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34. 混乱と介入

「突然どうしたのだ、公爵。今言わねばならないことなのか?」


 マルクスが困惑した面持ちでベネディクトに尋ねる。

 それも当然だろう。自国の王女とエングダール王太子の結婚がちょうどまとまるところだったのだから。


 しかし、ベネディクトは落ち着いた様子でマルクスにうなずいて見せた。


「はい、今でなければなりません。重要な話です」


 ベネディクトの眼差しがいつにも増して真剣に見える。

 その雰囲気におされたのか、マルクスがベネディクトの発言を許可した。


「分かった。では申してみよ」

「ありがとうございます。では──」


 ベネディクトが綺麗なアイスブルーの瞳でリネアを見据えた。


「私もリネア王女殿下に結婚を申し込みたいと思います」

「は……なんだと……?」


 マルクスが呆けた声を漏らす。

 リネアも無言ではあったが、マルクスと同じ気持ちだった。


(公爵が私に……求婚?)


 リネアとマルクスが衝撃のあまり言葉に詰まる中、イデオンがベネディクトを睨みつけ、低い声で問いただした。


「自分が何をしているか分かっているのか? 国益になる結婚をぶち壊そうとしてるんだぞ」

「承知しています。それでも言わずにはいられませんでした。王女殿下を他の男に渡したくありません」

「ハッ、やはり噂どおりだったな。リネアを横取りした男は貴様だったか」

「横取り?」

「ここの貴族たちに聞いた。貴様が妹をダシにリネアに接近していると」

「改変された噂を信じられるのは心外ですが、それなら話は早いですね。仰るとおり、私が先に王女殿下をお慕いしていたのです。ですから王太子殿下は諦めていただけますか」

「貴様が先だと? 笑わせるな。そのふざけた口を今すぐ聞けなくしてやろうか」


 イデオンが怒りを露わにしてベネディクトの胸ぐらを掴む。

 ベネディクトは平然としながらも、煽るように口もとに笑みを浮かべた。


「これではリネア殿下に拒絶されるのも無理はありませんね」

「貴様ッ……!」

「おやめください……! イデオン殿下!」


 イデオンがベネディクトに殴りかかろうとしたとき、突然部屋の扉が開いて、場違いなほど穏やかな声が響いた。


「おやおや、女性の前で見苦しいな。二人とも大人なんだから、もっと平和に話し合うべきじゃないかい?」

「オリヴェル……? どうしてここに……?」


 思いがけない来客にリネアがぽかんとして尋ねると、オリヴェルはいつもの優しい笑顔を浮かべた。


「なんだか胸騒ぎがしてさ。リネアが困ってるといけないと思って来ちゃったよ」

「あ、ありがとう……」


 オリヴェルはリネアの手を取って椅子に座らせると、今度はマルクスに視線を向けた。


「陛下、なかなか難しい状況のようですね」

「あ、ああ……まさかこのようなことになるとは……」

「まあ、リネアは魅力的な女性なので、こうなるのも仕方のないことです。それで、陛下はリネアをどちらと結婚させたいとお考えで?」

「そ、それは……」


 マルクスがイデオンとベネディクトを見上げる。

 かたや大国の王太子、かたや自国最強の騎士団長でもある公爵。


 どちらかを捨てるのは惜しいと考えたのか、マルクスが二人に新たな提案をした。


「そなたたち二人であれば、リネアではなく、もう一人の王女であるアグネスを嫁がせても構わないが……」


 マルクスの提案をイデオンが鼻で笑った。


「リネア以外に興味はない。もう一人の王女は公爵に譲ってやろう」

「いえ、お気遣いなく。私もリネア殿下でなければ結構です」

「おやおや、アグネス王女ではリネアの代わりにはならないみたいだねえ」


 オリヴェルは愉快げに笑うと、マルクスに近づいて耳元で囁いた。


「この件は僕に仲裁を任せてくれませんか? きっといいように収めますので」

「い、いやしかし……」


 自国の王女の結婚話を他国の大公に任せるなど前代未聞だ。

 だが、二人の求婚者を納得させ、わだかまりを作らずにまとめられる自信が持てない。どちらかの恨みを買う可能性がある難役を誰かが務めてくれるというなら代わってほしい気持ちもあった。


「どうなさいますか、陛下?」

「む……少し考えさせてくれ」

「分かりました」


 結局、その場では結論を下すことなく、お開きになったのだった。



◇◇◇



 その日の夜。アグネスは一人きりで裏庭を歩いていた。

 リネアがエングダール王太子とシベリウス公爵の二人に求婚されたと聞いたからだ。

 苛々と腹の虫が収まらず、気持ちを落ち着けようと外に出てきたのだった。


「側妃ではなく正妃として願われたですって? あの女が? 何かの間違いよ……!」


 エングダール王太子の正妃なら、リネアではなく自分が嫁ぎたいくらいだ。しかもシベリウス公爵まで、まるで戦線布告のように求婚するなんてあり得ない。


「大人しい顔で何人も男を誑かして、本当に恐ろしい女!」


 あの幸薄そうな顔で近づいて、男たちの同情を誘い、庇護欲をそそったのだろうか。そういうあざとい女が一番頭にくる。


「まさか大公も求婚するつもりじゃないわよね……?」


 元々は大公に侮辱された仕返しとして、大公が惚れているリネアをエングダールの側妃にしてやるつもりだった。ヘンリクに提案され、名案だと思ってマルクスにねだったら、上手い具合に話が進み、リネアも大公もいい気味だと思っていた。


 それなのに、こんな状況になったのでは大公が求婚してもおかしくはないし、リネアは誰を選んでも好条件の結婚が約束されることになる。


「ああ、イライラする……リネアなんて死ねばいいのに!」

「ねえ、その言葉の意味、ちゃんと分かってる?」


 急に背後から話しかけられ、アグネスが驚いて振り返ると、月明かりに照らされたオリヴェル大公と目が合った。


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