんとか上体を起こして右肩を確認する。
うっすらと痕が残っているが、傷は塞がっていた。
(思ってたよりも、ちゃんと動くわ)
それを見てひとまず胸を撫でおろしていると、私が起きたのに気付いたのかメイドが入ってきた。
用意される温かい紅茶の香りに癒される。
「お嬢様の傷は、セレーナ様と王宮医務官の方が治療されました」
「お姉さまが……」
「はい。怪我を負った仔細に関しては、ウィリアム王太子殿下より御父上に御連絡していただけるとのこと」
光魔法の一族であるダニエ家なら、身内で治療しあうことができる。
それでも王宮医務官を派遣してくださったウィリアム殿下には頭が上がらない。
「お嬢様、こちらを」
差し出される手紙。
封筒には几帳面な字が並んでいる。
「ローレンス家テオドール様より、お嬢様の意識が回復したら渡してほしいと、お預かりしておりました」
慌てて封筒を開く。
影と戦ってから、二日は経っているはずだ。
内容に目を通すと、『学院には自分から説明しておく』といった事務的な内容が書かれていた。
「……ん?」
その最後の一文に目が行く。
曰く、『意識が回復したら見舞いたい。聞きたいこともある』と。
「……そうでしょうね」
テオドールから見れば、私の行動は疑問だらけだろう。
私が彼を庇った時、彼は相当驚いていたようだったから。
……何を聞かれるか分からないけれど、できる限り答えなければ。
私はテオドールに、意識が回復したと知らせることにした。
数日後。テオドールが見舞いに来る日となった。
意識が回復した後、医者の勧めで数日ほど自宅療養をしていた。
傷は癒えていて、日常生活や魔法の行使も、支障がなくなっていた。
来訪したテオドールを応接間に案内し、向かい側のソファに座る。
「お加減はいかがですか?」
「ええ。多少痕が残った程度で、もうすっかり良好です。ご心配をおかけしました」
穏やかに形式的な挨拶を交わす。
しかし彼は、こんなことをしに来たわけではないのだろう。
メイドに言って、二人きりにしてもらう。
少しの間、沈黙が生まれる。
私からは、何も切り出すことができない。
「……あの時、私は貴方に守られた。感謝を申し上げます」
テオドールの声が重く響く。
今まで聞いたことのない、張り詰めた声だ。
「ただ、守られた身ではありますが……どうしても、分からないことがある」
「ずっと考えていたんです……私を守ることは、果たして貴方が身を呈するに値することなのかと」
彼の言葉が突き刺さる。
少なくともテオドールを守ることは、私の命を懸けるに値することだった。
……確かに、勝手に命を懸けられる方は溜まったものではないだろうが。
「ずっと、貴方が『何のために』情報を集めているのか、その理由だけが不透明だった」
「しかしあの時、貴方の行動で答えが出た」
彼の拳が、きつく握りしめられる。
「貴方の行動の根幹には、私が関わっている」
「……『あの日、私は死ぬはずだった』。違いますか?」
険しい顔をして、私の方を見る。
私は彼を守りたかった。でも……そんな顔をさせたいわけではなかったのに。
「……ええ。そうですね」
もうはぐらかすことは出来ない。
彼の中で確信を得ているからこそ、そう問いかけているのだから。
「あの時、私はテオドール先生が死ぬと知っていました。……だからこそ、庇いました」
「……私には、それがどうしてもわからない」
彼の視線が下がる。
テーブルの上では、ティーカップがほのかに湯気を立てている。
「なぜ貴方は……そこまで出来るのです」
呟くような問いかけ。
合理的な彼にはきっと、どうしても合理的理由が見つけられなかったのだろう。
それも当然だ。
「いやだわ、テオドール先生。……二度も言わせるのですか?」
テオドールのことが大好きだ。
大好きな彼のことを、ただただ生かしたかった。
合理的な理由なんかじゃない。
それだけの話なのだから。
「それを聞くのは無粋、というものですよ」
分かってもらうつもりは、ないけれど。
「――そうですか」
何か決意を固めたような声で、彼は答えた。
顔が上がる。
その瞳が、まっすぐに私を貫く。
「貴方が言わないのであれば、暴くしかない」
彼は立ち上がると、私の傍まで来て跪いた。
そのまま、私の手が取られる。
まるで私の真意を推し量るかのように見上げてくる。
「テ、テオドール先生?」
いきなりどういうことなの?
私の混乱をよそに、テオドールは手に力を込める。
「アニエス、覚えておいてください。どれだけ時間がかかろうとも……私は必ず、貴方を暴く」
その眼差しは雄弁だ。
彼は、本気だ。
本気で、私を暴こうとして――。
(いや……そんな、まさか)
この眼差しを――逃がさないと言わんばかりの、熱の籠った瞳を。
私は、よく知っている――!
「覚悟していてくださいね、アニエス」
(何の覚悟をすればいいっていうのよ……!)
私の心の中の叫びは、もちろんテオドールには届かない。
しかも、他にも気になることがある。
「テオドール先生、その、名前……!」
そう、名前だ。
いつの間にか、呼び捨てにされているのである!
「ああ……今更堅苦しく呼ぶのも他人行儀かと思いまして。それに……貴方も、あの時『テオドール』と呼んでいたでしょう?」
必死で記憶を手繰り寄せる。
……そうだ、言った。
間違いなく、テオドールを庇う時につい口走ってしまった。
「確かにそれはそうなんですが……!」
「心配しなくとも、学院ではちゃんと『アニエス先生』とお呼びしますよ」
先ほどとはうって変わって、テオドールはなんだか楽しそうだ。
……なんというか、反応を楽しまれている気がする。
「本当はまだお話ししたいことがありますが……無理をさせてはいけませんね」
テオドールは立ち上がり、帰り支度を始める。
私はもう、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
「それではアニエス、また学院でお会いしましょう」
メイドに案内され、部屋を退出するテオドール。
一気に緊張が解けて、私はソファに沈み込んだ。
「なんなの……!」
彼の眼差しが、まだ焼き付いているような感覚がする。
これまで度々感じていた、テオドールの違和感。
それがここに来て大きな意味を持ってしまった。
あの眼差しはもう――友情エンドのものではない。
(……嘘でしょう?)
中ボス戦を乗り越えたとはいえ、まだ問題は解決していない。
それなのに、ここに来て更にイレギュラーが発生するなんて。
(まだ話せていないことも沢山あるのに……)
私が転生者であること。
この先に待つラスボス戦。
話そうと思っていたことが、全部吹き飛んでしまった。
「……復帰したら、ちゃんとしないと」
それでも、私は保健医アニエスだ。
保健医であるうちは、果たすべき役目はちゃんと果たしたい。
それでも今だけは。
手に残る感触に、翻弄されてもいいだろうか。
いよいよアニエスとテオドールの関係が動き出します。
次回は明日20時に更新いたします。




