31. 対面
「リネア、エングダールからの返事が届いた」
父王に呼び出されて王宮を訪れたリネアは、予想していた話題を切り出されて静かに深呼吸した。マルクスはそんなリネアの様子を気に留めることもなく、エングダールからの返信の手紙を出して見せる。
「なんと王太子がお前に興味を持っているらしい。年下好みの中年王族にでも娶ってもらえれば御の字だと思っていたが、まさかの大物が釣れそうだ」
「……」
「それで正式な返事の前に直接対面したいと言われてな。来週こちらにやって来るそうだ」
「こちらに……?」
「ああ。これは我が国にとって大きな好機だ。必ず王太子に気に入ってもらえ。ねんごろになっても構わん。流行りのドレスをいくつか用意してやるから、しっかり着こなせるように身体を磨いておけ」
マルクスはそれだけ言うと話を終え、さっさと部屋を出ていってしまった。一人になったリネアが、ぼうっと空を見つめて呟く。
「彼が、来る──……」
エングダール王太子イデオン。
リネアを孤独に陥らせ、自分に縋るように仕向けた男。
今世ではイデオンの手から逃れるために努力してきたのに、結局また縁が繋がってしまった。
彼と会って、果たして平気でいられるだろうか。
「……大丈夫。まだ結婚が決まったわけじゃない。きっと手はある」
リネアは冷たくなった手を握りしめて、「大丈夫」と小さな声で繰り返した。
◇◇◇
翌週、エングダールからイデオンがやって来る日。
リンクヴィストの王宮は国賓を迎えるために国宝の数々が飾られ、リネアも普段の装いとは違い、王宮が用意した流行りの華やかなドレスに身を包んでいた。
慣れない衣装に戸惑いながら謁見の間で待機していると、扉の向こうからその瞬間を告げる侍従の声が響いた。
「エングダール王国王太子、イデオン殿下が到着されました!」
謁見の間の扉が開かれ、白獅子騎士団の護衛を受けた高貴な男が足を踏み入れる。
「リンクヴィスト国王陛下と第一王女殿下に拝謁いたします。エングダール王太子のイデオン・エングダールと申します」
すらりとした長身に、赤銅色の髪。
回帰前と変わらないその姿を目にして、リネアの心臓がどくどくと音を立てる。
「はるばる訪ねてもらって感謝する。長旅で大変だったのではないかね?」
「いえ、お二人にお会いできるのを楽しみに参りました」
「そうか、これが第一王女のリネアだ」
マルクスがリネアを紹介すると、イデオンの銀色の瞳がリネアに向けられた。
「リネア、挨拶をしなさい」
「……はじめまして。リネア・リンクヴィストと申します。王太子殿下にお目にかかれて光栄です」
マルクスに促されて仕方なく挨拶する。
なるべく平静を装って、何の感情も抱いていないかのように淡々と。
すると、イデオンが御伽話に出てくる王子のように優しく話しかけてきた。
「あまり緊張なさらないでください。俺はあなたと仲良くなりたいと思っています」
「……」
騙されてはいけない。回帰前も、挙式のときは今のように紳士的に振る舞っていた。本当は身勝手で残酷な男なのに。
リネアが黙り込んでいると、マルクスが苛立ち始める気配がした。
「申し訳ない。王太子殿下があまりにも立派で気後れしているのだろう」
「それは嬉しいですね。俺もリネア王女の美しさに目を奪われていました」
「おお、そうかそうか。二人は似合いの夫婦になれるかもしれんな。夜に歓迎の宴を開くから、そのときにゆっくり話すといい」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
こちらを見て微笑むイデオンを眺めながら、リネアは震えそうになる手でぎゅっとドレスを握りしめた。
◇◇◇
その日の夜、王宮ではイデオンを歓迎する宴が催された。
リネアは数時間前から別室に閉じ込められ、イデオンに気に入られるための身支度をさせられていた。
(まるで競りに出される家畜のようだわ……)
牛や馬の競り市では、少しでも高値が付くように肉付きや毛艶をよく見せようとするらしい。
今こうして肌の見えるドレスを着せられ、念入りに化粧されている自分とまったく同じだ。
「お支度が終わりました。それでは、いってらっしゃいませ」
仕事を終えた侍女たちが頭を下げる。
身支度が終わった今、リネアは宴の会場に行かなければならない。イデオンに媚を売り気に入られることが、父王に課された使命だから。
(……考えただけで寒気がする)
イデオンと会っても決して動揺しないと思っていた。
でも今日彼と対面したら、やはり心がざわめいてしまった。
(しっかりしないといけないのに……)
回帰前の二の舞になってはならない。
けれど、彼を前にすると、あの日のことを思い出して、声も体も震えそうになってしまう。
(今夜の宴、彼の前で上手く振る舞えるかしら……)
自信を持てないまま、暗い気持ちで支度部屋の扉を開ける。
そうして重い足取りで一歩を踏み出すと、一人の騎士が待ち構えていたようにリネアの前に進み出た。
「会場まで私がご案内いたします」
「……シベリウス公爵?」




