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42. 過去のその後

 二人だけになった部屋で、リネアがオリヴェルを見つめる。


「あなたにも回帰の記憶があったなんて、全然気づかなかったわ」

「なるべく気づかれないようにはしていたからね」


 今思えば、違和感はあった。

 回帰前はこの年にオリヴェルがリンクヴィストに滞在するなんて出来事はなかったからだ。

 でも、ひとつ気になることがある。


「どうして私たち回帰したのかしら。それに、私とあなたとイデオンだけが回帰前の記憶を持っているなんて……」


 こんな話は見たことも聞いたこともない。

 一体なぜこんな奇跡が起こったのだろうかと不思議に思っていると、オリヴェルが静かに言った。


「それはね、回帰を起こしたのが僕だからだよ」

「あなたが……!?」


 驚くリネアにオリヴェルが話を続ける。


「回帰前、君が亡くなったあとのことは知らないだろう? 君の死後、エングダールでは君が持病で亡くなったことになっていた」

「私が持病で……?」

「おかしいよね。君に持病なんてなかったのに。でも、当時はしばらく君と交流してなかったし、僕の知らない間に病を患ってしまったのかもしれないと思ったんだ。それに、イデオンも君を失ってかなり自棄(やけ)になっていたから、本当に運悪く病で亡くなってしまったんだと思ってた。でも、君の形見分けをお願いしようとリンクヴィストの王宮を尋ねたとき、そうじゃないことを知ってしまった」


***


 オリヴェルはリネアの肖像画を分けてもらうためにリンクヴィストの王宮を訪ねた。最近の肖像画は保存されるだろうから難しくても、幼い頃や少女の頃の絵でも分けてもらえればと考えたのだ。


 しかし、リンクヴィストの王宮にはリネアの肖像画は一枚もなかった。いや、肖像画どころか、リネアに関するものは一切残っていなかった。


 リネアの居所だった王女宮の執事に尋ねると、リネアの持ち物はすべて焼却されてしまったのだという。憤って問い詰めるオリヴェルに、執事は怯えた顔でこう言った。


『アグネス王女殿下のご命令に従ったまででございます……』


 それからオリヴェルはアグネスのもとへ向かった。

 アグネスはちょうど双子のヘンリクと談笑しているところだった。


『まったく、死ぬならもっと早く死んでくれたらよかったのに、本当に鈍くさいんだから。でも、これでリンクヴィストの王女は私ひとりだけよ』

『おめでとう。だが、リネアのものを全部燃やすなんてやり過ぎじゃないのか?』

『別に、お父様も許可してくださったんだからいいでしょ? ここにあの女の痕跡を残しておきたくないの』

『お前のリネア嫌いは相当だな。なのに、なんでわざわざエングダールまで行ってリネアの葬儀に出席したんだ?』

『あら、そんなのリネアの死に顔を見るために決まってるじゃない。……そうだ、教えてあげる。リネアは病死じゃなくて、自分で飛び降りて死んだんですって!』

『は? 本当か?』

『ええ、使用人が話してるのを聞いたの。絶対に本当よ。だって棺の中は花がいっぱいでリネアの顔しか見れなかったんだもの。きっと身体が傷んでて見せられなかったんだわ』

『うえ……』

『あとね、リネアは結婚してからずっと離宮に閉じ込められてたんだって! 正妃や貴族たちから嫌われて、もちろん友人なんて一人もいなくて孤独に暮らしてたらしいわ! いい気味!』

『うわあ、何が楽しくて生きてたんだろう』

『こんなんじゃ、最初から生まれてこないほうがよかったわよね。本当に無駄な人生だこと!』


 それから双子は笑い合い、次の夜会のパートナーの話で盛り上がり始めた。


 オリヴェルはひどく気分が悪くなった。

 もはやこの国で息を吸うことさえ汚らわしく感じ、すぐにゲートを出してレクセル公国に戻った。


 そして、衝撃を受けた心がいくらか落ち着きを取り戻したあと、リネアに関する噂が事実なのか確かめることにした。


 調査の結果、アグネスが言っていたことはすべて本当のことだった。


 リネアはエングダールで孤独な生活を送っていた。

 イデオンはリネアを異常な執着心で束縛し、リネアの心を傷つけた。

 リネアは精神を病み、人生を儚んで自ら死を選んだ。


『──復讐してやる』


 オリヴェルはそう決意し、レクセル公国に伝わる秘宝を使って時を戻したのだった。


***


「僕とリネア、そしてイデオンの記憶を残したのは、あえてだよ。リネアに充分警戒してほしかったし、あの男が反省するのかどうかも気になったから。結果として、奴の性根はまるで変わってなかったけどね。……君に辛い記憶を残してしまってごめん」


 オリヴェルが辛そうにうつむく。

 リネアも自分が知るよしもなかった出来事を知り、その恐ろしい醜悪さに虫唾が走った。そこに実際に居合わせたオリヴェルは、どれほど不快な思いをしたことだろう。


「オリヴェルこそ、きっとずっと辛かったわよね……。私に記憶を残してくれたのは感謝しているわ。おかげで同じ運命になるのを避けられたから。でも……公国の秘宝って、あの女神の天秤のこと? だとしたら、願いを叶えるには相応の対価が必要なんじゃ……」


 女神の天秤──魔術大国レクセル公国に伝わる秘宝で、相応の対価と引き換えにあらゆる願いを叶えるという。しかし、莫大な魔力を持つ者にしか扱えないとされており、今までこの秘宝が力を発揮したのは数百年前が最後だと聞く。


(オリヴェルほどの実力なら、秘宝に願い事を叶えてもらうことはできるだろうけど、時を戻せるほどの対価って……?)


 思案顔になるリネアに、オリヴェルが笑って答えた。


「対価は、僕の寿命だよ」


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