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37. たとえ運命でも

「君は? そもそも他に婚約者がいるくせに、なぜリネアに興味を持ったの?」

「興味を持ってはいけないのか? エングダールの王族は側妃を持つことが認められている」

「他国の決まりをとやかく言うつもりはないよ。郷に入りては郷に従えっていうしね。でも元々の婚約者を捨ててまでリネアを正妃に迎えようとする理由は?」

「初めから思い入れのない婚約だった。それにリネアを一目見て運命を感じた」

「運命? 君はそんなことを信じてるの? 意外だね」

「大公には分からないだろうな。俺とリネアには特別な絆があると確信している。君もそうだろう、リネア?」


 イデオンの呼びかけにリネアがびくりと肩を揺らす。

 銀色の瞳が愉快げにリネアを見つめている。

 彼が何を言わんとしているか、リネアにはよく分かった。


「……仮に運命があったとしても、私はそれで結婚を決めるつもりはありません」


 リネアが静かに答える。

 イデオンの眉がぴくりと動いたが、オリヴェルがおかしそうに大きな笑い声をあげた。


「アハハハ! 男二人はどっちもロマンチストなのに、リネアはしっかりしてるね!」

「……オリヴェル、笑いすぎよ」


 リネアがたしなめると、オリヴェルは「ごめんごめん」と反省していない様子で謝った。


「とにかく、君たちの想いが強いことは分かったよ。リネアの相手に相応しいのはどちらか、どうやって決めるのがいいかなぁ」


 オリヴェルがあごに手を添えて考えるポーズを取る。


「ちょっと一晩かけて考えてみるね。リネア、君の意見も聞きたいから、このあと一緒に話させてもらえる? ケーキを食べ終わってからでいいから」


 リネアのフォークがまったく進んでいないのを気遣いながらオリヴェルが尋ねる。リネアはほとんど口をつけていないケーキをぼんやりと見つめてうなずいた。



◇◇◇



 晩餐を終えてベネディクトとイデオンが退出したあと、リネアはオリヴェルにすぐ隣で見守られながら、まずは苺のケーキを食べていた。


「急がないでゆっくり食べていいよ」

「でも、そんなに見られてると気まずいというか……」

「だってリネアが美味しそうに食べるところを見たいから。目に焼きつけておかないと」

「大袈裟ね」


 リネアは最後のひと口を食べ終わると、紅茶で喉をうるおしてから姿勢を正した。


「それで、結婚のことなんだけど……」

「うん、僕がちゃんと考えてあげるから安心して──」

「いいえ。私は二人のどちらとも結婚する気はないわ。だからあなたには話を白紙に戻せるよう手伝ってもらいたくて。お願い、オリヴェル」


 リネアがオリヴェルを見つめる。

 オリヴェルはリネアの考えを見越していたかのようにため息をついた。


「……君は昔からそういうところがあるよね。自分が我慢すればそれでいいと思ってる」

「何のこと? 私は我慢なんてしてない。あの二人とは結婚したくないだけよ」


 リネアがきっぱり言い切ると、オリヴェルはしばらくリネアをじっと見つめたあと、「分かったよ」と優しい声で返事した。


「でも、少し考えさせてくれる? とりあえず、あの二人には伴侶選びを進めてるって見せかけたいから、適当に課題でも出しておくね」

「ええ、それでいいわ」


 やっぱりオリヴェルはリネアに甘くて、いつだって寄り添ってくれる。信頼できる幼馴染の協力を取りつけることができて、リネアはいくらか安心した。


「いろいろありがとう、オリヴェル。今の私にはあなただけが頼りだわ」

「リネア……」


 オリヴェルは小さく呟くと、リネアの手をそっと握りしめて頬ずりした。目をつぶり、大事な宝物を愛おしむように。


「オリヴェル……?」


 リネアが少し戸惑いながら声をかけると、オリヴェルはハッとしてリネアの手を離した。


「ごめんね、リネアに頼ってもらえて嬉しくて。……じゃあ、今日は疲れただろうから、あとは部屋でゆっくり休んで。おやすみ、リネア」

「え、ええ……おやすみなさい、オリヴェル」


 リネアが挨拶をして席を立つ。

 オリヴェルはもういつもの様子に戻って、笑顔で見送ってくれた。


 最後に彼がまた何か呟いたような気がしたが、声が小さくて聞き取ることはできなかった。



◇◇◇



 食堂を出たあと、リネアは自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。明日はどう過ごそうかと考えながらゆっくり歩いていたが、最初の角を曲がったところでぴたりと足が止まった。


「イデオン殿下……」


 すぐ目の前に、壁に軽く背中をもたれ腕組みしているイデオンがいた。まさかリネアが来るのをずっと待っていたのだろうか。


「……失礼します」


 軽く頭を下げて通り過ぎようとしたが、イデオンがリネアの前に立ち塞がった。


「待て」

「今日はもう遅いのでまた明日──」

「お前にもあるんだろう? 俺と愛し合っていた日々の記憶が」

「──そんな記憶はありません」


 目を逸らしたまま答えるが、イデオンはかえって確信したようだった。


「なぜ知らないふりをする? なぜ俺を拒む? 今度は正妃にすると言っているじゃないか。お前が自ら命を絶ってから俺がどれだけ後悔したか知らないだろう? こうして過去を繰り返しているのも俺たちが再びやり直すためだ。そう思わないか?」


 イデオンがリネアの手を掴んで引き寄せた。

 回帰前は彼に求められることに喜びを感じていたが、今はまったく心が動かない。むしろ嫌悪を感じる。


「手を離してください。無礼ですよ」

「すぐに夫婦になる仲だ」

「そうとは限りません。大公殿下のご判断をお待ちください」

「どうせ俺から逃げたいと大公に協力を頼んでいるんだろう?」

「……!」

「奴の判断などどうでもいい。俺はお前を必ず手に入れる」


 イデオンがリネアを壁際に追いつめる。

 大きな両腕で出口を塞がれ、彼の銀色の瞳が脅すように鋭く光る。


「俺から逃げられると思うな」


 固まるリネアの視界にイデオンの顔が近づいてきたとき、怒気をはらんだ声が廊下に響いた。


「やめろ! 何をしている!?」


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