18.豊穣祭、役者は揃い幕は上がる
季節は進み、とうとう豊穣祭の日がやってきた。
外はすっかり涼しくなり、足元では落ち葉が舞っている。
私は保健室で、豊穣祭の最終準備を行っていた。
(調べられることは調べた。けれど……)
結局、テオドールの死亡フラグを覆す決定的な方法は見つからず。
しかし、今までの調査が無駄になったわけでもなかった。
『開かずの扉は、開けぬが道理』
先日ローレンス家で見た、先祖からのメッセージを思い出す。
あれを残した人は――禁忌を犯した『観測者』の末路を知っていた。
だからこそ、同じ過ちを繰り返してほしくなくてメッセージを残したのだろう。
(それほどまでに、子孫たちのことを案じていた……)
その“禁忌”とは、なにか。
メッセージに書かれた、諫めるような文言。
そして――。
『……アニエス先生は、この世界に疑問を持ったことはありますか?』
私が前世を思い出したばかりのころ。
テオドールはそう言っていた。
彼は、世界に対して疑問を抱いていた。……世界の解析のために、教師になったとも。
もし、過去の『観測者』たちも彼と同じだったとしたら――。
(『ふざけた真似』をしたから、排除された――?)
キーワル本編では、敵の正体は明言されていなかった。
ただ、その台詞から“世界”の意識の具現化ではないかと考察されていた。
シナリオ通りに事が進むなら、今日の祭事中に初めて現れるはずだ。
(シャロが覚醒するか……最悪私がテオドールを庇えばいい)
シャロが覚醒すれば中ボスは撤退するが、そのためには誰かが死ななければならない。
誰も死なずにシャロが覚醒してくれることが一番だけれど、それはあまりにもシャロに依存しすぎる方法だ。
今の状態であれば、間違いなくテオドールが狙われる。
過去の『観測者』のように。
中ボス戦での死は、どんな手段を使っても避けられない。
ならば――私が、守るしかない。
「……一度死んだはずの命だもの」
運よく拾われたこの命で、大好きなテオドールを守ることが出来たなら。
理不尽に死んだ前世の私も、浮かばれるというものだ。
*
豊穣祭の祭事は、夕方から行われる。
豊穣と秩序の神を祀る祭壇に、代表者たちが魔力を捧げ、今年の実りに感謝をする。
祭壇近くの控室で、サロンメンバーは待機していた。教師陣はまだ到着していない。
合宿での話し合いから、サロンメンバーの中ではどことなく、アニエスへの疑心が渦巻いていた。
「祭事では何も起きなければ良いですが……」
アーネストがそうぽつりと零す。
サロンメンバーはあの日から、アニエス自体のことは忘れても、「自分は誰かを忘れてしまう」という衝撃はずっと残っていた。
「テオドール先生は、保健医が何かしている可能性は低いって言ってただろ。……俺はテオドール先生やシャロを信じるぜ」
ドミニクの言葉に、シャロも横で力強く頷いた。
ニコラは気まずそうに笑って、ウィリアムは静観したまま。
窓から、夕暮れの赤い日差しが差し込んでくる。
「お待たせしました」
控室の扉が開いて、テオドールとアニエスが入ってきた。
全員の視線が、そちらの方へ集中する。
「皆さん、準備はよろしいかしら?」
アニエスの言葉に、それぞれが目配せしたあと、一同は深く頷いた。
祭壇は学院のはずれにある。
祭壇の周りは花などで綺麗に彩られており、それが夕日に照らされてどこか神聖な雰囲気を漂わせている。
(いよいよね……)
アニエスをはじめ、それぞれが想いを胸に秘め、祭壇の前に立ち並ぶ。
祭壇に向かい首を垂れ、ウィリアムが代表して神への感謝を口にする。
ウィリアムの言葉が終わり、皆が祭壇へ意識を集中させる。
「豊穣と秩序の神に、この世界の民から感謝を捧げます」
全員が、それぞれの属性の魔法を祭壇に注ぐ。
様々な色の魔法が、祭壇に集まっていく。
祭壇はそれをすべて吸収して――。
ゆらり、と。
祭壇の後ろから、真っ黒な霧が現れた。
「……なんでしょうか、あれ?」
「あんなの出てくるなんて聞いてないよ?」
「殿下! 何やら霧のようなものが……!」
皆が困惑の表情を浮かべ、警戒姿勢を取る。
テオドールも、予想しなかった事態を受けてすぐに情報解析を始めていた。
ウィリアムは周囲を確認し――ある一点に気が付いた。
(アニエス先生に動揺が見られない……?)
アニエスの表情は変わっていない。
彼女はまるでこの事態を予想していたかのように、落ち着いていた。
全員の動揺を他所に、霧は祭壇の前に移ってくると、ひとつの影を形作る。
神聖な景色の中に、その影だけが黒いしみのように広がっていた。
その影は静止すると――いきなり、言葉を発した。
「……秩序が乱れている」
全員の体が強張る。
得体の知れない影からの、不可解な声。
声から感じる圧に、全身が粟立つ。
「世界は正道から逸れ始めている。……由々しき事態だ。正さねばならない」
「……こいつ、さっきから殺気を隠しもしねえ……!」
こちらを一切構うことなく、続く言葉。
荒事に慣れているドミニクも、冷や汗を流している。
ウィリアムたちを前に影は一度膨らむと、その周囲に黒い刃が次々と現れた。
それらは明確に、こちらを狙っている――!
「ッ、くる!」
ニコラの叫びと同時に、刃が降り注いできた――!
それぞれが魔法を発動し、あらゆる対抗手段で打って出る。
ドミニクは炎で刃を焼き払い、ニコラは風で吹き飛ばす。
「アーネストくんは4時の方角を! 殿下! 9時の方角から来ます!」
テオドールは刃の軌道を計算し生徒たちのフォローをしながら、攻撃の手を止めない。
シャロは固有結界を発動させ、魔法が周囲に被害を広げないように調整を図った。
アニエスはというと――。
(アニエス先生も、こちらについてくれている……?)
攻撃の最中にも、ウィリアムは横目でアニエスの行動を伺っていた。
アニエスは光魔法を駆使して、全員の能力向上や傷の治癒をしてくれている。
(やはりアニエス先生は、敵じゃないのか?)
彼女が自分たちの記憶を操作しているわけではないのなら――この影の仕業なのか?
ウィリアムの中で、アニエスへの認識が変わりつつあった。
ふいに、刃の雨がやんだ。
敵の変化に、ウィリアムたちも攻撃の手を止める。
場の空気は、依然張り詰めたまま。
「……理解した」
影が大きく揺らめく。
それを見ていたシャロは――何故だか、“自分が見られている”と感じ取った。
影に瞳などないはずなのに。
金縛りにあったように、動けない。
「我が楔たる鍵の乙女よ。其方の意志は我に伝わっている。本来は排除すべきだが……異分子のことは、見逃そう」
影の言葉は、そう静かに告げる。
(なに? 鍵の乙女って、私のこと? 私、そんなの知らない……)
シャロの心の声は、影には届かない。
シャロの心臓は、うるさいほどに鼓動していた。
「鍵の乙女ってなんのことだ……?」
「殿下知ってる?」
「いや……」
『鍵の乙女』という言葉は、シャロ以外にも動揺を生んだ。
次から次へと出てくる聞きなれない言葉に、生徒たちは困惑を隠せないでいる。
影はまたゆらりと揺らめく。
「お前は、壊れている」
影ははっきりと、そう言葉にした。
「鍵の乙女の歯車が狂ったからお前を用意したというのに。……外付けの補助にすぎないお前に、意志を持たせるべきではなかった」
淡々と告げる声。
生徒たちはその意味を測りかねている。
そんな生徒たちの中で、テオドールは一人、思考を巡らせていた。
(これは誰に向けて言っている……!? 私か、それともアニエスか……)
影は明らかに、特定の相手を否定している。
テオドールの視界の端にアニエスが映る。
アニエスもまた、不意を突かれたような表情でそれを聞いていた。
「お前の行動を見ている。お前の意図を知っている。……お前の行動は看過できないが、鍵の乙女はお前を砕くことを望まない」
「――お前がそれのために動くなら、それを破壊すればいいだけのこと」
「我にとっても目障りであった。――都合がいい」
ひと際大きな刃が、影の真上に現れる。
その切っ先は静かに――テオドールの方を向いた。
(――私か!)
テオドールは、瞬時にその軌道を計算する。
問題ない、これならば、避けられる――。
「だめ! テオドール!」
悲鳴のような声が聞こえて。
たしかに、防御魔法を展開したはずだった。
「アニ……エス……?」
夕日に溶け込むような赤い飛沫。
刃は、防御魔法ごとアニエスを貫いていた。




