11.異端児、再来
「約束通り、また会いに来た」
シャロは思わず息を飲む。
周囲に漂うひやりとした空気。アロイスの固有結界だ。
『シャロちゃん自身がアロイスに対応できる術を身につけておいたほうがいいと思う』
二コラの言葉を思い出す。
あれからシャロも、自分の身を守るためになにができるか考えた。
(二コラくんのアドバイスを聞いててよかった)
深く息を吸い、体に力を込める。
自分の魔力を身にまとうように魔法を発動する。
固有結界に飲まれないための護身術だ。
「おや?」
アロイスが片眉をあげる。
シャロの頭のてっぺんから足のつま先まで、じっくりと視線を動かして眺める。
一通り眺めたあと、アロイスは満足そうに微笑んだ。
「ずっと君を見ていたが……やはり、闇魔法のコントロールが上達しているな。俺の結界に対応できている」
感心した声。
シャロ自身はまだ気づいていない。
アロイスの結界内で、影響を受けずに立っていられる者は極めて少ないことを。
(……ん?)
シャロの頭の中にひとつ、疑問が生まれる。
「……アロイス先輩。“ずっと君を見ていた”って、どういうことですか?」
「ああ、それか」
アロイスは軽い調子で続ける。
「シャロのことを見ていたかったが、俺が現れるとみな恐れるからな。誰も気づかない離れた場所から君を見ていたんだ」
「隠れて見られる方が怖いですよ!?」
間髪入れずに突っ込みをいれるシャロ。
学院の異端児と呼ばれる天才が、物陰から人を観察している姿はなかなかに恐ろしい。
(でもみんな、アロイス先輩には悪気はないって言ってたよね……)
シャロはアロイスの行動に半ば唖然としながらも、周囲からの言葉を思い出していた。
アロイスに悪意はない。
先ほどの行動も、アロイスなりに配慮した結果だろう。
(……あれ?)
シャロの視線が、ある一点で止まった。
「アロイス先輩、少し屈んでいただけますか?」
「うん?……こうか?」
アロイスが軽く首を垂れる。
シャロはそれを確認すると、次の瞬間――アロイスの髪に、右手を伸ばしていた。
「ッ!?」
アロイスもこの行動は予想していなかったのか、思わず肩が跳ねる。
「あっ、すみません!」
無意識のうちに動いていたシャロは、慌てて右手を引っ込めた。
そして、戸惑いの表情を見せるアロイスの目の前に、右手を差し出す。
「葉っぱが、アロイス先輩の頭についていたので……」
おずおずと差し出されたシャロの右手に、アロイスは目を丸くした。
なんの変哲もない、緑の葉。
数秒それを見つめたあと、アロイスは堪えきれないというように、笑い出した。
「……フ、……ハハハ!シャロ、君は本当に……すごい人間だな!」
「ええ……?な、なんですか……?」
「いいや……。さっきまで、あの大樹の上から君を見ていたんだ。それでついたものだろう」
アロイスが指し示す先には、学院のシンボルでもある大樹がそびえている。
「なぜあんなところから……。そもそも先輩、授業は受けてないんですか?」
「俺は基本的に免除されている。家からの命で、学院に在籍はしているがな」
この魔法に特化した学院では、天才であるアロイスが学べるものは少ないのだろう。
シャロはひとつ息をつくと、アロイスの目を見る。
「アロイス先輩が私を見物したいのは分かりました……どうせ見るなら私から見えるところにいてください。隠れられる方が怖いです」
シャロのまっすぐな眼差し。
アロイスはその眼差しが、自分の心臓に触れたような気がした。
「君はためらいなく俺に触れ、俺を見ても怯えない……君みたいな人間は他にいなかった」
「君がそう言うのであれば……今度からは君の目の届くところで、君を見ていることにしよう」
アロイスは目を細めて、そう答えた。
その表情に、シャロも胸をなでおろす。
「木登りとかもやめてください。怪我したら危ないですし……アニエス先生ならすぐに治してくれるでしょうけど」
「あの保健医か。……彼女は確かに、腕が立つようだ」
アロイスはふと、言葉を止める。
少しの沈黙のあと、さらに口を開いた。
「……シャロは、あの保健医への信頼が厚いんだな」
「それはもちろん。とても頼りになる先生ですから」
「そうか……」
アロイスの静かな声が響く。
「……“わかった”よ。シャロ」
「……え?」
アロイスの言葉の響きにシャロは違和感を覚えたが、それはうまく言葉にならないままだった。
そうしているうちに、周囲の涼しい空気がどこかへ流れていく。
生徒たちの喧騒が聞こえてくる。
アロイスの結界が、解かれたのだ。
「“後輩のレベルに合わせて接する”、だったな。……今日はここで帰るとしよう」
「先輩、」
「では、またな」
アロイスはそう言葉を残して、瞬きの間に消えていった。
「……アロイス先輩……」
呆然と立ち尽くすシャロ。
その背後から、朗らかな声が聞こえてくる。
「おーい!シャロちゃーん!」
「っ、二コラくん、」
「……アロイス先輩の魔法の名残があるな。彼が来ていたのか」
「アーネスト先輩!……はい、実はつい先ほどまで」
なかなか来ないシャロを心配したのか、二コラとアーネストが迎えに来ていた。
「えっ!?大丈夫だった?」
「大丈夫でしたよ。……アロイス先輩、お話してみると意外とお茶目と言いますか」
「あの人相手にその言葉が出てくる君は肝が据わっているな……」
一気に空気が和やかなものになる。
シャロの足取りは軽かった。
アロイスのことがひとつ、わかったような気がした。
*
禁書区域に行った日から、しばらく経ったある日の放課後。
相変わらず腹の底が見えない笑みのテオドールに誘われ、学院にある研究室の一室に私はいた。
目の前には、相変わらず何を考えているか分からないテオドール。
夏が近いというのに、寒気がする。
「……アニエス先生。貴方はとても興味深い」
「……それは、光栄なことですわね」
彼の圧に、思わず言葉も固くなる。
必死で彼の言葉を予測するが――その努力も無意味だった。
「アニエス先生。私は貴方を、知ってみたい」
「なので……取引をしませんか」
彼の言葉はまた一手、私を追い詰める。
テオドールが持ちかけた取引とは?
次回は明日20時更新予定です。




