2. 存在意義
イデオン王太子との政略結婚は、父マルクスの主導で速やかに進められ、あっという間に挙式の日となった。
挙式といっても大々的に行われることはなく、エングダールの神殿で婚姻の儀式を行うと、すぐに王宮の離宮へと連れていかれた。
「側妃様にはこちらの離宮でお過ごしいただきます」
「分かりました。……イデオン殿下は今どちらに?」
「王太子殿下は王宮です。こちらには夜にいらっしゃると伺っております」
「そう……。では、それまでに正妃様にご挨拶をしたいのですが……」
「申し訳ございませんがお控えください。正妃様が拒否されております」
「あ……そう、ですよね。分かりました。では離宮を案内していただけますか」
「かしこまりました」
離宮の使用人たちは淡々としていたが、「側妃」などという厄介な存在に戸惑っているのが見て取れた。それに案の定、正妃ベアタもリネアを嫌っているらしい。
それも当然のことだろう。新婚期間に夫が別の妻を娶って傷つかないわけがない。
リネアの母親も、最後まで王妃として毅然とした態度を取ってはいたが、夫が愛人を囲っていることにひどくショックを受けていた。
その胸の痛みを誰よりも知っている自分が、こんな風に側妃として正妻を傷つける立場になるなんて、情けなくて仕方がない。
(リンクヴィストでもエングダールでも、私はとことん邪魔者ね……)
離宮を案内してくれる執事の説明を聞きながら、リネアは目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。
◇◇◇
その日の夜。初夜の支度を整え、夫の来訪を待っていると、静かな部屋にノックの音が響いた。
「入るぞ」
その一言とともに、返事も待たず部屋へと入ってきたのは、今日からリネアの夫となったイデオン王太子だった。
出迎えようとしたリネアが慌ててソファから立ち上がると、イデオンは大股で近寄ってきて、リネアの小さな顎をぐいと上向かせた。
「やっと俺のものになったな。いや、それはまだ後か」
何が可笑しいのかクツクツと笑うイデオンを見て、リネアの顔が引きつる。挙式のときは紳士的な振る舞いだったが、今の彼はどこか荒々しい雰囲気をまとっている。
(少し怖い……)
怯えを気取られないようそっと目線を逸らすと、それがかえって彼の気を損ねてしまったようだった。
「こっちを見ろ、リネア」
さらに強く顎を引かれ、リネアは思わず「うっ……」とうめき声を漏らした。
「俺を恨んでいるのか? 第一王女のお前を側妃として迎えたから」
「い、いえ、恨んでなど……」
「俺はお前の祖国を救ってやるんだから感謝してもらわないと困る。父上を説得するのも苦労したんだ」
「はい、心から感謝しています……」
震える口で、心にも無い返事を繰り返す。
ここでのリネアは人質も同然。祖国に莫大な援助をもたらしてくれる彼を怒らせるわけにはいかない。
これは一種の外交だ。リンクヴィストの第一王女として、務めを果たさなくてはならない。そうすれば、リネアがここにいる意味も生まれる。
恐怖を抑え、指先まで冷えきった手でイデオンの胸もとに触れると、彼はその銀色の瞳をわずかに見開いたあと、リネアの手を力強く握りしめた。
「冷たいな。俺が温めてやる」
イデオンがリネアを抱きあげてベッドへと運ぶ。綺麗に整えられたシーツの上にリネアが横たわると、イデオンの大きな手がリネアのネグリジェのリボンをほどいた。
長い初夜の始まりだった。




