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3. 堕ちていく側妃

 エングダールに側妃として嫁いでから一年が経った。


 祖国のため──いや、実際は蔑むべき立場にある自分に何とか価値を見出すため苦しい境遇にも耐えていたが、リネアは次第に限界が近づいているのを感じていた。


 正妃ベアタには相変わらず嫌悪され、王宮ではリネアは存在しない者として扱われていた。

 また、貴族の夫人たちから招待されて茶会に出かければ、待っていたのは温かな歓迎ではなく、正妃の取り巻きたちによる陰湿な嫌がらせだった。


 愚痴をこぼしたくても、リネアの周りに信頼できる者は誰もいなかった。婚前契約によって、リンクヴィストからは侍女を連れていくことができなかったし、離宮の使用人たちはリネアに対して常に一線を引いてしか接してくれなかった。


 いつしかリネアの心は塞ぎ、まるで冷たい水槽の中に一人閉じ込められてしまったようだった。


 透明な壁に隔てられたまま淡々と世話をされるだけの毎日。

 誰かが目をとめてくれるのを待ちながら失望で終わる日々。


 だから、唯一リネアを見つめてくれ、その手で抱きしめてくれるイデオンに心惹かれていったのも当然のことだった。


「今夜はイデオン様がいらっしゃる……」


 窓の外に浮かぶ満月を眺めながら、リネアが呟く。

 今日はイデオンが離宮に来てくれる約束の日だ。遠方での視察が終わったあと、ベアタではなくリネアを訪ねると言ってくれた。


「嬉しい……」


 そんな風に思ってはいけないと分かっているが、イデオンが正妃より自分を優先してくれることに、リネアは仄暗い喜びを覚えるようになっていた。


「いつかイデオン様の子供を授かりたいわ」


 愛する人との子供は、どれほど可愛いことだろう。

 血を分けた子がいれば、いつも胸に抱えているこの寂しさもなくなるだろうし、イデオンも喜ぶに違いない。我が子に会うため、もっと頻繁に離宮に会いに来てくれるはずだ。


 それに、王太子の跡継ぎを産めば待遇もこれまでよりずっと良くなるのではないだろうか。正妃より先に身籠れば、今度は向こうが肩身の狭い思いをするはず。


 リネアの心に再び暗い影が落ち始めたとき、一回だけのノックの音が聞こえ、リネアはパッと頬を紅潮させた。


「あのノックの音は……」


 軽く身だしなみを整えてからドアを開けると、視察から帰ってきたイデオンが約束どおりリネアを訪ねてきてくれた。


「おかえりなさいませ、イデオンさ──……」


 出迎えたリネアの唇をイデオンが口づけで塞ぐ。そのまま舌を絡ませ、息つぎもできないほどに何度も口づけを繰り返すと、イデオンはリネアをベッドに押し倒し、満足げな笑みを浮かべた。


「俺がいなくて寂しかったようだな」

「はい……帰ってきてくださって嬉しいです」

「そうか、それならもっと喜ばせてやろう」


 縋るように手を伸ばしたリネアの体にイデオンの影が覆い被さった。



◇◇◇



 何度も二人で愛し合ったあと、リネアはイデオンの腕の中に収まりながら、さっきのささやかな願い事を思い浮かべた。


「ん? 何を考えているんだ、リネア?」

「あ……その……早くイデオン様との子を授かれたらいいなって……」

「俺との子?」

「はい、きっとすごく可愛くて愛おしくなると思います」


 イデオンと同じ色の髪と瞳を持つ男の子が生まれたら、どんなに幸せだろう。今まで辛かったことも悲しかったことも、全部忘れられるくらい嬉しくて堪らなくなるはずだ。


「もし赤ちゃんが来てくれたら……もうイデオン様がいらっしゃらなくても心安らかにいられるはずです」


 リネアが幸せな未来を夢見ながらイデオンに微笑みかけたとき、彼の銀色の瞳がわずかに暗く翳った。


「……やっぱり、思ったとおりだったな」

「えっ?」


 イデオンが苛立たしげにリネアを睨みつける。


「子供ができれば俺は用済みか?」

「よ、用済み……? 何をおっしゃっているのか……」

「子供さえ生まれれば、俺がいなくても平気なんだろう? 今そう言ったじゃないか」

「ち、違います……! 私はただ、あなたが離宮に来られないときでも子供がいてくれたら寂しくなくなると思って……」

「ハッ、同じじゃないか。子供がいれば、お前の俺への気持ちは薄れるということだろう? そんなことは許さない。お前は俺だけを求めて、俺だけを愛していればいいんだ。そのためにお前をここで孤立させたのに……!」


 ベッドから起き上がったイデオンが、翳った目でリネアを見つめる。リネアは、ついさっきまで彼に抱かれて熱を帯びていた身体が一気に冷えていくのを感じた。


「私を孤立させたって……一体どういうことですか……?」


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