36. 幼馴染
オリヴェルが言ったとおり、レクセル公国へはゲートを使ってすぐに到着した。
先に伝令を送っていたのか、公国の宮殿はすでに準備が整っており、リネアたち一行は豪華な部屋に案内されて手厚いもてなしを受けた。
部屋で荷物の整理を終えたリネアは、さっそく宮殿の庭を散策してみることにした。
「この東屋……昔も来たことがあるような気がするわ」
見覚えのある東屋を眺めながらリネアが呟く。
レクセル公国の宮殿には、まだ幼かった頃に母親と一緒に訪れたことがあった。リネアとオリヴェルの母親同士の仲が良かったため、公妃に招待されて何度か遊びに来たのだった。
「ここでつまずいて転んで泣いたのだったかしら……?」
段差の低い階段を見下ろしながら思い出をたどっていると、くすくすという笑い声が聞こえてきた。
「転んで泣いたのは僕だよ。リネアを追いかけてつまずいたんだ」
「オリヴェル!」
オリヴェルはリンクヴィストにいたときよりも少し楽な服装に着替えていて、そのせいか雰囲気もくつろいで見えた。
「懐かしいね。あの頃に戻りたいなあ」
「ふふ、子供に戻って何をしたいの?」
「そりゃあもちろん、仕事なんかしないで毎日楽しく遊ぶんだよ。リネアと一緒に庭を走り回ったり、かくれんぼしたりさ」
「それはいいわね。私は木登りもしたいわ。今じゃそんなことできないもの」
「そういえば、昔のリネアはおてんばなところがあったよね。可愛かったなあ」
「あら、可愛かったのはオリヴェルよ。泣き虫なのに泣くのを我慢してる顔が愛らしかったわ」
「そんなこと思ってたの? もしかして、それが見たくて僕のことわざと泣かせてた?」
「まさか! あなたこそ、泣くと私がお菓子をあげるからわざと泣いてたんじゃない?」
「しまった、バレたか」
気の置けない相手とのお喋りが楽しくて、声をあげて笑い合っていると、オリヴェルが空を見上げて眩しそうに目をすがめた。
「……やっぱり君といるのは楽しいな。ずっとこんな時間が続けばいいのに」
「オリヴェル……?」
一瞬、オリヴェルが泣き出しそうに見えて、リネアは心配そうに手を伸ばした。
けれど、オリヴェルはまたいつもの穏やかな顔をリネアに向けて優しく微笑んだ。
「そろそろあの二人の様子も見に行かないとだから失礼するね。昼食は各自の部屋に用意するけど、晩餐は食堂に来てもらえるかな。準備ができたら知らせるから」
「ええ、分かったわ。……あの、ごめんなさい。私のために面倒なことを引き受けさせてしまって……」
「……気にしないで。僕が好きでやってることだから。それじゃあ、またあとでね」
オリヴェルが手を振って宮殿へと戻っていく。
そのとき、どうしてか幼い頃の姿が重なって見えた気がした。
◇◇◇
その日の夜。オリヴェルが言っていたとおり、リネアたちは食堂に案内され、四人での晩餐会が行われた。
和やかな雰囲気とは呼べそうになかったが、表面的には特に問題なく食事が進み、最後にデザートが運ばれてきた。
「わあ、苺がたくさん……!」
色鮮やかな苺がたっぷり使われたケーキに、リネアが思わず感嘆の声を漏らすと、オリヴェルが満足そうに笑った。
「喜んでもらえてよかった。リネアは昔から苺が大好きだよね」
「ええ、だって美味しいんだもの。でも今の時期はほとんど出回っていないはずなのに……」
「レクセル公国では魔術で一年中収穫できるんだよ」
「本当に? すごいわ!」
「他の国の苺に比べてずっと甘いしね。美味しい苺が食べたくなったらいつでもおいでよ」
「ふふ、そうするわ」
リネアがケーキに載った苺を美味しそうに頬張る。
すると、イデオンが苛立たしげにオリヴェルを睨んだ。
「まさか、食事だけして終わるつもりか? リネアとの結婚の話をするために呼んだのではないのか?」
オリヴェルは口もとに笑みを浮かべながらも、鋭い目でイデオンを見返した。
「リネア? ただの求婚者の身分で呼び捨ては失礼なんじゃないかな? 礼儀は弁えてほしいんだけど」
「無礼かどうかは大公が決めることではない。なあ、別に問題ないだろう、リネア?」
「……お好きに呼んでください」
「ほらな、これからはリネアと呼ばせてもらう。親しくなるにはそのほうがいいだろう?」
「……」
リネアはイデオンには答えず、ケーキと一緒に出された紅茶を一口飲んだ。オリヴェルが小さく嘆息して話を仕切り直す。
「それじゃあ、イデオン殿下のご希望どおり、結婚の話でもしようか。あ、僕が二人に話を聞くだけだから、リネアは気にせずケーキを食べてて。おかわりもあるからね」
オリヴェルはリネアに優しく微笑んだあと、すぐに表情を切り替えて求婚者たちに向き合った。
「君たち二人の考えを聞きたいな。まずは公爵から」
「私からですか?」
「うん。だって気になるからさ。公爵はなぜ今回名乗りをあげたんだい? 王太子の立場にある人物が正妃に迎えると言ったのに。公爵より王太子のほうが格上で本来なら出る幕はないし、リネアが他国の王太子妃になったほうがリンクヴィストの利益にもつながる。実利主義の公爵なら、そう判断すると思ったけど?」
オリヴェルに問われたベネディクトが、その言葉を噛みしめるようにうなずく。
「仰るとおり、以前の私ならそう考えたでしょう。ですが今は違います」
「違うってどうして?」
「結婚は理屈でするものではないと知ったからです。それに私自身、王女殿下をイデオン殿下に渡したくないと思いました。私は王女殿下を幸せにして差し上げたいのです」
「ふーん、そういう感じなんだ」
オリヴェルは簡単な返事でベネディクトとの会話を終わらせると、今度はイデオンに質問を始めた。
「君は? そもそも他に婚約者がいるくせに、なぜリネアに興味を持ったの?」




