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2.その観測眼は見逃さない



 おしえて!アニエス先生

 「テオドール先生は情報解析魔法の達人。重大な隠し事があると知られたら、彼に暴かれちゃうわよ」

 ――『キーワル』公式ファンブックより抜粋




 あのあと。

 突如現れたエラー画面にパニックになっていると、いつのまにかエラー画面が消えていた。ひとまずは安心したけれど……文面が気にかかる。


『シナリオ進行に深刻な異常を検出』


 特になにもしていないのに、である。

 これからは違ってしまうだろうけど……あの時点でシナリオが変わったわけじゃないのに、なぜ?


 疑問は尽きないけれど、私はとにかく、行動を起こすことにした。

 最愛の推しを生かすためだ。千里の道も一歩から。

 私はまず、ヒロインに接触することにした。




「それでは、魔法適性測定をはじめる!」


 広大な訓練場の一角。

 ヒロイン――シャロ・ノルン男爵令嬢は、ここで高位貴族しか使えない光魔法を発動する。

 新入生の初回実技授業は念のため、医療班がつく。今日当番だった医療班の子にお願いして、授業に潜り込んだ。


「こうして見ると、魔法ってすごいわね……」


 前世を思い出すと、改めて魔法のすごさを実感する。

 火、水、風。ファンタジーな世界観に浸って、ぼんやりと眺めていた。

 生徒たちはみんな一生懸命で、眺めているだけで心が穏やかになる。


「こんにちは、アニエス先生」


 背後から声。

 一気に背筋が凍る。

 穏やかな時間が終わる。

 大好きなキャラの声のはずなのに、緊張の糸が張り詰める。


「……こんにちは、テオドール先生。どうしてここに?」


 振り返るとそこには、テオドールがいた。

 いつも通り愛想笑いを浮かべているが、底なし沼のような深い色の瞳はじっと私を捕らえている。


「私は彼らの担任ですから。手が空いたので、見学に」

「なるほど……」


 たしかにテオドールはシャロの担任という設定だった。

 なにも不思議なことはない。

 むしろ怪しいのは――。


「ところで、医療部門のトップがどうして授業監督を?」


 そう、私の方である!

 本来“アニエス”はここにはいない。

 ……間違っても本当のことは言えない。しかし下手に嘘をついてもすぐ看破されるだろう。

 ここは偶然を装うしかない。


「たまたまですよ。……たまには、生徒の授業を間近で見てみようかと」

「……そうですか」


 嘘はついてない。

 『授業が見たい』と思ったのは事実だもの。目的は言えないけれど。

 テオドールはそれ以上追及せず、静かに私の隣に腰掛ける。

 ……推しが隣に座っているシチュエーションが、現実になるとは。

 左側に気配を感じて、なんだか落ち着かない。


 ……いや。

 気配以外にも、なにやら左から視線を感じる。


「……どうしました? テオドール先生」


 テオドールが無表情でこちらを見つめている。

 見学しに来たのではなかったの?


「いえ。……先日の頭痛、あのあとお加減はどうです?」

「おかげさまで、あれ以降は特に異常はないですよ。ご心配をおかけしました」

「そうですか。……“異常”はなかったのですね」


 それきり話が途切れたので、私は彼から視線を逸らすために授業を見守ることにした。

 生徒たちは順番に魔法を発動して、いよいよシャロの番だ。


「いきます!」


 ヒロインらしい、明るい声が響く。

 杖をかざして、呪文を唱える。

 そうすると――。


 辺りに黒い霧が、一気に立ち込める。

 冷たい空気が漂って、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。


「……えっ!?」


 おかしい、あれは……。


「闇魔法、ですか」


 隣でテオドールが口にする。

 周囲の生徒たちは騒然としていて、シャロの顔がどんどん不安そうに曇っていく。


「男爵令嬢が高位魔法を?」

「嘘だろ……」

「あの子これから大変だ……」


 担当教師が慌てて生徒たちを落ち着かせようとしているのが見える。

 でもそう簡単には収束しない。


「なんで、闇魔法が……」


 こっちも、異常事態だ。

 本来なら光魔法が発動されるはず。

 なのに彼女が発動したのは、明らかに闇魔法だ。

 シナリオと違う。


「これは一体……」


 思わず、口から零れ落ちる。


「なにかご存知なんですか? アニエス先生」


 静かな問いかけが、放たれた。

 テオドールの方を見る。見透かすような瞳。

 まるで、私の思考を探るような――。

 でも、明らかにするわけにはいかない。

 あなたが死ぬシナリオと違う、なんて。

 そんな荒唐無稽な話、彼は信じない。


「いいえ、私はなにも。……テオドール先生こそ、落ち着いて見えますが」

「低位貴族が高位魔法を発動するのはイレギュラーな話ですが……前例がまったくないわけではありません。それよりも不可解なのは……」


 その口角がわずかにあがる。


「アニエス先生。あなたの方だ」


 冷たいナイフを刺されたように、心臓が縮こまる。


「普段は授業にいないはずのあなたが……このイレギュラーが起きた授業に立ち会っていた。これは本当に偶然でしょうか?」

「まるであなたは、このイレギュラーが起きることを知っていたかのようだ」


 淡々と語られる。

 どうして、そこまでわかるの?

 ただの事実が、チェスの駒のように私を攻める。

 さすがテオドール、と現実逃避したくなるのを堪えて、私も言葉を返す。


「そんなわけないじゃないですか。私が横で驚いていたの、もうお忘れですか?」

「確かに。……それならば、こういう可能性は?」


 彼はその穏やかな表情を崩さない。

 こちらは内心とんでもなく焦っているというのに。


「あなたはここで何が起きるかを知っていた。しかし――実際は想定と異なっていた」

「そうであれば、あなたが驚いていたこととも矛盾しません」


 ――完敗だ。

 どうやって言葉を返しても、彼は些細な違和感を見逃さない。

 目を逸らせば余計に怪しまれるだろう。

 これは、どうすれば――。


「アニエス先生! すみません!」


 急に名前を呼ばれて、我に返る。

 声のする方を見ると、担当教師がこちらへ走ってきていた。


「すみません、先ほどの生徒なんですが……低位貴族なので、念のため診てもらってもいいですか?」

「え、ええ。もちろんです。すみませんテオドール先生、私はこれで」

「こちらこそ、うちの生徒をよろしくお願いします」


 逃げるように、彼のそばを立ち去った。

 ……あの彼の淡々とした声が、頭を離れない。

 画面越しで聞いているのと、生で味わうのとでは天と地ほどの差がある。

 生前の私に教えてあげたい。

 私の推し、実物はものすごく恐ろしい男だと。(だがそれが良いと答えそうだけど)


 *


 離れていくアニエスの背中を見ながら、テオドールは軽くため息をつく。


「これは少し……詰めすぎてしまいましたか」


 先ほどのアニエスの表情を思い出す。

 なにか重大な隠し事をしているような、そんな顔。

 以前のアニエスの、気の抜けるような微笑みとは全然違う。

 その違いが、ずっとテオドールの興味を引いていた。


「……やはりあなたは、なにかを“知っている”」


 確信をもって、テオドールは口にする。

 彼の分析は、外れたことがない。


「……あなたは一体“なに”を、知っている?」


 その楽しげな声は、彼自身しか知らない。



次は22時更新予定です。

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