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21. フレドリカの野望

「最近、騎士たちをよく見るわね……」


 王女宮の廊下を歩いていたリネアが何気なく呟く。すると侍女のアニタが「そういえば」と何かを思い出した。


「この間、執事が言っていました。王女宮の警備体制に変更があって、以前より騎士が多く配置されるようになったと。きっとそのせいだと思います」

「そうだったのね」


 王女宮を取り仕切っている執事は、王妃寄りの人間なのか、重要なことをリネアに伝えてくれないことが多々ある。今回のこともリネアにとっては初耳だった。


「でも、急にどうしたのかしら。私から頼んだことはないはずだけど」


 王女宮で何か催し物が予定されているわけでもない。だから突然の配置変更にリネアは首を傾げた。


「そうですね……私も詳しいことはよく分かりませんが、リネア殿下が依頼されたのでなければ、国王陛下か騎士団側のご判断なのではないでしょうか」

「お父様か騎士団の判断……?」


 たしかに、騎士の配置に関する権限が誰にあるのかを考えれば、アニタの言うことはもっともだった。


(でもお父様が私のために警備を増やすなんてあり得ないわよね。ああ、もしかしたら監視の目を強めたいとか?)


 最近のリネアは読書会を開いたり、すぐに帰ったとはいえ夜会にも出席したりと、少し目立ってしまった自覚はある。それが王妃たちの警戒心を強めてしまったという可能性はありそうだ。


(それか、もし騎士団の判断だとしたら……)


 王族の住まいの警備は、ベネディクト・シベリウス公爵率いる白獅子騎士団の仕事だ。つまり、王女宮の警備体制の強化が白獅子騎士団の判断だとしたら、考えられる理由はひとつ。


(フレドリカのためでしょうね)


 最近、王女宮にはフレドリカがよく訪ねてくるようになった。フレドリカといえば騎士団長が大切にしている妹。王女宮では一度、過呼吸を起こして倒れたこともあるし、それを踏まえて今回警備の配置を手厚くしたのかもしれない。


「どういう経緯かは分かりませんが、警備の騎士が増えたのはありがたいことです。リネア殿下に何かあっては大変ですから」

「そうね、感謝しなくてはね」


 ──きっと私のためではないだろうけど。

 心の中でそう付け加えて、リネアはアニタに微笑み返した。



◇◇◇



「お兄様、今少しよろしいですか?」


 ある休日の朝。ベネディクトの部屋にフレドリカがやって来た。しかし、昨日まで薔薇色だった頬は青白く色を失い、足取りもよろよろと落ち着かない。


 その明らかに体調の悪そうな様子に、ベネディクトは執務机から慌てて飛び出した。


「どうしたんだ、フレドリカ!? 具合が良くないのか!?」


 最近はすっかり健康を取り戻したと思っていたのに、まさかまた悪化してしまったのだろうか。不安をこらえながら、まずは脈を測ろうとフレドリカの腕に触れる。すると、フレドリカは安心させるようにベネディクトの手を握った。


「大丈夫です。そこまで深刻な状態ではありません」

「だが、こんなに顔色が悪いのに……」

「……おそらく低血圧のせいかと。それより、お兄様にお願いしたいことがありまして」

「なんだ? 何が必要だ?」


 ベネディクトがフレドリカをソファに座らせ、気遣わしげに隣に座る。するとフレドリカは何度か軽く咳き込んだあと、申し訳なさそうな上目遣いでベネディクトを見つめた。


「実は今日、リネア様とオペラ鑑賞に出かける予定だったのですが、このとおり体調を崩してしまいまして……」

「そうか……それは残念だったな。それならまた日を改めて──」

「いえ、今回は本当に珍しい特別公演なので、今日じゃないとダメなんです。楽しみにされていたリネア様にも申し訳が立ちません」

「しかし、体調が悪いなら仕方が──」

「ですから、お兄様が代わりに行ってきてくださいませんか?」


 あまりにも想定外の頼み事に、ベネディクトは思わず目を見開いて固まった。そして言葉を失ったまま数秒経過したあと、念のためフレドリカに聞き直してみた。


「……今、お前の代わりに王女殿下とオペラ鑑賞に行ってほしいと言ったのか?」

「はい、そうです」


 フレドリカが曇りなき眼で返事する。


「いや、それは…………無理だろう」

「どうしてですか?」

「どうしてって……色々問題があるだろう」

「問題とは?」

「変な噂が立って王女殿下に迷惑をかけては申し訳ないし、王女殿下も私と一緒なんて嫌に決まっている。それに、必ず二人で鑑賞しなければならないわけでもあるまい。王女殿下が本当に楽しみにされているなら、おひとりで出かけられるだろう」


 ベネディクトの正論にフレドリカは一瞬ムッとしたように口を尖らせたが、すぐにまた悲しそうに眉を寄せた。


「リネア様は作品を鑑賞されたあとに感想を語り合うのがお好きなんです。その役目を果たせなくなるのが本当に心苦しくて……」

「いや、王女殿下はそんなことを気にされる方ではないと思うが」

「……私が嫌なのです」

「今回ばかりは仕方ないだろう。ひとまず丁寧に詫びて、後日埋め合わせを──」

「っもう! 正論はやめてください! とりあえず、今すぐ劇場に行ってくれたらいいんです! そして私は体調不良でご一緒できないと伝えてください! このチケットを持って! 早く!」


 ついさっきまで弱々しい様子だったフレドリカが、急に声を張り上げ、オペラのチケットをベネディクトに突きつける。


「フ、フレドリカ? 本当に体調が悪いのか?」

「はい! 最高に悪いです! だから早くしてください! お兄様がお願いを聞いてくれたら治りますから!」


 フレドリカが、どこにこんな力を隠していたのかというほどの腕力でベネディクトを無理やり立ち上がらせ、チケットを握らせて部屋の外に追い出す。


「もし使用人に任せたら、高熱を出して倒れますからね! 必ずお兄様が直接行ってください! 馬車はもう用意してますので!」


 そうしてベネディクトは、妹の勢いに気圧されたまま、劇場行きの馬車に乗ったのだった。



「……ふう、自然に仲を取り持つのって難しいのね」


 ベネディクトが馬車に乗り込み出発するのを窓から見届けたあと、フレドリカがため息まじりに呟く。


 顔を白粉で真っ白にし、仮病を使ってまでベネディクトを劇場に送り込んだのには訳がある。


 それは、敬愛するリネアが心無い貴族たちに見下されないようにするため。


 貴族社会で最上位である兄ベネディクト・シベリウス公爵がリネアに頭を下げる様子でも目撃されれば、他の貴族たちも態度を改めるかもしれないと思ったのだ。


 さらに、上手いこと二人でオペラ鑑賞でもする展開になったら、リネアとシベリウス公爵が懇意だと噂になるかもしれない。


(そのまたさらに、もし二人の気が合って本当に交際でもすることになったら、ゆくゆくはリネア様が私の義理のお姉様になるかもしれない……!)


 輝ける未来の夢に、フレドリカの白粉たっぷりの頬にパッと赤みが差す。


「お兄様、頑張ってくださいね!」


 フレドリカは窓の外の兄に向かってエールを送った。


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