1.1周目、推しが死ぬ世界線
「いたッ……!」
その日、私は思い出した――。
『なる、ほど……。“だから”私は、ここで死ぬのですね……』
ここが乙女ゲーの世界であること、そして。
「どうしました? アニエス先生」
目の前の推し――テオドール・ローレンスが、この先のシナリオで死ぬことを。
ふいに起きた激しい頭痛で、私の中に眠っていた記憶が呼び起こされた。
前世は日本人女性で、不慮の事故で死んだこと。
ここが、生前のめり込んでいた乙女ゲーム『其れは鍵なるワルキューレ』の世界であること。
そして今の私――『アニエス・ダニエ』が、この世界のサポート保健医キャラであること。
『其れは鍵なるワルキューレ』――通称『キーワル』。世界の命運を背負ったヒロインが、魔術学院で攻略対象と絆を深め、世界に抗っていく恋愛アドベンチャーゲーム。
そして目の前にいるのが、キーワルにおける攻略対象であり、一周目で確実に死ぬキャラ――教師、テオドール・ローレンスだ。
「顔色が悪いですよ、アニエス先生」
「す、すいません……急に激しい頭痛がして……」
「頭痛、ですか。珍しいですね……医療魔法のスペシャリストが体調不良とは……」
「あ、はは……」
医療魔法に長けているものは体調を崩すことがまれだ。
頭痛など、起こるはずがない。
「――まるでなにか根本的な不具合が発生したような、そんな雰囲気ですね?」
……私の推し、鋭すぎる。
我が推しであるテオドール・ローレンスは、異様に勘が鋭い。情報解析魔法に優れた合理主義者であり――恐ろしいほどに、他人に興味がない。
非情なほど合理的な彼が、説明できない感情に振り回されながらヒロインを助ける姿といったら!テオドールルートのスチルを思い出すだけでニヤけそうになる。生前の私は骨の髄まで、彼に沼ってしまっていた。
目の前にいる長年愛した推しに、思わず挙動不審になりかけるが、なんとか踏みとどまって今まで通りのアニエスを演じる。
「やだわテオドール先生。本当に、偶然ですよ」
「すみません。……“異常”には、敏感なもので」
見透かすような視線が刺さる。
呼吸が浅くなる。
「……そろそろ始業の時間ですよ。新年度から遅刻は生徒に示しがつきません、教室に戻られてはいかが?」
「……そうですね。では、また」
胡散臭い笑顔を見せたあと、テオドールが廊下へ出る。
……生きた心地がしなかった……!
あの鋭い視線が自分に向けられると、これほどまでに緊張するのか。
テオドールルートのスリリングさを思い出した。
視線を忘れるように、入学者名簿を見る。ヒロインの名前があった。おそらく、本編が始まったのだろう。
「はあ……」
ひとつ大きくため息をつく。
キーワルでは、中盤で必ず一人が死ぬ。
1周目。必ず死ぬのが、テオドールだ。
だから彼のルートは、2周目からしか攻略できない。
2周目以降は親密度が最も低いキャラが死ぬ設計なのだが、テオドールは親密度があがりにくいキャラであり――死にがちなキャラだった。
何度も周回をした。
何度も、彼の死に様を見た。
自分が死ぬ理由に気づいて――納得して死んでいくテオドールに、いつも胸が締め付けられた。
どうして、彼は笑って逝けるの?
彼に、笑って生きていてほしかった。
周回の果てにやっと、テオドールのハッピーエンドにたどり着いた時――私の目から、自然と涙がこぼれていた。
その時やっと、私は彼を推しているんだと、実感した。
死ぬことに納得のいく理由なんてない。……理不尽な死の悔しさはよく知っている。
私はテオドールが好きだ。この世に二人といない私の推しだ。だからこそ、死なせたくない。あんな寂しい顔で、逝かせたくない。
もしこの世界が2周目以降の世界なら――あるいは助かる道筋があるかもしれないけれど。
「……そうだ」
ヒロインがいるなら、アニエスの能力で親密度が見られるはず。
キーワルにおける私――アニエス・ダニエ。ヒロインを支えるための、サポート保健医。
だからこそ。
私には、キャラの情報が見える。
学院名簿から、必要な情報をピックアップし親密度を表示する。テオドールに親密度の表記があれば、2周目以降確定だ。
ささやかな期待をこめて、画面を覗き込んだ。
【テオドール・ローレンス】No Data
「ッ……」
そんな簡単な問題じゃなかった。
このままいけば、私の推しは必ず――死ぬ。
「……だめよ、そんなの」
推しが死ぬなんて、絶対に嫌だ。
たとえ今が1周目の世界でも、まだなにかできることがあるはず。
アニエスはただのサポートキャラだ。だけど、“私”はこの世界をよく知っている。
幸いにも私はメインルートも隠しルートも攻略し尽くした。ゲーム内で拾える情報は大体頭の中に入っている。私の死後に明らかになった情報はどうしようもないけれど……。
世界に抗うのが、このゲームの命題だもの。
どこまでできるか、わからないけれど。
やれることは、やってやろう。
私がそう決意を固めた瞬間。
派手な警告音を立てて、画面が自動的に切り替わる。
「なっ、なに!?」
さっきまで異常はなかったのに、なにかのシステムエラー?
「な、に……? これ……」
【ERROR】シナリオ進行に深刻な異常を検出
――画面に表示されたのは、見たこともない文言だった。
*
一方、ほんの数分前。
テオドールは静かな廊下でふと、足を止める。
先ほどの彼女の仕草が、脳裏をよぎる。
「……『照会。アニエス・ダニエ』」
その瞬間、テオドールの周囲に名簿の一覧画面が展開される。
その中に、あの保健医の名前が現れる。
魔法学院の保健医。医療魔法のスペシャリスト。
ただそれだけだ――昨日までは。
彼女の名前を選択し、詳細を表示しようとした瞬間。
【アニエス・ダニエ】警告:アクセス権限がありません
「……ほう?」
普段の愛想笑いとは違う、興味からの笑みがにじみ出る。
本来、この動作で警告が発生するなど、ありえない。
――なんらかの、“異常”が発生している。
「なるほど、これは……。『あなた』を知る必要が、あるようだ……」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本日は3話まで更新予定です。
次回は21時ごろ更新いたしますので、よろしければこのままお付き合いください。




