13.その魔法は守るために
外の日差しが肌を焦がす季節になった。
この時期、学院では学年合同の魔物討伐が行われる。
「シャロはドミニクたちと組むんだろう?」
サロンのソファにゆったりと座ったウィリアムは、穏やかな声でシャロに問いかける。
「はい。ドミニク先輩たちと、近くの山林の魔物を討伐することになりました」
「そうか。……ドミニクは頼りになる男だよ。頑張っておいで」
「はい!」
秋の豊穣祭に向けた打ち合わせなどをしながら、二人は軽く雑談を交わす。
和やかなひととき。シャロが雑事も丁寧にこなす姿を見て、ウィリアムは微笑んだ。
「それでは、この書類をテオドール先生に届けてきますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
サロンから出ていくシャロを見送ると、ウィリアムはひとつため息をついた。
「……こうして見ると、特段不思議なところなどないご令嬢なんだけれど……」
シャロが闇魔法を発動した日、ウィリアムは父王から指示を受けた。
――シャロをサロンで保護するようにと。
しかし、その具体的な理由は、ウィリアムにも知らされていない。
「彼女は一体……」
ささやかな疑問が、ずっとウィリアムの中に残っていた。
*
魔物討伐当日。
草木生い茂る山林のなか、10人ほどのチームが歩き回っている。
「今日はよろしくお願いします、ドミニク先輩!」
シャロの声に、ドミニクは朗らかな笑みを浮かべて返した。
「おう!安心して頼ってくれていいぜ!男子は前衛を!女子たちは後方支援を頼む!」
ドミニクの声掛けに、チームの気が引き締まる。
騎士団長子息であるドミニクは、統率力に長けていた。
ドミニクをリーダーとして、チームは山林へと足を踏み入れた。
警戒しながら山林を歩いていると、ふいにそばの茂みが音を立てる。
全員がそちらに集中する。
しかし、茂みの中から現れたのは魔物ではなかった。
「驚かせてごめんなさい、巡回よ。みんな、調子はどうかしら?」
「アニエス先生!」
シャロが明るい声をあげる。
アニエスは保健医として、各討伐チームを巡回していた。
ドミニクが一歩前に出て現状報告をする。
「今のところ怪我人は出ていません」
「そう、良かった。怪我人が出たらすぐに呼んでちょうだいね」
つつがなく報告が終わる。
アニエスはシャロに向けて軽く微笑むと、すぐに別のチームの元へと去っていった。
「いやー、魔物かと思ったぜ」
「気配感じなかったからびっくりしたー」
「不意打ちだったよな」
緊張が解けたのか、生徒たちはめいめいに軽口を叩く。
シャロも、チーム内にいた友人と話している。
その流れで、ある男子生徒がドミニクと肩を組み、小声で話しかけてきた。
「……あのサロンの一年生に、魔物が引き寄せられたりしないよな?」
「……シャロのことか?」
「おう」
クラスメイトの話に、思わずドミニクは眉間に皺を寄せた。
闇魔法には偏見がつきものだが、まさかここまでとは。
「闇魔法にそんな効果ないだろ。……あいつのことは、アーネストもアロイス先輩も認めている。気にしすぎだ」
「……お前がそう言うなら、そうなんだろうけどさ……」
それ以降クラスメイトは口を噤んだため、話は終わった。
(話してみれば良い奴だって分かるんだけどな)
ドミニクにとって、シャロは可愛い後輩だ。
しかし、クラスメイトには下級生との交流がない生徒も少なくない。
この男子生徒のように視野が狭くなるのも仕方のないことだと、ドミニクは頭の片隅で考えていた。
足元に現れる小型の魔物たちを退治しながら、林の奥へと足を進める。
林の奥には小屋があり、そこで休憩をしたあと折り返す行程だ。
足場の悪い林の中を、生徒たちは一歩一歩先へと進む。
「やっと着いたか……」
鬱蒼とした林を抜け、空から日差しが降り注ぐ。
周囲を林に囲まれた小屋が、全員の目の前に現れた。
「早く休憩しようぜー」
一人の男子生徒が駆け出す。
「おい、待て、」
ドミニクがそれに声をかけた瞬間、
ギャアアアア!!!!
小屋の後ろから、巨大な怪鳥が飛び出てきた。
「ッ、うわあああ!?」
駆け出して行った男子生徒は、急に現れた怪鳥に思わず尻餅をついた。
「退避しろ!風と水使いはアイツを抑えこめ!」
ドミニクは瞬時に周囲に指示を出した。
怯んでいた周りの生徒たちは、ドミニクの声で我に返るとそれぞれ魔法を繰り出す。
(こんな大物が潜んでいたとはな……)
風で怪鳥の動きを封じ、水で視界を奪う。
その隙にドミニクは先走った男子生徒を救出した。
ッギャアアアーーーッッッ!!!
怪鳥のつんざくような鳴き声が響く。
周囲の木々が騒めいて、葉が一斉に散る。
その鳴き声を聞いて、前衛の生徒が数名膝をつく。
後衛の生徒の魔法も、乱れ始めていた。
「ッ暴れやがってコイツ……!」
「ドミニク先輩!」
「大丈夫だ!他の奴らを頼む!」
ドミニクもシャロもなんとか立てているが、怪鳥の鳴き声は生徒たちの魔力を乱してくる。
魔力の流れを乱されては、魔法を発動することができなくなってしまう。
次々と倒れる生徒たちに、ドミニクは奥歯を強く噛んだ。
「……やられっぱなしでたまるかよ!」
ドミニクは怪鳥を指さすと、その指先に魔力を込める。
ドミニクの体が熱くなる。彼の周囲の空気が、陽炎のように揺らめいた。
「これで焼けちまいな!」
ドミニクの声と共に。
怪鳥が派手に燃え上がり、激しく蠢くと……そのまま落下して消し炭になった。
「……ったく。林で火を使わせんなっての」
「ドミニク先輩!」
シャロの叫び声。
ドミニクが気を緩めた瞬間、別の影がドミニクを覆った。
消し炭から立ち上がる煙の向こうに潜むものがいる。
目を凝らすと、そこにはもう一羽の怪鳥。
(ッ、不覚……!)
不意を突かれたドミニク。
急いで魔法を発動しようと手をあげた――しかし。
ドミニクよりも早く、動いた者がいた。
「固有結界!」
薄暗い固有結界がドミニクたちを包む。
涼しい空気がドミニクの頬を撫でる。
(……これは……)
その空気は、けして恐ろしいものではなかった。
ドミニクの前に飛び出してきた人影は、ドミニクを守るように立ちふさがる。
「……毒物付与!」
張り詰めた声。魔法を発動する言葉。
そうして、もう一羽の怪鳥は――。
ア、グ、ウガアアアア、!?
苦しげに嘴を開閉させると、体が紫色に染まり、消し炭の上に落下した。
「っはあっ、はあ……」
ドミニクの前に現れたシャロは――肩で息をしていた。
周囲の結界がゆっくりと解かれる。
明るい日差しが降り注ぐ。
「ごめ、なさい、ドミニク先輩……!先輩が、危なそうだったので……!」
シャロは呼吸が整わないまま振り返り、ドミニクを見上げた。
リーダーの指示にない行動をしたことに、申し訳なさを感じたのだろう。
しかし、そんなことはドミニクにとって些事だった。
「……お前かっこいいなあ!」
ドミニクはくしゃりと笑うと、武骨な手でシャロの頭を撫でくりまわした。
「うわっ!?ドミニク先輩!?」
「随分コントロールが上手くなったなあ!すっかり守られちまったよ」
「っ!……守れてよかったです!」
ドミニクの掛け値なしの言葉に、シャロも思わず笑みをこぼした。
「そういやお前、いつの間に毒を使えるようになったんだ?」
「アロイス先輩に教わりました!」
「……あの人、ものを教えることが出来たんだな……」
(そういや最近、アロイス先輩をよく見かけるって噂あったな……)
噂の背景が思いがけず明らかになり、ドミニクは苦笑いを浮かべた。
それからドミニクとシャロは、倒れ込んでしまった生徒たちを小屋へと運んだ。
小屋は綺麗に整備されており、怪我人が休むのに十分な設備だ。
「ありがとう、シャロさん……。貴方って、とても強くて優しいのね」
「闇魔法って正直怖いもんだと思ってたが……助かったよ」
助けられた生徒たちは、口々にシャロへ温かい言葉を投げかけた。
「え、あの……皆さんのお役に立てたなら、私も嬉しいです!」
今までの学院生活で、シャロに優しく声をかけるものは少なかった。
それどころか、恐れられて遠巻きにされるばかり。
慣れない称賛の言葉に、シャロはくすぐったそうに笑った。
全員が小屋に入ったあと、シャロはドミニクに声をかける。
「念のためアニエス先生……えっと、保健医の先生呼びますね」
「ん?」
シャロの言葉に、ドミニクをはじめ、一同はみな不思議そうな顔をした。
「保健医の先生……?」
「今日来てたっけ?」
「いやでも討伐実習だし来てるんじゃない?」
(……え?)
先ほど、アニエスは皆の前に姿を現したはずだ。
しかし今は、まるでそんなことなどなかったかのように、話している。
(……さっき来てたのは確かにアニエス先生だったよね……?)
シャロに向けられた微笑み。あれは自分がよく知っているアニエスだったはずだ。
シャロは不安が拭えないまま、緊急連絡をとるしかなかった。
今週もお読みいただきありがとうございました!
次週、話が大きく動き出します。
次回は6/22(月)20時更新予定です。




