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17.好奇心は猫をも殺す



 邸宅街の一角にある、重厚な門構えの館。

 土魔法の旧家、ローレンス子爵家の邸宅だ。


(テオドールの私室はスチル背景で知ってるけど、外観を見るのは初めてね……)


 夏季休暇が明けて豊穣祭への準備が進む中、私はテオドールと共に、休日にローレンス家を調査することにした。


「ようこそ、アニエス先生」


 笑顔で出迎えるテオドール。

 学院にいる時とは違った、オフの姿。私の方も普段の保健医姿とは違うので、なんだか不思議な感じがする。


「今日は使用人しかいませんので、気楽にしてください」

「ご家族は?」

「皆、茶会などに呼ばれて出払っています」


 使用人を除けば二人きりだ。

 『観測者』のこととはまた違った緊張感が湧きおこりそうになる。


(……いやいや、今日は調査しに来たんだから、集中集中……!)


 雑念を振り払うようにかぶりを振る。

 テオドールの案内で廊下を歩いていくと、突き当りに暗い色の扉が現れた。


「ここが、我が家の書庫です」


 使用人が扉を開ける。

 古い紙とインクの匂いが、鼻を掠める。

 薄暗い室内には、古びた書物が肩を寄せ合って並んでいた。


「素晴らしい蔵書ですね……」

「ありがとうございます。これでも情報解析を扱う家柄ですので」


 使用人を退出させ、二人で机を囲む。


「それでは、始めましょうか」


 テオドールの言葉に、静かに頷いた。


 私たちは、先日立てた仮説から、今まで学院に現れた『低位貴族であるのに高位魔法を扱う生徒』を『世界の鍵』だと仮定した。

 『鍵』が現れていたならば、鍵を記録する『観測者』が、同時期に現れているはず。

 それが私たちの予想だった。


「情報解析・記録に関わりそうな他の家系はすべて、有力な情報はなし……残ったのが我が家でしたね」

「ええ。……ここで何か情報が得られれば良いのですが」


 用意されたローレンス家の家系図。

 それと歴代の『鍵』候補たち。

 それらの情報を並べて、私の光魔法でプロジェクターのように壁に投影する。


「ローレンス家は代々、学院勤めの方を出していらっしゃるのよね?」

「ええ。学院の他にも、王家の研究施設などにも所属しています。要するに、学問の家系ですね」


 現代から、家系図を追っていく。

 『鍵』候補たちが在学中、必ずローレンス家の人間が学院に居た。


(……これだけではただの偶然に過ぎないわ。他に何か……)


 映し出された『観測者』の候補たち。

 それぞれの技能や性別などをテオドールに補足してもらうが、具体的な共通点はほとんど見つからない。


「全員、その当時のローレンス家で一番情報解析魔法に優れている者ですが……共通点というより学院に勤めるための前提条件ですからね。証拠としては弱い」

「ということは、テオドール先生も?」

「ええ。自慢ではありませんがね」


 ローレンス子爵家と言えば情報解析魔法の名門として有名だ。

 そのローレンス家で一番ともなれば、国でも随一の腕前と言って差し支えない。


(……ん?)


 家系図と『鍵』の名簿を眺めているうちに、ある一点に気が付く。


「……この方、『鍵』の生徒と結婚されている……」

「どれです?」


 テオドールから数代前。『鍵』と結婚した女性が、家系図の中にいた。


「……確かに、配偶者欄の名前と合致してますね。彼女も学院に出仕していた、『観測者』の候補の一人です」

「お名前はエレノア・ローレンス様ね……」


(……待って。何か、引っかかる気が……)


 映し出された家系図を見ながら、ふと言葉にできない違和感が押し寄せる。

 何か見落としているような、まだ何か、ここから得られるヒントがあるような……。


「20歳で出仕していますね。26で結婚。……おや、享年72ですか」


 テオドールが略歴を読み上げる。

 その横で、深く考える。

 私は何に気づいていない?


「我が一族の人間にしては長生きですね」


 その言葉に、一瞬だけ思考が止まる。


(そうだ、享年だ。享年はまだ見ていない……!)


 横のテオドールを仰ぎ見る。


「……おや、どうしましたか?」


 私の視線に、不思議そうに笑うテオドール。

 彼の正確な年齢は知らない。

 しかし、おそらく20代半ばといったところだろう。


「いえ。……『観測者』の皆さんのプロフィールを、もう一度確認したくて」


 私の要望に、テオドールは素直に応じてくれた。

 歴代の『観測者』たち。

 私の中に生まれた、その共通点の推測。

 当たることを期待する半面、当たらなければいいと、心のどこかが叫んでいる。


「27、24、25……」


 叫びも空しく、予想は的中した。

 私が確認したのは、彼らの享年と、その死因。


「事故死、行方不明、病死……」


『観測者風情がふざけた真似を……!』


 中ボスがテオドールに投げかけた言葉。

 テオドールは死にがちなキャラだった。

 しかし、シャロと――『鍵』と恋に落ちれば、死亡は回避できる。


 心臓が、うるさい。


「……い! アニエス先生!」


 テオドールの声が耳に飛び込んでくる。

 彼らしくない、大きめの声に一気に我に返る。


「……ごめんなさい。考え込んでしまって」

「……いいえ。……気分が優れませんか?」

「そんなことは、ありませんよ」


 彼から目を逸らして曖昧に笑う。

 ……今までの『観測者』たち。

 早世したものと、天寿を全うしたもの。

 その違い。


『なる、ほど……。“だから”私は、ここで死ぬのですね……』


 テオドールの死亡エンド。

 きっと彼は――“彼ら”は、『観測者』にとって、禁忌を犯した。

 だからこそ、若くして――その芽を摘まれてしまったのかもしれない。


 *


 また、だ。


「……ごめんなさい。考え込んでしまって」


 またしてもアニエスは、テオドールの呼びかけにすぐには反応しなかった。

 その瞳はぼんやりと、映し出された『観測者』たちの情報に向いている。


(あの時と同じだ)


 最初に二人で禁書区域に行った時。

 あの時もアニエスはずっと資料の方を向いていて、テオドールの声に反応しなかった。


 アニエスが読み上げた情報。

 歴代の先祖たちの、享年と死因。

 いずれも、短命なローレンス家の中でもひと際早く亡くなっている。

 その死因も様々だ。

 しかも、エレノア・ローレンスのように例外もいる。


(彼女が気にしているのは死因か? ……それとも例外の方か)

(『鍵』と結婚することで長く生きられる……? しかし『観測者』との関連性が不明だ)


 アニエスが注視している情報は、テオドールにとっては規則性が掴めないものであった。

 もう少しだけでいい。何か情報は手に入れられないだろうか。


「……以前のように蔵書検索をしてみましょう。我が家が『観測者』に関わる家なら、それにまつわる資料が残されているはずです」

「そうですね、お願いします」


 『観測者』という言葉で、蔵書を検索する。

 しかし、周囲の文献たちは、なんの反応も示さない。


「……何もない、のか?」

「……テオドール先生、あちらに」


 アニエスはテオドールの背後を指さす。

 テオドールは振り返る。

 書庫の最奥。古い文献たちの中でも、ことさら古びた書物たち。

 その中に一冊だけ、鈍く反応を示す書物があった。


「……これですか」


 歩み寄り、その書物を手に取った。

 湿っぽい埃の匂い。そばに近づいてきたアニエスが、横から書物を覗き込む。


「『観測者』……これが題名ですか?」

「ええ。我が家にこんな書物があるとは……」


 家の蔵書はすべて読み切ったと思っていた。

 しかし、この書物を見るのは初めてだ。

 テオドールは、なぜ今までこの書物の存在に気づかなかったのかと、首を傾げる。

 その疑問を頭の片隅に残したままページを捲る。


「……なんですかこれは」

「なんてこと……」


 二人同時に、声が出た。


 中の状態は散々だった。

 多くのページは破れていたり、ほとんどが黒く塗りつぶされていたり、とてもじゃないが読める状態ではなかった。

 慎重に扱わないと、端から崩れ落ちそうなほどぼろぼろだ。


「何故こんなことを……」

「よっぽど中の情報を知られたくなかったのでしょう。ただ、この本そのものは処分されていないことが疑問ですが」


 パラパラと、軽快にページを捲っていく。

 残っているページのほとんどが黒塗りだ。

 そうして捲っているうちに、急に黒塗りされていないページが現れた。


「ここは黒塗りされていませんね。これ、は……」


 テオドールの手が止まる。

 二人の視線が、書かれている文字に釘付けになる。


『知識欲に駆り立てられた我が子孫へ』


 紙面には、そう手書きで記されていた。

 そのあと数行に渡って、文章が記されている。


「これ、は……私が読んでもいいものでしょうか」


 ローレンス家の人間が子孫にあてて書いたメッセージに、アニエスは躊躇する。

 自分に調べたいものがあるとはいえ、直接読むのは憚られたのだろう。

 しかし、ここに来て彼女を置いて行く選択肢は、テオドールにはなかった。


「はい。……貴方も、私と共に読んでほしい」


 テオドールの言葉に、アニエスは黙って頷いた。

 二人は息を飲み、文章に目を通す。


『知識を食らって生きる我が子孫よ。

 私はお前たちの知識欲を理解する。

 しかし、私は同時にお前たちを愛している。

 開かずの扉は、開けぬが道理。

 開けぬ勇気も、時として必要であると知れ。

 これはただ、愛おしき我が子孫への遺言なり』


「……」


 先祖からのメッセージに、二人とも言葉が出なかった。

 アニエスはただ、感極まったように唇をかみしめて、そっとその文面を撫でた。


(――『開かずの扉は、開けぬが道理』)


 テオドールは思考を巡らせる。

 解決した疑問と、そこから新たに生まれた疑問が脳内を駆け巡る。


(わざわざ『観測者』という題名の書物を残している時点で、我が家が『観測者』の家系であることは確定と見ていいだろう)

(おそらくこれは『観測者』という言葉で探されることを前提に残された書物だ)

(ならば――当代の『観測者』は、私であると見ていい……)


 ひとつの情報を得るたびに、いくつもの可能性が掘り起こされる。


(彼女はローレンス家の調査を後回しにしていた……彼女は我が家を調べたくなかった?)

(彼女はおそらく最初から、私……あるいはローレンス家が『観測者』であると知っていた)

(そしてそれを私に言わなかった……その理由はなんだ?)


 様々な疑惑がテオドールを取り囲む。


(それに、彼女に対する認識疎外……これは一体なんのために起こっている?)

(私が『観測者』という特殊な立場ならば、彼女のことを認識できることにも説明がつく)


 自分が、世界の機構に組み込まれている疑惑。

 その世界の仕組み。

 そしてなにより――。


「テオドール先生?」


 まったく動かなくなったテオドールを心配して、アニエスが軽く肩を揺さぶる。

テオドールは意識を浮上させると、静かにアニエスを見つめた。


「あの……大丈夫ですか?」

「ええ。……大丈夫ですよ」


(アニエス。……貴方は一体、何者だ?)


 彼女自身の存在が、テオドールの興味を引いて離さない。




次回からいよいよ豊穣祭編に入ります。

区切り調整のため明日26日(金)はお休みし、29日(月)から更新再開予定です。

20時ごろ更新を予定しております。

ぜひ来週もお付き合いください!

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