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27. 談合

「ああもう! 何もかもリネアのせいだわ! 本当にイライラする!」


 本日3回目の同じ台詞を吐くアグネスを前にして、彼女の双子の兄ヘンリクはうんざりしたように肩をすくめた。


「さっきからヒステリックにうるさいな。俺だって暇じゃないんだから、そんな愚痴は取り巻きの令嬢たちにしてくれよ」

「だってあの子たちったら最近ノリが悪いんだもの! あなたなんてどうせ仲間と遊び惚けているだけなんだから、少し話すくらいいいでしょう!?」

「……分かったよ。それで、リネアのせいでレクセルの大公に脅されたって? そんなのお父様かお母様に言いつければいいじゃないか」

「あなた馬鹿なの? 魔術大国の大公の不興を買ったなんて知られたら、いくら私でも怒られてしまうに決まってるじゃない」

「じゃあリネアに構うのをやめたらいいんじゃないか?」

「はあ? それとこれとは別でしょう? リネアを見てるとムカついて仕方ないんだもの!」

「馬鹿はどっちだよ。双子の片割れがこんなだなんて恥ずかしいったらないな」

「何ですって!?」


 アグネスが金切り声をあげると、ヘンリクはわざとらしくため息をついて見せた。


「たぶん大公はリネアに惚れてるんだろ。二人は幼馴染らしいしな。今、大公がリンクヴィストに滞在してるのも、もしかするとリネアに求婚でもしようとしてるんじゃないか? 夜会の日もリネアと大公が二人きりで会っていたらしいし」

「何よそれ。リネアはシベリウス公爵とも二人で観劇に出かけたのに、公爵と大公の両方とも狙ってるってこと? なんて節操のない女なの!」

「地味な女ほど裏では派手に遊んでるんだよ」


 ヘンリクが訳知り顔で言う。


「それにリネアの奴、最近は父上にも取り入ろうとしているらしい」

「どういうこと?」

「実は少し前に、新しい金鉱山が発見されたと話題になったんだが、ある人物の提言で、金色の鉱物が金ではなく、金に似た別の安価な鉱物だと判明した。つまり、王家や貴族が誤って多額の資金を投資せずに済んだわけなんだが、その恩人とも言える人物がリネアだったんだ」

「何ですって!?」

「しかもそれだけじゃなく、その後も父上に色々と進言して、それがことごとくリネアの言うとおりになっているらしい。まるで未来が見える予言者の言葉のように。このままだと、父上はお前よりリネアを優遇するかもしれない。少なくとも、社交にばかり興じているお前よりは父上の役に立ちそうだからな」

「まさかそんなこと……」


 アグネスが険しい表情で固まる。


 日頃からリネアを疎ましがり、アグネスを溺愛する父がそんなことをするはずがない。そう確信しているが、この世に絶対というものはない。現に、あれだけアグネスに同調していた取り巻きたちも、今はリネアの話題を避けようとしている。


「本っ当にイラつく女……」

「ハハッ、姉に向かって酷い言い様だ」

「リネアが姉だなんてやめてちょうだい! あなただってそんなこと思ってもないでしょう! ああ、あの女がいるだけで苛立って仕方ないわ! どうにかして消えてくれたらいいのに!」


 アグネスがまた怒りまかせに声を荒らげる。

 すると、ヘンリクは薄い唇を愉快げにニヤリと歪ませた。


「リネアを消したいって? なら賢い俺が良い方法を教えてやろうか」

「良い方法?」


 アグネスが半信半疑で首をかしげる。

 ヘンリクは自分ではアグネスより賢いと思っているらしいが、正直さほど変わらないし、賭け事ではしょっちゅう負けているのをアグネスは知っていた。


「どうせ大したことない方法だろうけど、とりあえず聞いてあげるわ」

「失礼だな。リネアをリンクヴィストから追い出して、お前とお母様を侮辱した大公に仕返ししてやれる方法だぞ」

「はいはい、さっさと言ってみなさいよ」


 アグネスが適当に聞き流すつもりで先を促す。

 しかし、ヘンリクが話し始めると、アイラインをたっぷり引いた目を大きく見開いた。


「……いいわね、それ」


 アグネスは艶やかな唇を歪めて、愉しげに微笑んだ。



◇◇◇



「ベネディクト様にお手紙が届いております」

「……ああ、手紙か」


 公爵邸の執務室で仕事をしていたベネディクトが、執事の持ってきた手紙を見て顔をしかめる。

 きっとまた夜会のパートナーの申し込みだろう。


 ここのところ、ベネディクトの元に届く手紙はそういった類のものばかりだった。フレドリカ曰く、少し前に夜会に参加したことと、歌劇場でリネア王女と成り行きとはいえ二人で観劇したことが原因らしい。


「シベリウス公爵が夜会でリネア王女をエスコートしていた」、「王女と二人で観劇していた」などという噂が広まり、それなら自分にもチャンスがあるのではと、公爵夫人の座を夢見る令嬢たちを刺激してしまったらしい。


 フレドリカはそんな令嬢たちからの手紙を読んでは「あり得ない」だの「身の程知らず」だの憤慨していたが、ベネディクトも一向に減らない誘いの手紙にいい加減うんざりしていた。


 夜会も観劇も、相手がリネア王女だから付き添ったのであって、誘われれば誰でも応じるわけではない。


 それを理解していないのか、知らないフリをして万が一の可能性に賭けているのかは分からないが、名前と顔が一致しない令嬢たちとの不毛なやり取りに、これ以上時間を費やしたくなかった。


「今後は一切こういう手紙は送ってこないよう返事してもらえるか?」


 ベネディクトがため息混じりに執事に命じると、執事はやや困ったようにうろたえた。


「一切、ですか……? よろしいのでしょうか?」

「ああ、構わない。もう面倒事は終わらせたいんだ」

「わ、分かりました。ではリネア王女殿下にはそのように──」

「待て」


 ベネディクトが執事の返事を遮って顔を上げる。


「今なんと?」

「ですから、リネア王女殿下にはもう手紙をお送りいただかないよう返事をお出しして……」

「違う」


 間違いに気づいたベネディクトは慌てて命令を撤回した。


「すまない、私が勘違いしていた。その手紙は私が読んで返事を書く」

「はい、かしこまりました」


 執事はシルバーのトレイに載せた手紙をベネディクトに渡すと、恭しくお辞儀をして退室した。


 部屋に一人になったベネディクトは、手にした真っ白な封筒をまじまじと見つめる。


「王女殿下から私に手紙……?」


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