6. 読書会
「第一王女殿下、この度はお招きいただきありがとうございます」
「このような場にお声がけいただき、大変光栄に存じます」
王女宮の客間に初めて招待された令嬢たちが、リネアに感謝の言葉を述べる。リネアは彼女たちに笑顔で返事をしたあと、色白の顔を緊張でさらに青白くさせている令嬢へと視線を移し、柔らかく微笑んだ。
「あまり緊張なさらないでください。今日は王女宮まで足を運んでいただきありがとうございます、フレドリカ公爵令嬢」
「い、いえ……こちらこそご招待いただき感謝申し上げます。普段あまりこうした社交の場に出ないものですから、無礼がありましたら申し訳ございません」
「そんなこと気になさらないでください。今日はお気に入りの本についてゆっくり語り合えたら嬉しいです」
リネアの言葉にフレデリカが安堵したように表情を緩める。そんなフレデリカの様子を見て、リネアもまたほっと胸を撫で下ろした。
フレドリカ・シベリウス公爵令嬢──あのベネディクト・シベリウス公爵の妹だ。
公爵は基本的に女性嫌いであるという噂だったが、一人だけ例外があった。それが妹のフレドリカだ。
フレドリカは幼い頃から虚弱体質だったため、屋敷で一人で過ごすことが多く、公爵はそんな妹を心配して大切にしているという。
(だから、フレドリカ公女の言うことなら、公爵も素直に耳を傾けてくれるのではないかしら)
つまり、ガードの固い公爵ではなく、まずは妹のフレドリカを味方につけ、彼女に公爵の説得を手伝ってもらおうというのがリネアの作戦だった。
(前に公女が大の読書家と聞いたことがあったから読書会に招待してみたけど、ちゃんと来てもらえてよかったわ)
一応、王女からの招待であるし、断られることはないだろうと思ったが、念のため「王家所蔵の珍しい本を披露する」と書き添えておいたのが効いたのだろうか。
このまま親しくなれればと期待をしつつ、読書会の進行を進める。
「では、まずはお互い打ち解けるために、それぞれのお気に入りの一冊を紹介し合いましょうか。まずは私から参りますね」
読書量ならリネアだって、ここにいる令嬢たちに負けてはいない。リンクヴィストでは母のいない寂しさから逃れるため、エングダールでは長い孤独の時間を忘れるために、ひたすら読書に耽っていたのだから。
リネアが皆の興味を引きそうな本を紹介すると、令嬢たちもリネアを自分たちの仲間だと感じたのか、最初よりも少し心を開いた態度で接してくれるようになった。
「その本、私も読んだことがありますわ。とても面白くて示唆に富んだ内容ですよね」
「私はお恥ずかしながら未読なのですが、王女殿下に紹介していただいて大変興味がわきました。すぐにでも読んでみたいと思います」
「……そう言ってもらえると、紹介した甲斐があって嬉しいわ」
元々は公女に近づくために開いた読書会だったが、こうして共通の趣味を語り合うのは思いのほか楽しかった。
(死に戻る前は、こんなことしたことなかったわね。相手に嫌がられたらと思うと気が引けて、いつも受け身だったから……)
母が事故で亡くなり、父の愛人が王妃になったあとは、自分がリンクヴィスト王家の余り物に感じられて萎縮するようになってしまった。だから、貴族令嬢を招待して歓談するなんて公務でもなければあり得ないことだった。
(私、もったいないことをしていたかもしれないわね)
意外にも心躍るひと時に、自然と頬が緩む。
「……では、次はフレドリカ公爵令嬢の番ですね。お気に入りの本を教えてください」
「は、はい、分かりました……。私の好きな本は、その……こちらでございます」
フレドリカは、そう言って一冊の美術書を紹介してくれた。しかし、顔は青ざめ、話す言葉も詰まってばかりで要領を得ない。他の令嬢たちもどう反応していいか戸惑っている様子だった。
(フレドリカ公女、きっと相当緊張しているのね……。社交の場に慣れていないと言っていたのは本当だったみたい。本の紹介をお願いしたのは失敗だったかしら……)
そう考えている間にも、フレドリカはどんどん顔色を失い、今にも倒れてしまいそうだ。リネアは話題を変えることにした。
「フレドリカ公女、ご紹介ありがとうございました。おかげでこれから美術品の見方が変わりそうです。では、次は趣向を変えて、大衆小説の変遷について語り合いましょうか」
◇◇◇
その後、リネアは何度か話題を変えてみたが、公女の表情はずっと暗かった。おそらく、最初の失敗が尾を引いているのだろう。
(どうしよう……。これでは仲良くなるどころか、トラウマを植えつけることになりかねないわ)
しかし、読書会の時間はもう終わりに近づいている。
それに令嬢たちも、今回の目玉である「王家所蔵の珍しい本」の登場を待ちかねているようだった。
「……では、そろそろお開きの時間も近づいてまいりましたので、皆さんお待ちかねの一冊を披露いたしましょう」
リネアが目配せで合図すると、王宮図書館の司書がやって来て、秘蔵の本を大切そうにリネアに手渡した。
「どうもありがとう。──皆さん、こちらが『聖人の書〜奇跡の足跡〜』の初版本です」
リネアが本を胸もとに掲げて見せると、令嬢たちが息を呑む音が聞こえた。
「まあ……これがパルメ神官が記したという『奇跡の足跡』!」
「初版本は複製本とは表紙の色が違うのですね」
「現在主流のノルマン版の写しとは綴りも少し違うのだとか」
さすが本好きの彼女たちは、目の付け所も普通の令嬢たちとは違うようだ。
(フレドリカ公女も、これで少し気分を持ち直してくれるといいのだけど……)
ちらりと横目で確認すると、公女が頬を赤く染めて初版本に見入っている。その様子にリネアもほっと安堵したのだったが……。
(なんだか視線がちらちら動いているような……)
よくよく観察してみると、公女の視線が初版本ではないほうへ向けられている瞬間がある。何か気になるものでもあるのだろうか。リネアが公女の移ろう視線の先を目で追うと──。
(もしかして、彼を見ているの……?)
公女がしきりに気にしていたのは、初版本を持ってきた王宮図書館の司書クラースだった。




