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33. 返事

(王女殿下は大丈夫だろうか……)


 リネア不在の会場でベネディクトが小さくため息をつく。


 美しく着飾ったリネア王女は、エングダールの王太子に手を引かれて会場から連れ出されたが、しばらくして戻って来たのは王太子ただ一人だった。

 そして彼は平然とした様子で国王に状況を説明した。


『リネア殿下は気分が悪くなって、一人でお帰りになりました』

『なんと……それは申し訳ない。王太子殿下にとんだ無礼を──』

『いえ、構いません。少しの間でしたが、お互いに有意義な話ができました。念のための確認ですが、彼女に恋人はいないのですよね?』

『ああ、今まで一度もいたことはない』

『……なるほど、分かりました』


 それから王太子は貴族たちとの会話をしばらく楽しんだあと、旅の疲れが出てきたと言って部屋に戻っていった。


(気分が悪くなった王女殿下を一人で帰しただと……? 一体どういう了見だ)


 そこは騎士を呼んで任せるべきだろう。

 王女が途中で倒れでもしたらどうするというのだ。


 部下にこっそり二人の跡をつけさせておいてよかったとベネディクトは思った。


 部下からの報告によると、王太子は王女にアプローチするそぶりを見せたものの、王女が拒絶して口論になったようだった。その直後、王女が王太子を置いて一人で走り去ったので、部下が慌てて追いかけて王女宮へ送ったのだという。


 そのときの王女はひどく顔を青ざめさせ、何かに怯えているようだったらしい。


(王太子を拒絶したせいで何か言われたのかもしれない)


 宴の会場に向かう際、リネア王女は「王太子に婚約を辞退してもらう」と言っていた。おそらく、王太子に嫌われるために無理して無礼に振る舞ったのだろう。


 国王からは媚を売るよう命じられていたはず。

 そのうえで王太子を冷たくあしらうのは、勇気がいったに違いない。


(そこまでしてでも、この政略結婚を白紙になさりたいのだな……)


 あとは、リネア王女の作戦が奏功するのを願うしかない。

 ベネディクトは豪華で空虚な宴の会場を冷めた目で見渡した。



◇◇◇



 翌日。リネアはマルクスから呼び出され、再び王宮を訪れていた。部屋の中にはマルクスとイデオン、そして騎士服に身を包んだベネディクトがいた。


(護衛として同席しているのかしら……?)


 ベネディクトのことが気になりつつ席に着くと、イデオンがリネアを見て歪んだ笑みを見せた。


「リネア王女、昨晩はありがとう。一緒に話せてよかったよ」

「……こちらこそ、ありがとうございました」


 イデオンの妙に親しげな口調にリネアが違和感を覚える。

 もう紳士の仮面をかぶるのはやめたのだろうか。


(私と結婚するつもりがなくなったからだといいのだけど……)


 そんな希望を抱くものの、昨夜イデオンが吐き捨てた言葉が蘇って胸がざわめく。


 ──また俺を捨てるのか?


 一体どういう意味で言ったのだろう。

 問いただしたいけれど、恐ろしくて触れたくない。

 そんな思いでうつむいていると、マルクスが心なしか機嫌良さそうな声でリネアに呼びかけた。


「リネア、イデオン殿下が決断してくださった」

「……決断、とは?」


 マルクスの緩んだ口もとを見て、嫌な予感に冷や汗が流れる。どうか気のせいであってほしい。昨晩の作戦が成功していてほしい。


 リネアは心からそう願ったが、マルクスは笑顔で絶望を告げた。


「イデオン殿下はお前を妃に迎えたいそうだ。しかも正妃として」

「……正、妃……?」


 頭がうまく働かない。

 リネアの作戦が失敗したことは分かる。

 しかし今、側妃ではなく正妃と言わなかっただろうか?


「なぜ……側妃ではなく……?」


 リネアが呟くと、イデオンが愉快そうに目を細めた。


「雑に扱われるのは嫌なのだろう? だから側妃ではなく、正妃として娶ることにした」

「で、ですがそれではベアタ様は……!?」

「ベアタ?」


 マルクスが首を傾げる。


「ああ、俺の婚約者の名前です。まさかリネア王女がご存知だったとは」

「あ……いえ……たまたま知っていただけで……」


 驚きのあまり、知らないはずのベアタの名前を呼んでしまった。動揺して口ごもるリネアに、イデオンが余裕の表情を向ける。


「ベアタのことは気にしなくていい。リネア王女を迎えられるなら、彼女との婚約はすぐに破棄する。俺は一生リネア王女だけを愛すると誓おう」


 熱烈な求愛の言葉に、マルクスがさらに満面の笑みを浮かべて喜びの声をあげた。


「これほどリネアを気に入っていただけるとは! 二人は運命で結ばれているのかもしれないな! よかったではないか、リネア!」

「……」

「ははは、リネアも言葉にならないほど嬉しいようだ」

「それは何よりです」


 マルクスとイデオンが満足げに笑い合う。

 その最悪の光景をリネアが呆然と眺める。


 正妃として迎える。

 ベアタとは婚約を破棄する。


 回帰前のリネアだったら、この言葉を聞いて喜んだかもしれない。リネアへの深い愛を感じてときめいたかもしれない。


 しかし今は、彼がどんなに愛を訴えたところで、信じることなどできはしない。


 イデオンの愛は、リネアが求めている愛ではなく支配欲だ。

 彼の言葉を信じて結婚したところで、今度は「正妃」用の鳥籠に閉じ込められるだけだろう。


「……そんなの、嫌……」


 嫌悪と無力感で涙が一筋こぼれたとき、部屋の中に涼やかな声が響いた。


「お待ちください。私から申し上げたいことがあります」


(公爵……?)


 声を上げたのは、ベネディクトだった。


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