20. 兄妹の思い
その日の夜。フレドリカはソファで紅茶を片手に書類を確認していた兄ベネディクトの横に腰かけた。
「どうしたんだ、フレドリカ。何か用でも?」
「お兄様に聞きたいことがあります」
「何だ? 何か欲しいものがあるなら、なんでも買って──」
「いえ、そういう話ではなくて。先日の夜会のことです」
「夜会?」
「はい、第二王女殿下の取り巻きの貴族たちがリネア様の悪口を言っていたのを、お兄様が注意なさったのでしょう?」
「ああ、あれか……」
ベネディクトは当日のことを思い出して顔をしかめる。
リネアは陰気で卑屈だから友人がいない。
知能に問題があるから王女宮に閉じ込められている。
王妃と双子の殿下をいつも無視する心の狭い王女。
そんな侮辱を迂遠な言い回しで吹聴して、今思い返してみても不快きわまりなかった。
(だが、以前の私はその噂に影響されてしまっていた)
もちろん完全に鵜呑みにはしていなかったが、そうして噂されるということは、いくらか事実も混じっているのだろうと考えていた。しかし、今ならそれがまったく根拠のないデタラメだったとよく分かる。
実際のリネアは謙虚で控えめな人柄で、とても親切だった。
知恵も知識もあり、普段ひけらかすことはないが、友人であるフレドリカを救うために、それを非常に上手く使っていた。
あまり人前に出ようとしないのは、悪意のある視線や言葉から身を守ろうとしているだけだろう。
そして本当に心が狭いのであれば、一度リネアに不敬な言動をしたベネディクトに対して、何事もなかったかのように接してくれるはずがない。
「──あんなデタラメ、よく言えたものだ。あまりにも聞くに耐えないから、つい口出ししてしまった」
「やっぱり! そうですよね!」
「? やっぱりとは?」
突然嬉しそうに手を叩いたフレドリカに、ベネディクトが首をかしげる。するとフレドリカが勝ち誇ったような顔でビシッと人差し指を立てた。
「ですから! お兄様が注意をなさった理由は、リネア様に恩義を感じているからではなく、純粋に腹が立ったからということですよね!」
「……そうだな」
「リネア様がデタラメな悪口を言われているのが許せなかったと!」
「まあ、そのとおりだ」
あのときはそこまで細かく考えていなかったが、振り返ってみればフレドリカの分析は正しい。しかし……。
「なぜ今そんなことを?」
怪訝な顔で尋ねると、フレドリカはしゅんとした顔で物憂げなため息をついた。
「……だってリネア様が、お兄様はリネア様に恩返しするために注意したのだと思っていらっしゃるから。まるで、自分なんかが本当に心配されているわけがないとでも言うみたいに。だから、そんなはずないって確かめたかったんです。お兄様は義務感で咎めたわけじゃないって……」
フレドリカの同意を求める眼差しに、ベネディクトはゆっくりとうなずいて見せた。
「義務で言ったんじゃない。私自身が許せなかったからだ」
「……私、リネア様が心配です。みんなに誤解されて、それにずっと一人で耐えて……」
ベネディクトはリネアの境遇を思い浮かべた。
前王妃が亡くなったことで、王宮での後ろ盾を失ってしまった。──いや、リネアは国王の実子であるのだから、後ろ盾がないわけではない。しかし、後妻となった元愛人とその子供たちが国王を独占し、リネアは爪弾きにされているのだ。
「私、どうすればいいでしょうか? どうすればリネア様の力になれるでしょうか?」
リネアの幸せを切実に願うフレドリカの頭を、ベネディクトがぽんと優しく撫でた。
「今はただ王女殿下のそばにいてやればいい。私も気にするようにするから」
「お願いします。私はリネア様を労ることはできても、政治的な力にはなれないでしょうから……」
「ああ。さあ、そろそろ遅い時間だ。もう部屋に戻りなさい」
「……はい、おやすみなさい、お兄様」
「おやすみ、フレドリカ」
ベネディクトはフレドリカが部屋を出ていくのを見届けると、先ほどテーブルに置いた書類に目を落とした。
──リンクヴィスト王宮の警備配置に関する書類。振り返ってみれば、いつも王女宮の警備だけ配置がまばらだった。
「……これはよくないな」
ベネディクトはしばらく思案したあと、書類に指示を書き加えた。




