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1. 屈辱的な求婚

「リネア、お前にエングダール王国の王太子から求婚状が届いた」


 リンクヴィスト王国第一王女リネアは、父王マルクスの発言に驚くあまり、朝焼け色の瞳を大きく見開いた。


 求婚話が寝耳に水だったのはもちろんだが、それよりも求婚してきた相手が問題だった。


「恐れ入りますが、エングダール王国の王太子殿下にはすでに妃がいらっしゃるのでは……?」


 エングダールの王太子イデオンは、昨年末に自国の公爵令嬢と婚姻しているはずだ。それなのにリネアに求婚してくるとはどういうことだろう。


 混乱するリネアに、マルクスが冷徹な視線を向ける。


「その通り、イデオン王太子にはすでに正妃がいる。つまり、お前を側妃として迎えたいということだ」

「……!?」


 予想もしていなかった返事に、リネアが絶句する。


 たしかにエングダール王家では側妃を娶ることもあると聞くが、それは敗戦国の王女を人質として拘束する場合に限られていたはずだ。敗戦国でもない相手の第一王女を側妃に迎えるというのは、リンクヴィストを格下とみなしているのも同じ。嫁げばリネアも人質同然に見られることになるだろう。


「……なぜ側妃なのですか? そんな侮辱を受けてまで婚姻を承諾する必要はないと思いますが……」


 やっとのことで返事を絞り出すと、マルクスは呆れたようにわざとらしいため息をついた。


「まったく、何と傲慢な娘だ。この政略結婚ひとつで我が国に莫大な援助がもたらされるのだぞ。王女として国のために役立とうとは思わないのか?」

「そ、それは……」


 王女として。国のために。

 そんなことを言われてしまえば、何も言い返せない。

 

「我が国は昨年流行した疫病で大きな痛手を負った。この危機を脱するにはエングダール王国の援助が必要だ。お前は我が身かわいさのあまり、国民をないがしろにするつもりか?」

「いえ、決してそのようなことは……」

「では自分が何をすべきか分かるはずだ」


 父の無感情な視線が胸に突き刺さる。

 まるでリネアを政略の駒としか見ていないかのような眼差し……いや、「まるで」ではなく、実際そうなのだろう。


 リネアは今は亡き前王妃の娘であり、国王マルクスの第一子。しかし、母親が存命だった頃から、父マルクスは母子に冷淡だった。なぜなら、彼には他に愛する女性がいたから。


 マルクスは愛人を公然と離宮に住まわせており、彼女との間には男女の双子までもうけていた。そしてリネアの母親が事故で亡くなるとすぐに愛人を召し上げて王妃とし、双子は第一王子と第二王女となった。


 父は愛する家族に囲まれて幸せそうだった。

 リネアのことは相変わらず眼中になく、元愛人と元私生児たちを愛することに専念していた。

 父にとって「我が子」とは双子のことであり、リネアはあくまでリンクヴィスト王家の第一王女という存在でしかなかった。


 だから、このエングダールとの婚姻も父にとってはさほど屈辱でもないのだろう。何の愛着もない「第一王女」を嫁入りさせるだけで、裕福な隣国と長期的な同盟を結べるのだから。


「……求婚されたのは本当に私なのですか? 実はアグネスなのではなく……?」


 一瞬、父が愛する双子の姫を守るために、側妃の役目を押しつけてきたのではないかと思ったが、マルクスは何か可笑しいことでもあったかのように鼻を鳴らして笑った。


「いや、お前で間違いない。アグネスにこんな求婚をしてきたら戦争になっていただろう。指名されたのがお前でよかったよ」


 マルクスの言葉は、まるで真冬の氷水のようだった。肌を突き刺すように冷たく痛く、リネアは身じろぎすることもできなかった。


「貴族たちもこの婚姻に賛成している。特にシベリウス公爵が強く推奨していた」

「シベリウス公爵が……?」


 王国最強との呼び声高い白獅子騎士団の若き騎士団長であり、由緒あるシベリウス家当主であるベネディクト・シベリウス公爵。

 諸貴族はもちろんのこと、国王からも信頼されている彼の発言力は強い。国王がエングダールからの求婚を歓迎し、公爵も賛成したのであれば、この婚姻が白紙に戻ることは考えがたかった。


「第一王女である自覚があるなら、立派に国の役に立ってみせろ。さあ、今日から輿入れの支度を始めるのだ」

「……はい、かしこまりました」


 リネアは力無く一礼すると、静かに部屋を出ていった。


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