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14.静かな湖畔、生まれる波紋



 夏季休暇前の最後の登校日。

 今日はシャロの定期健診の日だ。


(学院長もマメよね……イレギュラーな生徒とはいえ『定期的にチェックしろ』だなんて)


 シャロの魔力量は少しずつ増えてきている。

 けれど、魔法のコントロールも上達している。

 ゆくゆくは、シャロは立派な闇魔法使いとなるだろう。


 ふと検査画面から顔をあげると、シャロと視線がかち合った。


「どうしたの? シャロちゃん」

「い、いえ! ……ぼーっとしてただけです!」

「そう?」


 一瞬、考え事をしているように見えたけれど。

 今はもう、いつもの可愛いシャロの笑顔だ。

 本当に、ぼんやりしていただけなのかもしれない。


「学院生活はどう? だいぶ慣れてきたかしら?」

「はい! 特にこの間の討伐実習から、クラスの皆さんが声をかけてくれるようになったんです!」


 満面の笑みのシャロに、胸をなでおろす。

 先日の討伐実習で、シャロの魔法が班のメンバーを守ったのだ。

 それが噂となって、広まったらしい。


 シャロが、今まで周囲から疎外されていたのは聞いていた。

 こればかりは私一人で解決できる問題ではなかったから、案じていたけれど――。

 さすがシャロだ。シャロのことを知れば、誰だって彼女を好きになってしまうもの。


「アロイス先輩が魔法を教えてくれたおかげです!」

「……アロイスくんとも仲良くできているのね、良かったわ」


 こちらは本当に驚きだ。

 時折二人の様子を伺ってはいたが……本当に、真っ当に、アロイスが先輩らしく振舞っているのである!


「なんだか妙に人懐っこいというか……距離が近いんですけどね、アロイス先輩」


 ……距離感は相変わらずおかしいらしい。

 それでも、シャロと過ごすのが楽しくて、傷つけないように気を配っているのが私にもわかる。

 メリバエンドの気配は見られない。


(『世界の鍵』の調査もあるから、二人が安定してくれて良かったわ……)


 調査を進めながら二人のサポートをすることを覚悟していたが、しばらくは目立った介入をしなくても良さそうだ。

 これからも二人のことは見守るけれど、ひとまずは懸念事項がひとつ減った。


「……アニエス先生は、最近お忙しいんですか?」


 勝手に一人安堵していると、シャロの不安そうな声が聞こえた。

 シャロを見ると、心配そうに顔を曇らせている。

 隅の机には調査資料が積んである。

 テオドールとの取引以降、時間さえあれば調べていたから、疲れが顔に出てしまったのかもしれない。


「心配させてごめんなさい。最近調べ物をしていて夜更かしが続いてしまったの。保健医なのに、良くないわね」

「……アニエス先生が倒れちゃったら、すごく悲しいですから……。私にもお手伝いできることがあれば良いんですが……」

「……ありがとう。シャロちゃんは本当に優しい子ね」


 シャロの優しさを噛みしめる。

 本当に……これだから私はシャロのことが大好きなのよ。

 思わずオタク心が顔に出そうになったが、なんとか堪える。


「……そういえば、シャロちゃんも王太子様の夏の別荘に呼ばれているんでしょう?」

「はい!……先生、ご存知なんですか?」


 いよいよ学院は夏休みに入る。

 夏は乙女ゲームとしても、イベント盛りだくさんの季節だ。

 『キーワル』では、秋の豊穣祭の準備を、王太子様の夏の別荘で行うイベントがある。


「ええ。学院長からの指示で、私とテオドール先生も参加することになったのよ。初日には間に合わないけれど……」

「アニエス先生も来てくださるんですか!? ……女子は私一人だけだから、アニエス先生が来てくれるなら嬉しいです!」


 教師冥利に尽きるとはこのことだ。またもや私はシャロの言葉を噛みしめた。

 私はシャロの健康管理役として、テオドールは豊穣祭の実行役員として同行することになっている。

 ……つまり『キーワル』の主要メンバーが集まることになる。


(なにも起こらなければいいけれど……)


 私の心に、不安が影を落としていた。


 *


「やっと着いたー!」


 ニコラの朗らかな声が、静謐な湖畔の空に響き渡った。


 王太子のプライベート用の別荘に、サロンメンバーが集まった。

 集まったと言っても、アロイスと教師二人は不在だが。


「今日はここまで来てもらってすまないね」

「殿下は公務でお忙しい身ですから。こちらが伺うのは当然です」


 アーネストが生真面目に返す横で、ドミニクとシャロは大きく深呼吸をしていた。


「ドミニク先輩は去年も参加されているんですよね?」

「ああ。アーネストもな。……確か別荘の裏手に馬を走らせる道があったはずだ。あとで連れて行ってやるよ」

「楽しみです!」


 和気あいあいとした雰囲気で、一同は別荘の中へと入った。

 別荘を管理する執事やメイドたちが出迎える。


「皆様のお荷物はお部屋へお運びしております。シャロ様のお部屋は、こちらのメイドがご案内いたします」

「あ、はい!よろしくお願いします!」


 シャロはメイドに案内されて、2階へと上がる。

 女子であるシャロのために、特別な部屋を用意したようだった。


「殿下ずるーい、シャロちゃんばっかりー」

「シャロは女性だし、ここに来るのは初めてだろう? 良い思い出を作ってほしいだけだよ」


 ニコラの軽口を、さらりといなすウィリアム。

 男性陣も一度それぞれの部屋へ行こうかと話し合いをしている、その時。


「……俺の部屋も、案内してもらえるだろうか」


 湖畔のものとは違う、冷たい空気が玄関ホールに広がる。

 一同が予想していない声が、聞こえてきた。


「……ええっ!?」

「貴方は……」


 驚愕の声が響く。

 その中でもウィリアムは平静さを崩さないよう、努めて静かに声をかけた。


「……君も来たんだね、アロイス」


 まったく気配を出さずに――アロイスが、そこに立っていた。


 ウィリアムの指示のもと、メイドたちが慌ててアロイスの部屋の用意に向かう。


「ああ、すまない……。そうか、参加すると……言うべきだったな」

「アロイスは相変わらずうっかり屋さんだね……というか合宿来るんだ……」


 ニコラが軽く引きながら突っ込みをいれる。

 しかしニコラの言葉はもっともだった。

 アロイスは今まで一度も、サロンの合宿に参加したことがない。


「ああ。……シャロがいるからな」

「本当シャロにご執心なんだな、アンタ……」


 アロイスの執心に、ドミニクもつい言葉を零す。

 そんなアロイスの姿を見ながら、アーネストがひとつ質問を投げかけた。


「……今日は固有結界を発動していないのですか?」

「していない。……あれをすると、君たちは眠ってしまうだろう? ……それはやめた方が良いと、シャロに言われたからな」


 アロイスは少々誇らしげに胸を張る。

 そんな姿に、一同は苦笑いを浮かべるばかりだった。



 先にニコラたちの部屋が整ったので、ニコラ・アーネスト・ドミニクの3人は部屋へと向かった。

 ホールには、ウィリアムとアロイスだけが残される。


「……ここにいるのは君たちだけなのか?」


 アロイスは静かにウィリアムに問いかける。


「いいや、明日はテオドール先生と保健医が合流する予定だ」

「……そうか、アニエスも来るのか」

「……アニエス?」


 アロイスが親しげに口にした名前に、ウィリアムは首を傾げた。

 聞いたような気がするが、どうにも思い出せない。


 そんなウィリアムの姿を、アロイスはじっと観察する。

 すべてを吸収するようなアロイスの瞳。

 ウィリアムは静かに、アロイスの様子を見ていた。

 そうする内に、アロイスは一人、合点がいったようにうなずき始めた。


「……ああ、そうか。なるほど……」

「……なんだい? アロイス」


 アロイスが一人だけ何かを理解している姿を、ウィリアムは何度か見たことがある。

 まさに今、アロイスは“何か”を理解しているようだった。


「気にすることはない。王太子である君がそうなのだから、他の者もそうなのだろう」

「……なんのことを言っている?」


 意味深な言葉に、ウィリアムは静かに困惑する。

 そんなウィリアムの姿をよそに、アロイスは淡々と続けた。


「これは多分、“そういうもの”だ。だから、そうだな……」


 アロイスは言葉を探すように、一度目を閉じ――そしてゆっくりと、目を開ける。


「――“アニエス・ダニエ”。この学院の保健医の名だ」

「……君たちは、彼女のことを認識できていないだろう?」


 ウィリアムの凪いだ心に、一石が投じられた。



今週もお読みいただきありがとうございます!

次回は明日20時更新予定です。

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