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5. 未来を変えるために

「どうしてここに……? さっきまでたしかにエングダールの離宮にいたのに……」


 何が起こったのかまったく理解できないが、夢を見ているわけではなさそうだ。ベッドの寝心地も、サイドテーブルに置かれた檸檬水のほのかな香りも、窓から入ってくる光の柔らかさも、慣れ親しんだかつての部屋のままだ。


 リネアが呆然としていると、ドアをノックする音と侍女の声が聞こえた。


「リネア様、おはようございます。今日はいいお天気ですよ」

「……っ!」


 懐かしい王女宮の侍女の挨拶。

「リネア様」と呼ぶ朗らかな声。


 エングダールの侍女たちは決してリネアの名前を口にすることはなく、常に「側妃様」と呼んでいた。そのたびに、リネアは自分の立場を思い知らされ、ただ一人「リネア」と呼んでくれるイデオンを愛しく思うようになっていた。


「リネア様? どうなさったのですか? 具合がよろしくないのでしたらお薬をお持ちいたしますが……」


 心配そうに眉根を寄せる侍女の前で、リネアが慌てて目元を拭って微笑みかける。


「大丈夫よ。おはよう、アニタ。本当に今日はいいお天気ね」

「ええ、昨日の嵐が嘘のようですね。昨夜は厩舎に雷が落ちたせいで、馬たちが興奮して大変だったそうですよ。小火(ぼや)もあって大わらわだったみたいです」

「まあ……それは災難だったわね」

「馬番のダンが寝不足でぐったりしてました。さあ、では朝のお支度をしましょうか」


 アニタの手伝いで朝の支度を整えながら、リネアはさっきの会話から状況を掴み始めた。


 嵐の日の夜、厩舎に雷が落ちて小火騒ぎになったことがあった。あれはたしか、エングダールに嫁ぐ一年前のこと。アニタとの会話も、そのときとそっくり同じだった。


(もしかして私、二年前に戻ってきたの……?)


 死んだはずの身体が生きているだけでも驚きなのに、まさか二年も昔に遡っているなんて信じられない。

 しかし、念のためにアニタに今日の日付を尋ねると、リネアの推察どおり、リネアの死から二年前の日付だった。


「本当に過去に戻ってきたのね……」


 支度を終えてアニタが退室したあと、大きな姿見の前でリネアが呟く。


 なぜ過去に蘇ったのか、理由は分からない。

 けれど、これはチャンスだと思った。


 これからまた同じ出来事が起こるなら、今から一年後にイデオンからの求婚状が届くだろう。そしてリネアは有無を言わさず結婚させられる。


 イデオンと結婚なんてしたら、もうお終いだ。

 リネアは再び孤独の檻に閉じ込められ、もう愛することはできない男に一生縛りつけられることになるだろう。


「そんなの嫌よ……」


 イデオンとの結婚は絶対に避けなければならない。

 でも、一体どうすればいいのだろう。


 求婚される前に王宮から逃げ出す?

 いや、現実的に考えて、逃げ切れるわけがない。

 

 それなら、イデオンから求婚される前に他の人と結婚するのはどうだろう。


「でも、その人も彼のようにひどい人だったら……」


 イデオンがあんなに歪んだ感情を抱いていたなんて、あの日までまったく気づかなかった。

 だから、よく知らない人にすぐ嫁ぐのは危険かもしれない。

 もう二度と同じ過ちは繰り返したくなかった。


「……たしか、あの政略結婚はシベリウス公爵が強く進言したから国策として進められることになったのよね」


 だったら、シベリウス公爵の考えを変えられれば、イデオンとの政略結婚を回避できるかもしれない。


「求婚状が届くまであと一年。それまでにシベリウス公爵を味方につけてみせるわ」


 リネアは鏡の中の自分に向かって宣言した。



◇◇◇



 ──ベネディクト・シベリウス公爵。

 王国最強と謳われる白獅子騎士団の騎士団長でもあり、見目麗しい外見から彼に憧れる女性は多かった。


 しかし、想いを募らせた女性から付きまとわれることがよくあり、そのせいで女性を避けるようになってしまったとか。さらに、冷徹かつ実利主義であることで有名で、簡単に懐柔できる相手ではない。


「それでも、どうにかして公爵を説得しないと……」


 今のリネアには公爵と駆け引きできそうな材料は何もない。

 公爵と交流しようにも特に接点もなく、急に近づこうとしては警戒心の強い公爵にかえって距離を置かれてしまうかもしれない。


「何かいい考えはないかしら──……そうだわ」


 リネアは何かを思い立つと、机に向かって手紙をしたため始めた。その後アニタを呼び出し、書き上げたばかりの手紙数通を手渡す。


「これを宛名の貴族令嬢たちに送ってもらえるかしら?」

「かしこまりました。招待状でございますか?」

「ええ、読書会を開催しようと思うの」


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