19. 無視してちょうだい
夜会の日から数日後。
リネアは王女宮に遊びに来たフレドリカとお喋りに花を咲かせていた。
「先日の夜会ではありがとうございました。おかげさまで素敵な思い出になりました」
「あの日のフレドリカはとっても可愛かったわ。きっとクラースもドキドキしたでしょうね」
「ク、クラース様には綺麗だと言っていただきました……!」
「それで、もちろんダンスも一緒に踊ったのよね?」
「は、はい。二人とも慣れなくて、きっとあまり上手ではなかったと思いますが、それでもずっと踊っていたかったくらい、本当に楽しかったです」
「よかったわ。いい雰囲気になりたいという願いは叶ったみたいね」
「……はい、夢のようでした」
クラースと過ごしたひと時を思い出しているのか、フレドリカがほんのり頬を染める。もしかすると、ここでは言えない良いこともあったのかもしれない。でも、それはフレドリカの大事な思い出として、心にしまっておくべきだろう。
「そういえば、公爵は夜会でどうだった? 私はあのあとすぐに帰ってしまって……。公爵は楽しく過ごせていたかしら?」
リネアがベネディクトについて尋ねる。
あとになってから、彼は女性が苦手だったことを思い出して、あの場に一人で残して大丈夫だったか心配になったのだった。
ベネディクトのような好条件の男性が、夜会でパートナーも連れずに参加していればどうなるかは想像に難くない。
(でも知り合いの男性も大勢いらっしゃるだろうし、そういう方たちと話していれば、多少は楽しめたはずよね……?)
そう思ったリネアだったが、フレドリカは苦笑いをしながら気まずそうに視線を外した。
「えーっと、それが、私が戻ったときにはかなり不機嫌になってしまっていて……」
「ああ、やっぱり……。一人きりで残してしまったからご迷惑をかけてしまったんだわ」
「あ、いえ、そうではなくて……」
フレドリカが慌てて手を振る。
「これはあまりお伝えしたくなかったのですが、リネア様が退場されたあと、第二王女殿下の取り巻きの貴族たちがリネア様を悪く言っていたそうで……。不快に思った兄が咎めたみたいなのですが……」
「えっ、公爵が?」
異母妹である第二王女アグネスの取り巻きたちは、昔から社交の場でリネアの悪口を言っていた。そうすれば、アグネスや王妃からの覚えがめでたくなるからだ。
リネアも自分が陰で侮辱されていることは知っていたが、それを咎めたりすることはなかった。そうしたところで何も変わらないだろうし、そんな気力もなかったからだ。
なのに、リネアの幼馴染でも友人でもない公爵がそこまでしてくれたなんて信じられない。
「……公爵に咎められて、取り巻きの人たちは心臓が止まりそうだったでしょうね」
「はい。それはもう真っ青になったみたいです。ですが、すぐに王妃殿下と双子の殿下がいらっしゃって彼らを庇われたそうで、さすがの兄もそれ以上は意見できなかったようです。申し訳ありません……」
「謝る必要なんてないわ、仕方のないことだもの。そもそも、私が悪口を言われるのなんていつものことだし」
そう何気なく返事すると、フレドリカがわなわなと震えだした。そして、キッと鋭い目をリネアに向ける。
「仕方なくなんてありません! リネア様の悪口を言うなんて、許せないことです!」
「フ、フレドリカ……?」
「みんなリネア様のことを何も知らないくせに、よくもそんなことを……。大体、王族であるリネア様に対して悪口なんて不敬が過ぎます! 私もその場にいたら、兄と一緒に抗議していました!」
我がことのように怒ってくれるフレドリカを見て、リネアはまた過呼吸にならないか心配しながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとう、フレドリカ。でも、もし今度そういう場面に出くわしても無視してちょうだい。あなたを面倒事に巻き込みたくないから」
「ですが……」
「私は平気よ。そういうのには慣れているし、今はフレドリカがいてくれるから悪口なんて気にならないわ。あ、公爵にも次からは気にしなくていいと伝えておいてもらえる? きっと私に恩を返そうとしてくださっているのでしょうけど、そんなことで煩わせるのは申し訳ないから」
「いえ、リネア様、兄はたぶん恩返しで言ったわけでは──」
「せっかくのティータイムなのに嫌な話をさせてごめんなさいね。さあ、甘いものを食べて気分転換しましょう」
「…………はい、リネア様」
フレドリカは口もとに笑みを浮かべながらも、どこかもどかしげな眼差しでリネアを見つめた。




