39. 自覚
部屋に戻ったリネアは、ベッドに腰掛けると静かにため息をついた。
──あなたのことが心配で。
──嫌です。
──本心からあなたをお慕いしています。
──あなたが幸せになれるのなら、それでいいのです。
ベネディクトの言葉が次々と思い出される。
リネアを好きだという告白。
リネアと仲の良いオリヴェルにも実は嫉妬していたという事実。
信じられないことばかりだったが、彼の眼差しや声ににじむ誠実さから、それが本当であることが伝わってきた。
そして、それにもかかわらずリネアの気持ちを重んじてくれた。同じ気持ちを返さなくともいいと。イデオンから逃れるためにベネディクトを利用して構わないとさえ言ってくれた。
リネアにとっては、この上なく都合のいい話だ。
しかし、彼の申し出を素直に受け入れる気持ちにはとてもなれなかった。
(もし私が公爵を選んだとしても、イデオンが簡単に諦めるとは思えない。むしろ、さらに私に執着して強硬手段に出かねないわ……)
回帰前も、リネアに親しく話しかけた庭師が処分され、離宮から若い男の使用人が全員排除されたことがあった。
他国の公爵であるベネディクトはまた違うだろうが、だからといってイデオンが見逃すとも思えない。
(……本当は、自分の気持ちを分かってる)
ベネディクトに告白されて、信じられなかったけれど、嬉しいと思った。
彼への最初の印象は良いものではなかったけれど、彼のことを知るにつれ、好感を持った。
彼がリネアのために何かしてくれるたびに心が震え、感謝だけではない感情が込み上げた。
回帰前にイデオンに抱いていたのとはまったく違う、柔らかくて温かい気持ち。
「──私も公爵が好き……」
でも、だからこそ彼を危険に晒したくない。
「ベネディクト……」
リネアはやっと認めた想い人の名前を苦しげに呟いた。
◇◇◇
翌日。午後のティーパーティーに招待されたリネアたちは、オリヴェルから婚約者選定の課題を言い渡された。
「ナッタルヴァの花を持ち帰る……?」
聞いたことのない花の名前に、リネアが首を傾げる。
どうやらベネディクトとイデオンも知らないようだった。
「ナッタルヴァの花は、真夜中にだけ開花する特別な花だよ。透き通るように真っ白な花で、ほのかに魔力を帯びて輝いているんだ」
「そんな花があったのね。初めて知ったわ」
「レクセル公国の固有種でかなり珍しい花だから、他国の人は知らなくて当然だよ」
「まあ、そんな貴重な花を摘んでしまってもいいのかしら……」
リネアが申し訳なさそうに尋ねると、オリヴェルは何でもないことのようにハハハと笑った。
「問題ないよ。またすぐに生えてくるから。でも、1つの場所に一輪しか咲かないから、甲乙つけるのにぴったりだと思って。公爵と王太子のどちらがこの花を手に入れられるか、それを1つ目の課題にさせてもらうよ」
オリヴェルがベネディクトとイデオンに視線を向け、赤い目をやや挑発的に細めた。
「ナッタルヴァの花が咲くのは森の最奥の暗い場所だ。人気はないし獣も出る。公爵なら剣術に長けているから大丈夫かもしれないけど、王太子はどうかな? 難しければ辞退しても構わないけど」
「見くびらないでもらいたい。公爵こそ、無理する必要はないぞ」
「この程度、無理のうちにも入りません」
淡々としながらも明らかに棘のある会話に、オリヴェルが愉快げな笑い声をあげる。
「アハハ、つまり二人とも課題に挑むということだね! それじゃあこれが森の地図だよ。課題の開始日時は今夜、十の刻。今渡した地図を頼りにナッタルヴァの花を探してきてね。細かいルールは地図に書いてあるからよく読んでおいて」
オリヴェルがベネディクトとイデオンに地図を手渡し、課題の概要を説明する。
ベネディクトは平然とした顔で目を通し、イデオンは細則を読んでにやりと笑みを漏らした。
「分かった。今夜が楽しみだ」
余裕そうに見えるイデオンの表情。彼の返事にもどこか含みがあるように感じ、リネアは嫌な予感がしてならなかった。
◇◇◇
その日の夜更け。ベネディクトとイデオンは課題のために宮殿から森へと出かけていった。
それぞれ別の場所に向かい、十の刻になったら森に入って、ナッタルヴァの花探しを開始する手筈らしい。
リネアはオリヴェルとともに宮殿に残り、二人の帰還を待つことになっていたが、どちらが先に帰ってくるかを考えては憂鬱な気持ちになっていた。
「どうしたの、リネア? そんなに心配?」
「オリヴェル……。なんだか嫌な予感がするの。何も起こらないといいのだけど……」
「大丈夫だよ。リネアは何も心配せずゆっくり待ってて」
オリヴェルが温かいお茶を注いでリネアに差し出す。
リネアはティーカップを持ち上げると、震える手を落ち着かせるように両手でカップを包み込んだ。
「ねえ、オリヴェル。私が二人と結婚しないで済む方法、ちゃんと考えてくれてるのよね?」
「うん、もちろん。君のことを一番分かってるのは僕だからね。最善の方法を考えてるよ」
オリヴェルが自信満々に答える。
その返事を聞いて、リネアは少し安心した。
オリヴェルがそう言うなら問題ないだろう。
オリヴェルが淹れてくれたお茶を飲むと、口の中に優しい甘さが広がった。
「美味しい。ほっとするような味ね──……」
リネアの手からティーカップがすべり落ちる。
琥珀色の液体がこぼれ、リネアが眠るように意識を失う。
そのまま椅子から倒れそうになったところで、オリヴェルが魔術でリネアの身体を浮かせ、自らの腕で抱き寄せた。
「ごめんね。でも君のためなんだ。僕が今度こそ幸せにしてあげるからね」




