4. 崩壊と再生
「私を孤立させたって……一体どういうことですか……?」
イデオンの豹変ぶりに恐怖を感じながらも、聞き捨てならない言葉が聞こえ、リネアが震え声で尋ねる。
するとイデオンはゾッとするほど冷たい目でリネアを見下ろし、その薄い唇を歪めて言った。
「どうもこうも、言ったとおりだ。ここでお前が孤独を感じるようにすべてを遠ざけた。使用人にはお前を人形として扱うよう命じた。正妃にはお前が口汚く侮辱していたと煽ってやった」
予想もしなかった返事に、リネアの朝焼け色の瞳が大きく揺らいだ。まったく意味が分からない。今までイデオンに弱音を吐き、そのたびに慰め抱きしめてくれた時間は何だったのだろう。
「な……なぜ、そんなことを……?」
信じられない思いでイデオンを見つめると、彼はリネアの髪を掴んでグイッと自らのほうへ引き寄せた。
「お前を愛しているからだ。誰からも疎まれ、誰にも相手にされず、孤独に飲み込まれてほしかった。そうすれば、お前は俺に縋ってくれるだろう? 孤独に苛まれて苦しくなるほど、お前は俺を求めて愛する。俺はお前の愛が欲しかったんだ」
呆然とするリネアの耳にイデオンが口づける。
いつもなら、そこからリネアが応じるところだったが、今はそんな気分になれるはずもない。
「そんな……では私がずっと耐えてきたあの孤独は、あなたがわざと作り出したものだったのですか……? あなたは一人で苦しむ私に同情するフリをしながら、上手くいったと笑っていたのですか……?」
この一年間の辛かった日々と、イデオンと愛し合った日々がぐちゃぐちゃになって思い出される。リネアの瞳から大粒の涙がポロポロと流れ落ちた。
「それなのに、私……」
何も知らずにイデオンを愛してしまった。
いや、愛するよう仕向けられた罠にまんまと掛かってしまった。
彼がそんなことをしなければ、孤独に陥ることも、醜い優越感を知ることもなかったのに。
一番の味方だと思っていた人が、一番の敵だったなんて。
今までイデオンに感じていた温かな感情が、引き潮のようにみるみる消えてなくなっていく。自分が今、悲しいのか悔しいのか憎いのかもよく分からない。
しかし、イデオンがさらに口づけて抱き寄せようとした瞬間、リネアはとっさに彼の胸を力いっぱい押し返した。
「やめて!」
「……リネア?」
「あなたのしたことは酷すぎます……。私は馬鹿なので見事に騙されてしまいました。こんなの、愛でもなんでもなかったのに……」
嗚咽まじりにそう吐き出したとき、イデオンの手がリネアの腕を掴んだ。
「愛じゃないとはなんだ。俺は誰よりもお前を愛しているのに。俺が嫌になったのか? 俺を捨てるつもりなのか?」
「……い、痛いです、放して……」
「放すものか。俺を捨てて逃げるつもりなんだろう? 他に誰か男がいるのか? 俺がいない間に通じ合っていたのか?」
腕を握る力がどんどん強くなり、リネアの顔が痛みに歪む。
しかし、それ以上に歪んだイデオンの顔から、勝ち誇ったような笑いが漏れた。
「だが残念だったな。お前は俺以外の誰にも選ばれない。なぜならお前は子を身籠れない体だからだ」
「……え?」
「跡継ぎを産めない女の貰い手などいない。お前は大人しくこの離宮に閉じこもっていればいいんだ」
「ま、待ってください……私が子を身籠れないって、本当に……?」
そんなこと、リンクヴィストの医者に一度も言われたことはなかった。結婚前の診察でも何も問題はないとの診断だった。
それなのに、なぜイデオンはそんなことを言うのだろう。
わけの分からない恐ろしさに震えが止まらない。
「本当だ。お前はもう身籠れない体になった。不妊薬によってな」
「不妊、薬……?」
「ああ、お前が飲む茶に混ぜた。一年間飲み続ければ懐妊など無理だ。だから、これからは子供のことも、俺から逃げようだなんてことも考えるな」
「どうして、そんなひどいこと……」
「ひどい? 俺以外のことを考えるお前のほうが悪いだろう? 子供のことなんて二度と考えるな。俺の跡継ぎはベアタに産ませる」
「……正妃様が……?」
そのとき、リネアの中で何かが壊れる音がした。
この孤独な離宮でリネアが心の拠り所にしていた美しいガラス細工が粉々に砕ける音だった。
もうこれからの未来に何の希望も喜びも見出せない。
どうしてこんなことになってしまったのか。
これからどう生きていけばいいのか。
「リネア、お前は一生俺に縋って、俺だけを愛していればいいんだ」
イデオンがリネアの身体に覆い被さる。
けれど、リネアにはもう抵抗する気力さえ残っていなかった。
──その翌日、リネアは離宮で自ら命を絶った。
……はずだったのに。
「ここは……リンクヴィストの王宮……?」
死んだはずのリネアがなぜか目を覚ますと、そこは祖国リンクヴィストの王宮にある自室のベッドの上だった。




