43. 懺悔
「あなたの……寿命?」
リネアが呆然と呟く。
「で、でも、あなたは今生きてるのに……」
「アハハ、死んだら復讐できないからね。だからその分だけ寿命を残したんだ。つまり、いろいろ引き算すると僕の命はあと1年もないってこと」
「そんな……どうしてそこまでして……!」
オリヴェルの言っていることが信じられない。
処理しきれない感情が胸に渦巻き、思わず語気が荒くなる。すると、オリヴェルがか細く弱々しい声で呟いた。
「君に……ずっと償いたかった」
「私に償う……?」
一体何のことだか分からない。
けれど、今にも堰を切って泣き出しそうなオリヴェルの顔が、どうしてか幼い日の彼の姿に重なって見えた。
「……あの日のこと、僕は今でもはっきり覚えてる。リネアと一緒にピクニックに出かけて、リネアの母上が亡くなった日のこと──」
仲良しのリネアとの、親子同士でのピクニックの約束。
オリヴェルは、その日をひと月も前から指折り数えて楽しみにしていた。リネアと何をして遊ぼうか考えるだけでわくわくした。
(そうだ、リネアを僕の秘密基地に連れていってあげよう)
木の枝や葉っぱをたくさん使って作った、オリヴェルだけの秘密基地。そこにリネアを招待して、二人で一緒におやつを食べたらどんなに楽しいだろう。
名案を思いついたオリヴェルは、その日からせっせとリネアを迎える準備をした。リネアが過ごしやすいように基地の中を整え、草で敷物を編み、女の子が喜びそうな花も飾った。
リネアがこの基地を見て「すごい!」と目を丸くする姿を想像すると、胸が高鳴って仕方なかった。
「早くリネアに会いたいな」
そして、ピクニック当日。
爽やかな初夏の日の午後。
互いに久しぶりの再会を喜び、母親同伴で散策を楽しんだあと、オリヴェルとリネアは四つ葉のクローバー探しをして遊んでいた。母親たちは木陰でお喋りしながら休憩している。
四つ葉のクローバーをすでにふたつ見つけたオリヴェルは、まだひとつも見つけられなくて必死に探しているリネアに、小さな声で話しかけた。
「ねえリネア、ちょっとあっちに行ってみない?」
「え? どうして?」
「見せたいものがあるんだ。きっとびっくりするよ」
「うーん、でも今は四つ葉のクローバーを探しているから」
「クローバー探しはいつでもできるでしょ? それよりずっとすごいから。ねえ、お願い」
「……じゃあ、少しだけなら」
「よし、行こう!」
オリヴェルはリネアの手を引いて駆け出した。
早くリネアを秘密基地に連れていきたい。
ポケットにはリネアにあげるお菓子とプレゼントのリボンも入れてある。準備万端だ。
わくわくした気持ちで雑木林に入り、茂みをかき分けて進んでいくと、リネアがオリヴェルの手を振りほどいた。
「やっぱり私、行かない」
「え、どうして……?」
「だってここ、歩きにくいし、服が汚れちゃうから……。これ、お母様が作ってくださったお気に入りの服なの。だから汚したくなくて。ごめんね、オリヴェル」
お気に入りの服を汚したくないから。
たしかにリネアが着ている服は可愛らしくて、でも茂みをかき分けて歩いたせいで葉っぱがくっついている。
リネアがこれ以上は汚したくない気持ちはよく分かる。
でも……。
「あともう少しで着くから。そこはちゃんと綺麗な場所なんだ。だから──」
「また今度にするね。次は汚れてもいい服を着てくるから──オリヴェル?」
リネアがハッとしてオリヴェルを見る。
それから焦ったように手を伸ばした。
「ご、ごめんなさい、オリヴェル。私……あっ、待って!」
オリヴェルがリネアを無視して駆け出す。
リネアと二人だけの楽しい思い出を作るつもりだったのに。
リネアにとっては迷惑なことだった。
悲しくて悔しくて、涙がボロボロこぼれてくる。
こんな顔、リネアには見られたくなかった。
川辺に行けば、この情けない泣き声をかき消してくれるだろうか。
オリヴェルは川へ行って声を出して泣いた。
ポケットからお菓子とリボンを乱暴に出して、川の中に投げ捨てた。
「こんなの最初から用意しなければよかった……!」
そうして川辺でひとり泣いていると、やがてリネアがやって来てオリヴェルの隣にしゃがみ込んだ。
「オリヴェル、ごめんね」
「……やめなよ、服が汚れるよ」
「大丈夫。綺麗に洗ってもらうから。ねえ、オリヴェルが言ってた場所、一緒に行こう? きっと何か準備してくれてたんでしょう? 気づかなくてごめんね」
リネアが優しい声でオリヴェルを慰める。
さっきまでぐちゃぐちゃだったオリヴェルの心が少し落ち着いて、自分の行動がひどく子供じみていたように思えてきた。
「……僕もごめんね。せっかくリネアが可愛い格好をしてたのに、ちゃんと気遣ってあげられなくて……」
「いいのよ。私も悪かったから、お互いさま。仲直りして、また遊ぼう?」
「うん……!」
オリヴェルが涙を拭いて立ち上がったとき、遠くからオリヴェルとリネアを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、こっそりここに来たのがバレちゃったのかな。早く戻らないと──」
「リネア様! こちらにいらしたのですね! 大変です、王妃様が……!」
「お母様が……?」
──それからの出来事は、オリヴェルとリネアの二人にとって辛い過去となった。
なぜなら、このとき二人がこっそりいなくなった間に、リネアの母親が川で溺れて亡くなったからだ。
それを知ったときのリネアの表情は、オリヴェルの脳裏に今も鮮明に焼きついている。
その悲しい記憶を思い出しながら、オリヴェルはリネアに懺悔した。
「王妃様が亡くなったのは、僕のせいなんだ。僕が癇癪を起こしてポケットの中身を川に投げ捨てたから……。僕たちがいなくなったことに気づいて探していた王妃様がそれを見つけて、リネアのものだと誤解して川に入った。それで溺れてしまって……」
「そんな……」
「これが王妃様が川で溺れた本当の理由。僕自身、何年も経ってから偶然知ったんだ。ほらね、全部僕が悪いだろう? あの日、僕があんなことしなければ……。僕が君から母親を奪ってしまった。君の人生を狂わせてしまった……」
オリヴェルの声が掠れて、嗚咽が混じる。
「……本当は、このことを知ってからすぐ女神の天秤で時間を戻そうと思った。まだ何も起きていなかったあの日の朝に。でも、僕の寿命を全部かけても、全然足りなかったんだ」
「オリヴェル……」
オリヴェルの深い後悔が、リネアにも伝わってくる。
リネア自身、あの日の真実を知ったばかりで混乱しているし、怒ればいいのか悲しめばいいのかも、まだよく分からない。
しかし、長い間ずっと罪の意識に苛まれ、償いの機会を求めていたオリヴェルの慟哭を聞いていると、抱きしめてあげずにはいられなかった。
「もういいの。あなただけが悪いんじゃない。一人で背負い込むことなんてないの」
幼い子供が、親の目を盗んで冒険しようとしたり、悔しくて物に当たるなんて珍しくもない。
まさかそれが取り返しのつかない悲劇を引き起こすことになるなんて、想像もつかなかっただろう。
まだ未成熟だったオリヴェルひとりに責任を押しつけられることではない。彼が自らに罪があるというなら、同じく黙って安全な場所を離れたリネアだって同罪だろう。
「もう泣かないで、オリヴェル。あなたには何の罪もない。ただ、たまたま良くないことが起こってしまっただけ。あなたがお母様を奪ったんじゃない」
リネアの母も、きっと子供から目を離したことを心から後悔したはずだ。川の中にリボンを見つけ、最悪の事態を想像したに違いない。だから危険を顧みず川に入り、不運にも溺れてしまった。
「もう自分を責めなくていいの。あなたは悪い子じゃない。私のことを思ってくれる、とても優しい子よ」
「リネア……ごめんねリネア……」
リネアは泣きじゃくるオリヴェルの頭を何度も優しく撫でてやった。朝焼け色の瞳から一筋の涙を流しながら。




